第十三話 仕切り直し
♢♢
「さて、と」
若干日が傾き始め、暗みが増してきた校舎内。俺は傷の痛みが消えるのをじっと待っていた。
「もう、侑生先輩は無茶し過ぎです!」
隣で、治癒魔法を掛けながら日向が言う。まぁ、正直彼女の言う通りではあるな。
数分前。日向と第二の悪魔との交戦中、俺はある作戦を仕掛けるために不意打ちを仕掛けた第二の悪魔と日向との間に割って入り、脇腹を負傷した。
結果だけで言えば、俺の傷は治療魔法を使って数分で完治するほどの軽傷だった。が、当たり所が悪ければ当然、丸腰かつ一般的な肉体しか持たない俺は即死。そう言うリスクを顧みなかったことに日向が怒らないわけもない。
「いや、でもあのままだったら日向がやばかったんじゃないか?」
「そりゃそうですけど。別に致命傷になってたわけじゃないですし」
「まぁ、今もこうして俺は生きてるわけだから、いいじゃんか」
「そう言う問題じゃありません!」
ムスッとした顔でそっぽを向く日向に、俺は苦笑した。
戦ってるときはあんなに活き活きと楽しそうな表情をするのに、誰かが傷付くとなったら悲しそうな顔で怒る。それは間違いなく彼女の性なんだろうけど、それが俺には酷く不思議に思えたのだ。
「日向って、優しいよな」
立場が逆だったらどうだろう。俺なら、せいぜい悲しむか心配する止まりではなかろうか。多分、俺は仮に誰かが自分の前で無茶をしても、そいつに対して怒りを向けることは出来ない。ただ無事であった現状に安心感を与え、それで終わりだと思う。 一言で言えば、真の意味で向き合おうとはしない。そんな自分がいることを俺は知っている。それだけだ。
「そんなことないです」
「どうだかな」
「私が逆の立場だったら、多分こんなリスクのある事は出来ませんから」
申し訳なさそうな顔で苦笑する日向。どんよりと思い瞳は何となく、先程俺が取った行動に帰納する気がする。こりゃ、引きずっているか。
「それは、日向が命を大切にしてるからだと思うが」
「えっ?」
数秒の思考を経て、編み出した台詞。この状況で説得力を持たせた返答など、これ以外には思い浮かばなかった。俺になくて、日向にある意識なんて多分これくらいだ。
「俺が取った行動はリスク無視で取り敢えず運に任せるだけの捨て身だ。確証なんてなかったし、命がなくなったらそれまでだって割り切ろうと思ってた」
一瞬、あの時もし何かの間違いで自分が悪魔の攻撃で息絶える描写を想定したが、どうにも当事者意識が湧かなかった。
ということで、しっかり想像は中断。俺はそのまま言葉を続ける。
「でも、それってあんまりよくないことなんだよな。命と向き合えてないって、戦ううえで致命的な欠点なんだよ。誰かを守りたい、生きたい、幸せになりたい、そういう戦いの結果に意味を見出さないとな。戦いだけに価値を感じるのってあんまり命と向き合えてない気がするし」
我ながら、下手で気持ちの悪い説明の仕方だ。中途半端に格好つけているようで、酷く恥ずかしい。
「まぁ、要するに日向はちゃんと戦って相手を倒して、それで異世界に帰ろうとしてる。それは日向が命を大切にしてるってことだ。後先構わず、お前の戦いに首を突っ込んでる俺よりか、よっぽど優しいよ、日向は」
納得してくれたのか、日向は何の反論もしてこなかった。いや、普段から無気力な俺が柄にもなくこういうことを言ったのに驚いてるのか。まぁ、どちらにしても何も言わないならこの話は終わりだ。
「さて、それじゃ解説はここまで。こっから先は、追跡といきましょうや」
「追跡ですか?」
「あぁ。もしかして、俺が日向を庇うためだけにあそこまでしたと思うか?」
「いえ、そうは思いませんけども。あの時、侑生先輩が何かをしてるようには…………」
そうか、日向は丁度死角にいたから気付かなかったのか。俺が、第二の悪魔を吊るし上げるために仕掛けた決定的な罠に。
「まぁ、こっちに来てみな」
言って、意気揚々と向かった先は屋上。
「これは?」
ポツンと置かれた机にはパソコンが一つ。画面には小型カメラの映像と学校の内部図が表示されている。
さて、そろそろ種明かしと行こうか。
「発信器だよ」
