第26話 プロローグ

 ヘッセンシャール公。

 そう呼ばれる覚悟はあったが、まだ先のはずだった。


 30日ほど前。父上、先代ヘッセンシャール公爵が不慮ふりょの事故で亡くなった。そしてオレは22歳の若さで、『五公爵家』の一角であるヘッセンシャール公爵家を継いだ。

 オレの若さを危惧きぐする声もあったようだが、それでも先代の長男で、初代ヘッセンシャール公爵の血を一番濃く受け継ぐ存在でもあったから、さしたる問題にはならなかった。


 血の濃さ。


 能力があったからじゃない。ただそれだけの理由で、王家も他の公家も、オレの公爵就任を問題なく認めたわけだ。

 正直、


「面倒くさいことになったな」


 そう感じていた。


 オレが父上から学ぶことは、まだ多くあった。少なくともあと5年は、父上の下で仕事を学ぶ必要があったはずだ。

 だが、もう遅い。父上が事故死するなど、誰も予想していなかったのだから。もちろんオレを含めて。


 へッセンシャール公爵となった瞬間から、大量の縁談書類が机に積まれるようになった。

 結婚は、いずれするだろう。結婚し子をなすことも、公爵の役割のひとつだ。

 だが、もうすこし猶予ゆうよが欲しい。


 オレには『理想の人』がいて、夢で会っただけのその人の面影を、パートナーに求めてしまっている。

 できるだけあの人、『ココネ』と近い感覚で側にいてくれる人がいい。そう思ってしまう。


 だがオレは、スキル持ちだ。スキル持ちは常人とことなる精神状態にあるという。夢で会っただけの人に理想を抱き、その人との『思い出』を現実にまで持ち込もうとしている。この感覚は、オレ独自のものなのだろうか。

 自分ではよくわからない。生まれたときからスキル持ちだから、自分が常人とどう違っているのか。


 オレが与えられたスキルは、〈直感のスキル〉という。

 そのスキル効果を、他人に詳しく説明してはいない。するのが難しいというか、抵抗がある。


 これは言葉にしづらい感覚で、『恥ずかしい』というのが一番近いだろうか。確かにこれは、常人にはない感覚だろう。

 簡単にいえば、能力を他人に知られたくない。知られてはいけない。そのように感じる。

 他のスキル持ちも多かれ少なかれ、そういった感覚があるという。その中でもオレは、『恥ずかしいから話したくない』と感じるところが大きいようだ。


 〈直感のスキル〉。

 その名は、オレがつけたわけじゃない。聖竜神殿の大神官が、


「あなたのスキルは、直感です」


 といっただけ。

 その名称から「直感に従って行動をすると良い選択ができるスキル」と思われているみたいだが、それは違う。


 〈直感のスキル〉。その能力とは、


『スキル保有者にとっての敵味方を、直感的に区別する能力』


 そして目の前の人物が『精神的にはどのような存在』なのかを、視覚化させる能力でもある。


 オレが〈スキル〉を発動させると、目の前にいる人物が、


『自分にとって敵なのか味方なのかが直感的にわかり、その人物がどのような精神の持ち主なのかが視覚化される』


 自分にとって誰が敵で、誰が味方か。そしてそれらの人物が、どのような精神を持っているのかがわかる。


 これが、〈直感のスキル〉の能力だ。


 これまでオレは、要所要所で自分のスキルを使ってきた。

 一番役にたったのは、第二王子のアレクが『バカを装っている猛獣』だと見抜けたことだろうか。

 〈スキル〉を使ったオレには11歳のアレクの精神が、『獲物を狙い身をひそめる飢えた獣』に見えた。


 アレクは幼い頃から、敵には容赦しない本性を隠していた。その性質を表に出すほど、愚かではなかったからだ。


『アレクは敵でも味方でもない』


 〈スキル〉はそう判別した。

 だけどオレ自身は、彼と敵対すべきではないと判断した。


 大きなくくりでいえばアレクとは親戚だし、年齢も近い。意識して敵とならない限り敵対しないだろうが、それでも意図しないところで派閥争いに巻き込まれることはあるだろう。


