第15話 農作業。

 作物さくもつ収穫しゅうかく時期じきは、村民総出で畑作業です。

 もちろん領主一家もです。わたしも収穫された春芋はるいも(じゃが芋のような食感です)を倉庫に運んだり、みんなに飲み物を配ったりで大忙しです。


 太陽が高く昇り、お昼休憩の時間。

 土のにおいが立ち込める畑の側の木陰こかげで、わたしは村長の娘さんであるモアさんが焼いたパンをかじっていました。


「姫さま、お見合いなさったんですってねー」


 パンをかじるわたしに、モアさんがお水が入ったコップを渡してくれます。それで口の中のものをお腹に流しこんで、


「まだはやいと思うのですが、おことわりできなかったんです」


 お見合いというのはフレイクさんのおやしきに招かれたことでしょうか、それとも王都でのデートでしょうか。

 どちらにしろ、あれをお見合いというかは疑問ですけど。


 ちなみに村の人たちは、わたしを「姫さま」と呼びます。

 最初は普通に「お嬢さま」だったのですが、お年寄りたちが、


「うちのお嬢さまは、お姫さまみたいにめんこい」


 ということで、冗談めかして「姫さま」といい出しまして、それがいつの間にか、みんなが「姫さま」と呼ぶようになっていました。

 村長さんが「姫さま」呼びするようになったのが、きっかけだった気もします。


「いえいえ、いいと思いますよ。男は野菜と同じで、出来のいいものから売れていきますから。早めにつばをつけておきませんと」


 確かに、そういう考えもありますか。


「姫さまほどめんこければ、男なんて選び放題だぁ。どんなお貴族さまだろうがイチコロだぁ」


 そういったのは、次の村長であるモアさんの旦那さん。


「ありがとうございます。だと、よいのですが……」


 休憩の後、午後の作業が始まります。

 わたしは午前中と同じで、収穫された春芋を倉庫に運んで、飲み物を配る係。子どもですしね、大したことはできません。


 村人総出での作業ですが、今年は豊作だから人手が足りません。忙しいです。

 明日には買い付けを依頼した商人が仕入れに来ますから、今日中に収穫を終わらせたいんです。


 芋を倉庫に入れて外に出ると、収穫物が溢れるほど詰めこまれたカゴを運んでいる、自警団長のエッジさんと顔を合わせました。

 彼はお父さまと同年代で30歳ほど、村の若者のまとめ役をしてくれています。


「あっ、姫さま。今年は大豊作ですね。姫さまの指示通りに土を手入れしただけで、こんなに育つようになるなんて信じられませんよ」


 土だけじゃありませんけど、そうですね。前世の知識が役に立ってよかったです。

 数年かけて色々試した成果が、やっと実ったというわけです。


「みなさんのお役にたてたのでしたら、よかったです。わたしこれでも、この村の姫さまですもの」


 冗談っぽく、だけどちょっと誇らしげに、自分から「姫さま」と名乗ります。

 エッジさんは笑って、


「これで今年は、子どもたちの勉強にもお金が回せますね」


 わたしは村の子どもたちに字やお勉強を教えていて、その成果は目に見えて出ています。なので大人たちも、子どもたちの学習を意識してくれるようになってきました。


「姫さまのおかげでうちの子、字が読めるようになりました。オレよりちゃんと読めます。簡単なものなら書けもします。すごいですよ、あいつ。いい仕事が見つかればいいです」


 それはよいですね。この国では、農村で暮らす平民の識字率しきじりつは高くありません。必要がないとはいいませんが、教育にかかるお金が平民にとっては莫大ばくだいなんです。


 貴族の子どもには、国から教科書が支給されます。貴族は国を運営するホワイトカラーですから、教育は欠かせません。

 ですが平民は違います。ただ肉体労働に従事じゅうじしていればいい。この国はそういう考えなんです。


 とはいえ平民でも、字が読めて書けるとける仕事が大きく違ってきます。領民に教育をほどこしている貴族もいますから、わたしのしていることに問題はありません。


「村のみんなでゆたかになりましょう! 苦い豆をたべなくてすむくらいに」


「苦い豆ってロクサ豆ですか? あれは健康にいいですよ」


「ですがおいしくありません!」


「年寄り連中は好きですけど、まぁ、子どもはキライですね」


 エッジさんは「よっ」と、抱えたカゴの位置を調節すると、


「姫さま、ムリしないでくださいよ。力仕事は、オレらがしますから」


 そういい残して、倉庫に入って行きました。

 ムリはしてません。大丈夫です。こうしてみんなで一丸になって働くのは楽しいし、嬉しいです。

 ずっとこうして暮らしていきたいですけど、それは少し難しいかもですね。


(フレイクさんには、こんな生活はできないでしょう)


 性格的にではなく、立場的に。彼は国政の中心をになう公爵さまですから。

 10日後には、フレイクさんとの2回目のデートが予定されています。彼はわたしをのでしょう?

 結婚したい。妻にしたい。そういっていますが、わたしとしては『信じたい気持ち』と『信じられない気持ち』が半々です。


(もっと、彼のことが知りたいです)


 ここに彼がいればいいのに。

 一緒に農作業をして、ご飯を食べて。


 そうできたら、いいのに。

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