「発信器?」
「さっき、攻撃されたとき相手に付けておいた。多分、あのままだったら第二の悪魔に逃げられて、追跡は不可能だっただろうから」
念のため、昨日の内に小型カメラと発信器を用意していて正解だった。魔力の気配は消しているのだろうが、位置情報で悪魔の居場所は把握済みだ。
「全く、インカムがあるんですから教えてくださいよ」
「悪い悪い」
だって日向に教えると、相手に無警戒で発信器をつけられないだろう。と思ったが、敢えて言わない。
「で、第二の悪魔はどこに隠れているんですか?」
「えー、とちょっと待ってな」
恐らく、日向と一対一で力負けしていることを捉えると相手は魔力を補給するか、あるいは自分の有利な局面に持ち込もうとしている。
もし前者であればすぐに手を打たないと、行方不明者が殺されかねない。後者であることを望みながら、俺はパソコンを覗いた。
第二の悪魔の潜伏場所、すなわちパソコン上の赤点が示すのは第一理科室だった。
「…………なぁ、日向」
ふと、閃いて俺は日向に問う。
「なんですか?」
「確か修復の魔法、使えたよな?」
「はい、一応使えますけど」
「なら問題ないか」
ただ、我ながら酷い作戦だ。それに、さっき無茶が云々の話をしたのに、またも や無茶なことをしてしまいそうな気がする。
「何か思い付いたんですか?」
「あぁ」
「じゃあ教えてください」
作戦についてなにも伝えられなかったことを根に持っているのだろうか。少しだけ威圧的に日向。まぁ、今回は彼女の協力なくしては成立しない策なので、普通に伝える。
「俺が、理科室に潜んでいる第二の悪魔を誘いだす。だから日向は校庭で待ち伏せていてくれ。俺が必ず、そっちに連れていくから」
「でも、それじゃ先輩が」
「大丈夫。それに、こんな楽しいこと、邪魔されちゃ困るな」
俺はニヤリと口角を上げて、日向に言う。嘘だったら、案外バレたかもしれないが。生憎これは痩せ我慢でもないでもない。ただ、胸の高鳴りと好奇心に侵されているだけ。
だけど、日向を説得するというならこれ以上の動機はない。
「ったく、もう先輩ってば…………そんな顔されたら、止められないじゃないですか」
「ただ、一つだけ、いいか?」
「まぁ、先輩の頼みなら仕方ないです」
「ありがとな、日向」
「その代わり、死んだら無限に殺しますね」
日向の殺害予告に笑みを返し、俺は悪魔の潜伏する第一理科室へとその足を運んだ。
夕刻を過ぎ、校庭の生徒は完全に下校し校内は静寂の中心であること変わらず。当然、人払いの魔法が掛けられた校舎にいるのは、その当事者のみ。すなわち、俺と日向、そして第二の悪魔である。
「よぉ、いるんだろ悪魔さん?」
そう言って、俺は理科室の扉を開けた。一見、電気の付いていないだけの真っ暗な理科室だが、俺には分かる。ここにヤツがいる。
「ほぅ、私の居場所が分かるとは。お前ただの人間ではないな?」
「さぁ、どうだろうな」
姿が見えるというわけではないが、いかにも姿が見えているかのように話す。 でもまぁ、姿が見えるのも時間の問題だが。
「テキはコロス」
「掛かってこいよ。逃げ腰のヘタレ悪魔」
下手な挑発で第二の悪魔を煽ると共に、ポケットから一つ小さなボールを取り出した。
「食らえっ!」
取り出したボールを投げつける先は理科室の天井。当然、そのボールの正体が閃光弾であるなんて、第二の悪魔が知る術はない。
眼を閉じたその瞬間。目蓋越しにも分かるほどの眩しさが示すのは閃光弾の炸裂。
「グッ、グハワアアアアア!」
断末魔が理科室に響き渡ったタイミングで、俺は目を開ける。視界に写るは、黒い影。それが悪魔であることは言うまでもない。
影が目を押さえている隙を突き、俺は悪魔に向かって突進を仕掛けた。もちろんこの一撃で悪魔を倒せるとは思っていない。俺がこうした目的は悪魔を連れ出すため。日向が待つ、校庭へ。
俺は悪魔もろとも、窓を突き破り校庭へと飛び降りた。あらかじめ日向から掛けられた跳躍の魔法により、俺の身体は高く月夜を舞った。
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