 アレクの人となりを把握したオレは、それ以降『第二王子の派閥』と思われるよう行動してきたし、今の所それが間違っていたと感じていない。


 今夜。アレクが開いてくれた、オレの公爵就任パーティー。正式なものではなく、アレクの派閥内でのお祝い会といったものだ。

 だけど王子主催というだけあって、ムダに豪華なものになっている。

 彼は美食家だから料理には特に金をかけてくれたようで、それを喜んでいるものは少なくない。


 特に、あの女の子。

 身なりから判断できるのは、下級貴族の令嬢ということ。見た目はとても可愛らしく、少女というよりまだ幼女だ。

 素直に料理を楽しんでいて、とても微笑ほほえましい。


 と、ここで、珍しいことが起こった。

 その女の子に対して、〈直感のスキル〉が自動的に発動したのだ。


 〈直感のスキル〉はオレの意思で発動させるタイプ(発動には条件があり、いつでも使えるわけじゃない)で、勝手に発動することは珍しい。

 自覚している限り、〈スキル〉が自動発動したのはこれが三度目だ。


 一度目は我が国の第一王女、アルモナ様。

 二度目はデガル帝国のコバシカワ外相。

 そして、これが三度目。


 〈スキル〉の効果で、彼女が『重要な味方となる人物』であることを感じた。それと同時に彼女の『精神の姿』に背筋が凍った。


(ココネ!?)


 女の子の後ろに浮かび上がる、黒髪の異国風の女性。

 それは昔、夢で出会った人。そしてずっと忘れられなかった人である、『ココネ』そのものだった。


 何年前だろう? まだ14・5歳だったはずだ。オレは不思議な夢を見た。

 物語られる異世界としか思えない場所で、20代半ばの黒髪のお姉さんと不思議な街を散策さんさくした。


 お姉さんはその世界の人らしく、物珍しさに疑問ばかりだったオレに、いろいろなことを教えてくれた。

 彼女はオレを「フレイクさん」と呼んで、オレは彼女を「ココネ」と呼んだ。名前を知っていたわけじゃなく、


「そうですよね、この姿じゃ分かりませんよね。わたしも、ココネといいます。ココネと呼んでください」


 そう、自己紹介されたからだ。

 でも彼女は、オレのことを知っていた。夢だから奇妙には感じなかったが。


 彼女は甘いものが好きらしく、オレたちは一緒にたくさんのお菓子を食べた。異世界のお菓子は味も形も様々で魅力的だった。

 特にというお菓子は、黒々とした見た目に反しとても美味で、種類も多くココネのお気に入りなのだそうだ。


 美しい花々。甘いお菓子と、そばにいるだけで心が満たされる女性。

 夢なのに、どうしてだろう? 花の香りも、お菓子の味も、夢からめても憶えていた。

 それに彼女、『ココネ』のことも。実際に会った人のように忘れなかった。


 それ以降、お菓子に興味を持ち、才能ある菓子職人を援助した。

 夢で食べた甘味を思い出し、メモをとって彼らに渡す。オレにはお菓子作りの才能がなかったし、菓子作りに没頭できる時間も与えられなかったから。

 に関してはどの菓子職人も「想像もつきません」とのことだったが、最近になってそれなりに満足のできる再現ができてきた。


 叶うならいつか、夢の中でココネと食べた美味しくてキレイなものを、妻となる人と一緒に食べたかった。

 夢で彼女がオレに食べさせてくれたように、オレが彼女に食べさせてあげたようにして。

 あの、自然と笑みがこぼれてしまう幸福な時間を、もう一度手に入れたかったんだ。


(これは、どういうことだ……ココネ、きみは夢の住人じゃないのか!?)


