第十二話 死す




 放課後の校舎。

 茜色の夕日が差し込む二階廊下に蔓延する土煙。こうなった経緯はいたってシンプル。私と第二の悪魔が交戦状態に入った。それだけのことだ。


「そのマリョク、キサマ……………………イセカイジン」


「ご明察! 私はあなたたちを殺すために異世界からやって来た魔法使いです」


「ホウ」


「抵抗は止めろなんて、バカなことは言いません。大人しく殺されてください」


 命乞いをしようなんて気も起こさせはしない。悪魔だからとか、そう言うんじゃないけど、とにかく私のエリアに踏み込むというのはそう言うことだ。敵の認識があれば、その時点で容赦はしない。


 もしこの場が異世界であれば、私はその意思に従っているところだ。


「と、言いたいところなんですが、その前に一つ。あなたが今まで襲った生徒たちはどうしましたか?」


 有無を言わさず、攻撃を仕掛けてくるような悪魔だ。何となく、誘拐された生徒たちの末路には想像が付く。が、可能性がゼロという訳でもないため、一応訊いておく。


「セイト? アァ、ヤツラならコレカラ、マリョクをウバウ」


 ダメ元とはいえ、僅かな希望を信じて良かった。これからマリョクを奪うということは、誘拐の被害者たちの生命活動自体は止まっていないということに繋がる。つまり、第二の悪魔はどこかに誘拐した生徒を監禁しているということだ。


「侑生先輩、訊きましたか?」

『あぁ、一言一句な』

「了解です!」


 取り敢えず、追跡や監禁場所の割り出しは侑生先輩に任せよう。馬鹿な私なんかよりはよっぽど適任だ。

 それよりも私は、


「マホウツカイ、マリョク、オレサマにヨコセ」


 人語を介したこの化け物を倒すことに集中しなければいけない。



「魔法式再構築――開け、記憶の扉――マジック・レコード・カスタム!」


 私の固有魔法である≪記憶の扉≫は自分の記憶にある魔法を適性や威力の修正なしで扱うことが出来るというものだ。


「疑似錬成――――上級魔斧・プロミネンサクス」


 追憶の泉に手を付けるように、取り出したのは炎を纏いし両手斧。一応炎属性の最上位武具で、実際に見たのは一度だけだっけ。


「ふぅー」


 一度、深い呼吸で息を整え、意識を戦いの空へと飛ばす。

 

 ――さて、どう攻めるものか。

 ――いくら相手が悪魔であっても、魔法の手数では圧倒的に私が有利。

 

 そのアドバンテージが不変である以上、向こう側の行動は制限され、その分私は自由に動ける。

 だったら、もうゴリゴリに押すしかないか。


「マリョク、ヨコセ!」

「疑似強化――――疾風駆!」


 先手必勝の下、私は強化の魔法を最短詠唱。瞬間、浮遊感の向上と共に、私の身体は第二の悪魔目掛けて一直線。一つの瞬きを経て、その間合いは限りなくゼロ。


「魔法式構築――炎波導!」


 悪魔の懐に飛び込む。再び最短詠唱を行うと共に、両手斧を右手に預け、左手を悪魔の身体に近付ける。


「ガㇵッ!」


 コンマ一秒もない空白を経て、生まれるは局所的な爆発。呻き声をあげた悪魔は、数十メートルのノックバックに遊ばれた。


「コイツ、マホウのカイテンリツが…………?!」


 驚きをそのまま言葉にしたようなセリフを吐く悪魔。だけど、残念。そんな現状分析をする時間なんて、私は与えない。今の一撃は怯ませるための繋ぎだ。


「今更ですね、悪魔さん」


 最後先刻のようにそう呟き、私は力強く踏み出す。伝わった力は魔法によって通常の何十倍もの速度を生み、一瞬にして悪魔との距離を縮めてくれた。


「これで、終わり」


 記憶の再現で錬成したプロミネンサクスを一気に振り下ろす。当然、第二の悪魔もただ突っ立ていることはせず、防御の魔法を展開させる。

 もしかすると第一の悪魔同様、防御力に自信があるのかもしれない。が、その可能性はもう織り込み済みだ。


「錬成解除!

