第十一話 エンカウント 


 茜色の幕が空へと掛かる。僅かに、肌を掠める風は大体いつも通りと言ったところか。優しい感触が、気持ちが良い。


「…………日向」


 俺がいるここは誰もいない屋上。その中心に、昼休みの内に運んでおいたパソコンと、数台の超小型カメラがセッティングされている。ここ数日は俺と日向が談笑しつつ、暇をつぶす場所と化していたここだが、今は酷く侘しく緊張感の漂う作戦本部となっていた。無論、その理由は言うまでもなかろう。


『何ですかぁ? あっ、もしかして緊張してます?』


 少しばかり、重めの口許を動かす俺に対して、日向はいつになく軽口だ。最初のような堅苦しさがないのは、恐らく誰も巻き込んでいないからだろう。でも、正直こっちの日向の方が俺も気楽でいいがな。


「いや、全然」

『そーですかー』


 味気ない返答に、日向はわざとらしく間延びした声で答える。ちなみに、日向は現在、校門の近くに待機している。双方のコミュニケーションはこうしてインカムかららのみだ。


「っと、そろそろ時間か」


 時計を確認すると、時刻は午後五時を指した頃。そしてこの時間は、作戦決行時刻に等しい。


「行けるか、日向?」

『もちろんですよ、侑生先輩!』


 一応の確認に、日向からの即返答。インカム越しにでも分かるくらいの集中力を纏っている今の彼女にとって、確認は不要だったかもしれない。

 戦い前、本来なら緊張し、思考を研ぎ澄まさないといけないのにな。それは出来そうもない。


 心が高鳴り、華麗に躍る。こんなに緊迫した楽しさ、そう味わえるもんじゃないっての。

  俺は、口角を上げて始まりの音を告げる。それと同時に、今までぎゅっと握っていた手を開いた。


「さぁ、作戦開始だ!」




♢♢


 放課後の校舎。作戦の開始がインカムを通して告げられると同時に、私、日向ナツヒは校舎へ突入した。

 下駄箱の周辺、その場に誰もいないことを確認する。まぁ、放課後を迎えてすぐ、後者には人払いの魔法を掛けておいたから、この校舎には私と屋上の侑生先輩以外誰もいないが。


「魔力解放――原書の理と誓いに従い、我が望みに答え、力を示せ」


 瞬間、全身を駆け巡る刺激に息を呑む。魔法を使えるようになってから随分と経ったが、相変わらずこの感覚には慣れない。


 まぁ、そんなことはどうでもいいのだけれど。


「先輩、取り敢えず突入しました」


 どこで悪魔が聞き耳を立てているか分からないため、私は小声で先輩に情報を伝える。インカムならではの、がさつく音が耳をつんざくが、それはほんの一瞬の出来事だった。


『了解。じゃあ、あとは作戦通り、それっぽく忘れ物した生徒を装ってくれ』


「わっかりましたぁ」


 小声とはいえ、どうしてもテンションが上がってしまってだらしない返事になってしまう。

 これは私の悪い癖。誰も巻き込まないって分かると、こういう非日常が楽しくなってきちゃって、無意識に自分の中から堅苦しさを排除してしまう。まぁ、冷静さと慎重さはキープできてるからセーフだけど。


「先輩、先輩。忘れ物、何にしましょうか?」


 やばい、緊張するのに顔がにやけちゃう。異世界にいた時は、ちょくちょく臨時パーティーに参加したりしていたが。世界が違うからか、何だか新鮮な感じだ。


『うーん、そうだなぁ。俺なら普通に筆箱とか?』


 でも、楽しそうなのは私だけじゃない。私には、分かる。インカム越しに侑生先輩の声がいつもより少し高く、元気を含んでいることが。何だかんだ、作戦とは言うが、彼もこの状況を楽しんでいる。


「何か、普通な回答過ぎて面白くないです」


『マジかよ。そうだなぁ、じゃあ水筒とか?』


「小学生の男の子みたいですね」


『失礼だなおい』


「そんなことないですよっ」


 戦いの前だというのに、我ながら能天気な会話をするものだ。今まで組んできた臨時パーティーだったら、まず戦いの前にこんな能天気な会話はしない。せいぜい、やるとしたら気を紛らわす程度の雑談くらいだった。気休めとかではなく、純粋に先輩と話しているのは楽しかった。本当に怖いものがなくなりそうだった。


「先輩って、ホント面白ですねっ」


『馬鹿にしてるのか?』


「いいえ、本心です」


 本当に、先輩は面白い。初めて会った時、巻き込みたくない一心で脅し文句を切った私に、気持ち揺らがずだなんて。あんな光景を初めて目にして、好奇心丸出しで笑っていられるなんて。先輩はきっと、こっち側ですよ。私たちは似た者同士です。


 もしかしたら私は――――


「………っ?!」


 ふと、抱いた気持ちを言葉にする直前。何かどす黒い空気を私の触覚が感じ取った。


『どうした?』


 異変に気付いたのか、先輩が少しだけ早口で問う。そう言えば、超小型カメラで私の動きを見てるって言ってたっけ。


 まぁ、いいか。


「来ましたよ、先輩」


 丁度、悪魔のお出ましだ。


「あっ、あなたは…………だっ、誰なんですか? この学校の人じゃ、ないですよね?」


 本当は今すぐ、固有魔法を展開して交戦したいところだが、その気持ちは少しの間我慢しよう。あくまでも、ただの女子高生を装い、私は悪魔へと話しかけた。


「オレサマは………………アクマだ」


 この悪魔、人語を介して会話が出来るのか。

 驚きの事実に、私は思わずその場から振り返り悪魔の姿を視界に入れた。


 これが、第二の悪魔。


 夕空の光が差し込む廊下。日陰に扮した黒に、成人男性と変わらない体躯。顔の周りは包帯で覆われており、目元に光る赤の瞳はどことなく不気味さが漂っている。


「あっ、あっ、悪魔?! だっ、誰か助けて!」


 一応、相手の油断を誘うために演技をしては見るが、控えめに言って怯えてないのに、怯える演技をするのは使える。


「チッ、タスケをヨバレルと、コマル」


 ただ、助けを呼んだのが気に食わなかったのだろう。第二の悪魔は一瞬にして私の間合いに踏み込み、黒く染まった腕を振り下ろした。


「そうですかっ!」


 油断を誘うのは厳しいか。

 振り下ろされた黒腕が私の身体を捉える直前。脱力と共に、後方へステップバック。刹那の時を経て、巻き起こるのは抉れた床から舞い上がる土煙。


「もう自由にやっていいですよね? 侑生先輩」

『中々の演技だったな』

 これは、後で少々お灸を据えなければならなくなりそうだ。まぁ、侑生先輩の引き攣った笑顔を見れるなら、それはそれでいいかもしれない。

「それはいいです」

『あぁ、あとはもう任せるよ』

 冷たい声で短く返すと、侑生先輩は仕切り直すように話題を転換した。ホント、面白い人ですね。


「了解ですっ!」


 楽しもう。誰かのためじゃなく、自分のために。行方不明の深層を突き止めるのはあくまで結果。私が楽しむべきは戦いの過程だ。


「ということで、やっていきましょうか」


「キサマ……………………」


 現実世界においては、二度目の詠唱。体内を駆け巡る魔力を消費し、奏でるは魔法。



「魔法式構築――――紡げ、オープン・マジック・レコード」



 夕刻差し込むの茜色は静かに戦いを告げた。


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