 お皿に乗せたケーキを、フォークでつついて口に運ぶ女の子。


(この子は、オレの強力な味方となってくれる人物だ)


 〈直感のスキル〉がそう囁いてくる。

 少女と後ろにいる『ココネ』は姿形すがたかたちこそ違うものの、同じ表情と同じ動きをしている。それはどう見ても、同一人物だった。


 オレ以外の誰かが、美味しい料理に夢中になっている彼女を気にしてる様子はない。

 大人たちは会話と情報取集に励み、取り立てて無価値としか思えない下級貴族の女の子に意識を向けていない。


 急がないといけない。この人を誰かに奪われる前に。

 まだ幼いのはわかる。でもそれは見た目だけだ。この人の精神は成熟している。もしかしたら、オレよりも大人の考えができる人かもしれない。


 心臓がうるさいほどに高鳴る。胸が苦しく、身体が熱い。


(きみは、本当にココネなのか)


 黒髪の女性。女の子の精神の姿。美人かといわれれば、そうだとはいえない。ごく平均的な見た目だし、スタイルもそこまで良くない。

 それでも、嬉しそうに料理を食べる女の子から目が離せなかった。

 いや、その後ろにたたずむ『ココネ』から。


 ココネが現実の存在なら、迷うことなく声をかけただろう。

 だけど違う。

 彼女は『この子がオレにとってどのような存在なのか』を現した、精神的イメージでしかない。

 そう、オレにとっての『ココネ』。安らぎの象徴。妻としたい理想の女性。


(この子が、オレの『ココネ』なのか? オレは『ココネ』を見つけたのか!?)


 オレが今ここで、下級貴族の娘に声をかけるのは目立つ。むしろ彼女によくない影響があるように思えた。


(それに、なにを話すんだ?)


 まずは、知らないといけない。彼女は何者だ?

 あっ……母親らしい人が来て、女の子から皿を取り上げた。


「食べすぎです」


 そうたしなめられたのが、遠くからでもわかった。

 かわいそうだ。女の子と『ココネ』が、とてもしょんぼりしてしまった。


 だけどのその正直さに、思わず笑ってしまった。そうだ、きみはそういう人だったな。素直で優しく、そばにいると落ち着けて楽しかった。

 と、


「どうだ、楽しんでるか? フレイク」


 立ちすくんでいただろうオレに、パーティーの主催者が声をかけてきた。


「あぁ、とても楽しいよ。ありがとう、アレク」


 そうだ、とてもありがたい。


 大きな収穫があった。あの子の存在を知れただけでも、オレにとっては大きな出来事だ。

 きっとこれは、人生の転機となる出会いだ。


 見た感じであの子は、生後2000日を過ぎている。だったら『半成人ローター』だ。結婚を申しこむことができる。

 オレは結婚することが期待されている新公爵で、あの子は幼いながらとても美しい容姿をしている。将来、絶世の美女に育つのは間違いないだろう。


 幼女趣味といわれてもいい。むしろ自分からいってやろうか、「理想の幼女を見つけたから結婚を申しこむ」のだと。

 そうすれば、余計なアピールは減ってくれるだろうか。


 とはいえ、まずは知らないと何も始まらない。


(きみは、誰だ)


 誰かに呼ばれて母親がいなくなると、現実と精神……『ふたりの彼女』はデザートが置かれたテーブルへと移動する。

 周りを警戒しながら、皿に盛られたものに手を伸ばして口に運び、可愛い顔にわかりやすく「おいしい!」と書き始めた。


 子どもらしいといえば、子どもらしい。微笑ましくて、笑ってしまいそうになる。

 と、ここで〈直感のスキル〉の発動が止み、『ココネ』が見えなくなっていった。


 新しいデザートに手を伸ばす『ひとりになった彼女』に、再び、母親らしき人が怖い顔をして近づいていく。

 しかし彼女はまったく気がついていない様子で、小さなケーキを頬張って、もきゅもきゅと口を動かし続ける。


 幸せだけで作られた表情からは、


「おいしーっ!」


 そんな、嬉しげな声が聞こえてくるようだった。



【Fin】




------------------------------

最後までお読みくださり、ありがとうございました。

もともと長編で書く予定だったものを、ビーンズ文庫のコンテストに出すために6万文字以内の中編にまとめました。

長編バージョンもいつか書きたいです。


ではまた、別のお話でお会いできたらうれしいです。

感想などがいただければ、もっとうれしいです。


【小糸 こはく】2024.07.25

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

転生幼女と溺愛公爵の求婚 小糸 こはく @koito_kohaku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