 魔法式構築――炎ノ園! 連撃構築――火炎剣華 疑似錬成――上級投擲槍・ボルガジャベリン!」


 確かな手ごたえが触覚を刺激すると同時に、私は魔法式の連続構築を試みる。両手いっぱいに有り余る炎を放出し、深紅の剣で花を象り、近接武器で追撃できないくらいには強く激しく吹き飛ばした。


 まぁ、攻撃の締めとして記憶の扉で錬成した投擲槍を放り投げたけどね。


「グッ、ヨソウをコエテイル…………」


「ふぅ、久しぶりに連続構築をしたので、疲れました」


 自慢じゃないが、異世界であっても消費魔力が非常に高い魔法の連続構築を行える人間はそう多くはいない。

 幸い、記憶の再現を通じて発動する魔法の消費魔力は一律同様。故に、素の魔力が高い私なら、連発だって可能だが。

 今度、侑生先輩に解説して自慢してやろうかな。


「さぁ、これで実力の差ははっきりしたはずです。大人しく私に、殺されてください」


 高火力に耐え切れず、壊れた校舎の壁と漂う土煙に向かって、私はそう告げる。相手の状態は確認できないが、恐らく不意打ちできるほどの体力は残っていないだろう。先ほどの攻撃は何となく手応えを感じた。


「コレハ……ニゲルカ」


 土煙が薄れ、見るからに疲弊した様子の悪魔が映った。が、見たところ四肢の欠損はない。それどころか、まだ動けるだけの余裕さえも感じさせてくる。


 何か来る、そんな直感を実現するのは、ものすごい速度で迫りくる黒。

 少しだけ判断が遅くなり、私は臨戦態勢に入ることが出来なかった。まずい、すぐに防御魔法を組み立てないと…………

 

 慌てて、口を動かそうとしたその瞬間だった。



「日向! ストップ!」



 聞き慣れた声と共に、丁度私の横にあった階段から出てくるのは一人の男子生徒だった。


「えっ? 侑生先輩?」

 

 あれ、侑生先輩は屋上で待機していたはずなのに、どうしてここにきているのだろうか。

 そんなことを思っていると、侑生先輩は私と悪魔の間に割って入った。


「っ?!」


 当然、先輩は防御魔法を持っていないどころか、丸腰。いくら直撃しなかったとはいえ、悪魔の攻撃はあっさり先輩の脇腹を貫いてしまった。


「ぐっ、痛っ!」


 侑生先輩が倒れると同時に、悪魔は校舎のどこかへと消え去ってしまった。


「先輩っ!」


 柄にもなく、大きな声が出てしまう。まぁ、それもそうか。今まで、人に庇われることなんて、一度もなかったから。


「先輩、大丈夫ですか! 先輩、先輩っ! 返事をしてください!」


 ぐったりとした様子の先輩と脇腹から流れる血が、私の焦燥感を煽る。

 私の、せいだ。先輩は小型カメラで見てたんだ。私が油断してやられそうになるのを、だから急いで駆けつけて、私を庇ったんだ。

 

 私が、油断しなければこんなことにはならなかった。そんな自責の念に押しつぶされそうだった。


「侑生先輩…………」


「何だ?」

 

「え?」


 独り言に対する予想外の返答に、私は呆けてしまった。ショックな光景過ぎて、空耳でも聞こえていたのだろうか。いや、でも、確かに先輩の声が。

 今一度、倒れた先輩の方へ視線を送る。すると、そこには痛みに顔を顰めながらも、意識をしっかりと保っている先輩の姿があった。


「侑生先輩? 何で…………だって、今さっき悪魔に」


「あー、あれは半分演技だ」


「えっ、演技?」

「あぁ、第二の悪魔の逃げ場を確実に潰すためのな?」


 動揺と困惑が抜けきれない私を前にして、侑生先輩は自信ありげに言った。

 やっぱり、この人どうかしてる。まだ知り合ってから間もない人のために、演技とはいえ、命を懸けれるなんて。いや、それだけじゃない。リスクを背負いつつも、冷静に行動できてる。


 先輩って、本当に凄すぎますよ。


 この時、私は確かにそんな気持ちを抱いた。

 

「あー、ただちょっと攻撃当たっちゃって脇腹貫通したみたいなんだが。日向、直してくれないか?」


「うん?」


「いや、実は死ぬほど痛いんだよな、これ」


「ちょっ、それは早く言いましょうよ!」


 ごめんなさい、やっぱり前言撤回です。


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