第25話 転生幼女と溺愛公爵

「わたしは、フレイクさまにふさわしくありません」


 やっとわかった。

 この苦しみの始まり。


『この人は、わたしなんかを選んでいい人じゃない』


 わたしは、自分の愚かさを知っている。どの程度の人間か知っている。


(わたしは、あなたにふさわしくない。が、ふさわしくない)


 そう思うのに、


(でも、だから? それがなに。この人への想いは、そんなもので消せてしまえるの?)


 これからの一生を、彼の幸せを願って生きていくの? 遠くから、願うだけ。


 でもそれが、一番いいのかも。

 大人のわたしが、自分を納得させようとする。


 そんなの、ぜったいヤだ! わたしはフレイクさまとずっと一緒にいるの! およめさんになるの!

 子どもわたしが、本音を叫ぶ。


 自分の考えに沈み、黙りこむわたしの隣に寄りそって、


「私が、あなたを……私が、ココネをほっしているのです」


 彼は真剣な声でつげてくれた。


 手を握られる。わたしは顔を上げ、涙でぐしょぐしょの顔を見せました。

 かわいくないと思う。初めての恋に浮かれ、初めての恋に沈む、みにくくておろかな女の顔だもの。


「伝え方が悪かったのでしょうか。私はココネを自分のものにしようとするあまり、あせりましたし無茶むちゃもしました」


 なんの……話?


「ですがココネも、私を好いてくれるようになった。私を見てくれるようになった、そう思って浮かれていたのでしょうか」


 浮かれていた? どうして? わたしはあなたが好きです。あなたしか見えない。

 フレイクさんはわたしの手を強く握って、


「少し、不思議な夢の話をします。聞いてください」


 わたしが頷くと、


「8年ほど前になります、私は不思議な夢を見ました。不思議な夢の中の、不思議な世界。甘いお菓子と、美しい花々。そして、優しい黒髪のお姉さん」


 なんでしょう、既視感きしかんがありました。

 そういえばフレイクさんと、前世の世界でデートをする夢を見ました。あれは確か、始めてのデートの夜でしたっけ。

 夢なのにやけにリアルで、実際の出来事のように、こうして思い返すこともできます。


「黒髪のお姉さんは、ココネと名乗りました。あなたと同じ名です。ココネは優しく穏やかで、一緒にいると安らげました。お菓子を、私の口に入れてくれました。甘くて美味しくて、とても幸せな味でした。彼女がくれた笑顔も、私を幸せで満ち足りた気持ちにさせてくれました。こんな人を妻にできたなら、とても楽しい日々が過ごせるだろうと思いました」


 彼は優しく微笑んで、


「〈スキル〉を通してみるあなたは、夢の中のココネと同じ姿をしています。私にはあなたが、子どもであり大人にも見えています」


 大人の姿でも見えている? だからこの人は、わたしを大人のようにあつかった?

 どういう、こと? ココネと名乗った、黒髪のお姉さん。

 その夢、わたしも見た……かも。


「あの、フレイクさま……?」


「はい」


「もしかしてその夢の中で、黒髪のココネはこう自己紹介しませんでしたか? この姿じゃ分かりませんよね。わたしも、ココネといいます。ココネと呼んでください……と」


 それは夢の中で、わたしがいったセリフだ。

 だって前世の姿だったし、わからないと思って。「見た目は違いますけど、ココネですよー」といっても、混乱させてしまうと思ったから。


 彼の目が見開かれる。とても驚いた顔。


「私があの夢を見たころ、あなたは生まれていません」


 8年前なら、確かにわたしは生まれてない。だけど、お母さまのお腹の中にはいたかも。

 時間はズレているけど、わたしたちは『同じ夢』を見たってこと!?


「フレイクさまがおっしゃる大人で黒髪のココネは、わたしの前世の姿です。わたしには、生まれる前の記憶があります。ただの記憶で、わたしはですけれど。あの夢の中でわたしは、前世の姿でフレイクさまとデートをしました」


 不思議な夢の話。確かに、不思議な夢の話だ。


 確かにあの夢のフレイクさんは、変に子どもっぽかったように思う。

 好奇心が旺盛おうせいだったし、笑顔が無邪気だった。8年前の彼なら、今より子どもなのは当然だ。


「あなたは、あのココネなのですか? それともあれは、前世のココネだったのですか?」


 少し意味不明な問いだけど、彼がなにを聞きたいのかはわかった。


「前世のわたしではありません。あのココネは、このココネです」


 わたしは胸に手を当てて、はっきりと答えます。あれは、わたし自身だって。

 と、彼の笑顔を、ひとすじの涙が濡らしました。


「ココネ。私はずっと、8年間。あなたのを探していた」


 わたしの面影を、探して?


「〈スキル〉が、わたしを妻にしろといったのではないのですか?」


「すみません。夢の中で好きになった人の面影があるので妻になってくださいというより、〈スキル〉を持ち出した方が話が進みやすいと思いましたので」


 それは、そうだ。それにわたしは、初めて会った時には『夢』を見ていなかった。『夢』がどうこう説明されても、わからなかったはずだ。


「フレイクさまは、を愛している?」


「はい。何度もそのように、お伝えしましたが」


「だって、愛されているのはわたし自身ではなく、〈スキル〉が選んだ女だと思っていましたので」


「正直にいいます。私が最初に妻にしたいと願ったのは、夢で出会った人です。確かにあなたに結婚を申しこんだのは、〈スキル〉が見せたあなたの『精神の姿』があったからです。〈スキル〉が、あなたが私にとって重要な味方になると囁いたのも事実です。ですがココネを知るうちに、近くにいてもらう中で、私はあなたを愛するようになりました。夢の中の人と同じ、それ以上に、あなたの側では安らげたからです。ココネを想えば、幸せな気持ちになれたからです。それにあなたは、夢の中のココネなのでしょう? なんのことはありません。私が好きになったふたりが同一人物だっただけ。むしろよかったです。私の想いは、あなただけに捧げられていたのですから」


 うそ、全部わたしの勘違いだった?

 フレイクさんは最初から、を想ってくれていたの!?

 

「これで、誤解は解けましたか?」


 頷いたわたしに、


「私はココネを愛しています。ずっと側にいてほしい。妻になってもらいたい。もう一度いいます。私は、を諦めない」


 彼は、あのときのセリフをもう一度。でもそれにはきっと、あのときとは違う感情がこもっている。

 これまで一緒に過ごしてきた時間分の気持ちが、もっと大きくなったって気持ちが。


 真剣な顔の彼に、わたしは笑顔を贈ります。

 閉じた瞼からこぼれた涙は、先ほどまでと違う想いを含んでいて、


「あなたの、妻になります。あなたの妻にしてください」


 わたしは彼の求婚に、心から応えることができました。


「夢じゃない、やっと捕まえた」


 フレイクさんの胸へと抱きしめられる。わたしは彼の胸に顔を押しつけて、


「はい。つかまっちゃいました」


 夫に選んだ人の存在を、小さな身体いっぱいで感じた。

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