第十七話 ドラゴン討伐の話(後編)
ドラゴン討伐の命令で、私たちが訪れたのは王国の西に位置する大渓谷。中心の滝に向けて大きく断崖絶壁となった中心に、燃えるような赤鱗を纏ったドラゴンがいる。
「さて、このドラゴンどうするか?」
現在、私たちがいるのは中心から少しばかり離れた高地。無論、離れているとは言っても、魔法で肉体を強化し一思いに跳躍すればドラゴンの領域はすぐそこ。つまり、私たちは戦闘秒読みのエリアまで来ているということだ。
「でもさぁ、討伐命令が出てるわけじゃん。やるしかないっしょ!」
いかにもウキウキといった様子ではしゃぐアズキさん。とても戦いを前とした召喚者の姿ではないが、こんな感じでも一応この世界では、召喚された異世界人である。
「ちょっと待ってくれ。相手はドラゴンだぞ。普通に戦って俺たち五人で勝てるものなのか?」
今にも飛び出して戦いそうなアズキさんを止めるように慎重な意見を飛ばすのはコータさん。確かに、私たちが戦ってきた敵はどれも格下。ドラゴンのような強い敵と戦うのは今回が初めてである。
「私も同意見。流石に、相手の情報も分からない状態で下手に突っ込むのは危ないと思う」
「んにゃ? やけに慎重だなぁ、ハルカさん。コータが慎重なのはいつものことだけどよ」
現状、突撃思考の意向があるのはレンジさんとアズキさんの二人。対して、慎重思考は、ハルカさんとコータさん。ただ、普段から中立のハルカさんが慎重派であること以外は普段と変わらない。
で、まぁ、こういう時はほとんどお決まりの展開として――
「ナツヒちゃんはどう思うよ?」
なぜか最年少である私に決定権が委ねられるのだ。
「えっと……………………まぁ、そうですね」
正直、相手がダンジョンのモンスターであれば普通に戦うだろう。が、相手は判断を誤ると命まで奪ってくる強大な魔物。安直な考えは許されない。本来なら、ここは冷静に作戦を考えるべきだが。
今の私は、そんなことが出来る程冷静ではない。だって、今の私は、もう恐ろしいくらい、好奇心に侵されているのだから。
「私、戦いたいです。皆で協力して、あのドラゴンを倒したいです!」
本心の赴くまま、私は自らの意思を言葉にした。
一瞬、ハルカさんがピクリと眉を動かした気がしたが、残念ながら気にするだけの余裕がない。こんな楽しいことに、出し惜しみなんてしたくなかった。
「そう来なくっちゃね! 流石、ナツヒちゃんだよ!」
「でっ、でもなぁ!」
「まぁまぁ、コータ。良いじゃねぇか、俺達だって今まで何もしてこなかったわけじゃねぇだろ?」
そうだ。ダンジョン攻略の時も、私たちはそれぞれの役割を意識しつつ抜群のチームワークで戦うことが出来た。あの時できたことが今も出来ないはずがない。
正直、この時の私は冷静さが欠けていたと思う。そしてなにより油断していた。
だから、まさかこの戦いで全てが変わってしまうことになるなんて、思いもしなかったんだ。
「ってことで、レッツゴー!」
「よっしゃ!」
「ったく、まぁ仕方ないか」
「行きましょう!」
魔力解放の詠唱を行い、意気揚々と動き出したアズキさんに続いて、レンジさん、コータさん、そして私はドラゴンの方へ向かって渓谷を下った。
途中、どうしてかハルカさんだけがその場から動いていなかったが、ドラゴンへの接近に比べれば些細なことである。私は気にすることなく、再び視線をドラゴンへと移した。
「取り敢えず、俺とコータで前を張るぜ!」
「後ろは私に任せて!」
「ナツヒちゃん、アシスト頼む!」
「了解です!」
それぞれがそれぞれ、自らの役割と最適な情報を言葉に変換し、行動に移す。幸い、接近する音が微弱なものだったからか、ドラゴンはまだ眠ったままである。
「魔法式構築――錬成――上級槍・フロートウェーヴランス!」
「魔法式構築――水青の慟哭!」
前方にて先手を打つは、レンジさんとコータさんの詠唱。それぞれ、炎の属性に対して有効な水の属性を帯びた魔法を展開し、攻撃した。
素直な軌道且つ、瞬き一つで横切るほどのスピードを纏った二人の攻撃。
もちろん、無防備な相手に対してそんな攻撃が外れるわけもなく、刹那の空白を経た渓谷は激しい爆発音に包まれた。
「アシスト行くよ! 魔法式構築――」
もちろん、私を含めて召喚者の中に「やったか?!」なんて言う人はいない。油断がないまま次の攻撃に入ったアズキさんは、魔法を放った両者に続くようにして、詠唱を開始。その瞬間だった。
「反撃来るよ!」
その途中、私たちの後方から放たれた声。それが、ハルカさんのものであると把握するよりも先に、召喚者全員の身体が動いた。
少しばかりの焦燥を含んだ声に、土煙の中から発せられる嫌な感覚。その二つがあれば、ドラゴンの同一直線上から、素早く横に移動するには十分だった。
全員が回避行動に移り、ドラゴンの口許辺りとその延長線上に障害物が消えた瞬間。
ぎょうあおあjをじゅあおうふぉあうおあうふぉうあおうふぁお
言葉にならない咆哮と共に、炎を纏った竜巻が渓谷の一部を抉り去った。
「…………おいおい、冗談だろ?」
「あ、あははははは…………強すぎない?」
「予想はしてたが…………攻撃が半端ないな」
「こんなの…………一発でも喰らったら死んじゃうじゃん」
「っ! それは」
「しかも、俺たちの攻撃を受けて無傷な相手って……」
もちろん、ハルカさんの危険察知と咄嗟の判断で誰一人として負傷者はいない。ただ、ドラゴンより放たれた炎の渦は私たちを威圧するには十分すぎる力を持っていた。
「今更逃げられないぜ……………」
果たして、こんな強大な敵を相手に、勝つことは愚か、生きて帰ることは出来るのだろうか。未知の恐怖に対する不安がパーティーを侵食しているような気がする。少なくとも、私とハルカさん以外の三人はもう既に戦意を削がれつつある。
まぁ、人は案外自分よりも強大な相手に対しては恐怖かそれに近い感情を抱くものだ。これに関しては抱かない方が少数派だろう。
「ふぅ…………せめて今は皆を」
取り敢えず、ハルカさんと合流した私は戦意を削がれた三人から離れ、ドラゴンの気を引くようにして攻撃の軌道上に立った。
「ナツヒちゃん、まだ行ける?」
いつ崩れるかも分からない膠着状態の中、ハルカさんからの問い。
「行けます!」
恐らく不幸中の幸いがあるとすれば、私の好奇心と非日常に対する興味が天井を突き抜けてしまっていることだろう。おかげで、こんな絶望的な状況を前にしても全く恐怖を感じず、こうして元気に受け答えが出来ている。
「じゃあ、前を頼んでもいいかな? 回復とバフは私が何とかするから」
いつになく真剣な表情と、重苦しい声のハルカさん。いつもの余裕に満ちた様子が感じられない辺り、この戦いは相当なリスクを伴うのだろう。もしかしたら、今日が私の異世界生活最後の日になるかもしれない。
「分かりました!」
まぁ、そんなことは所詮確率論。私はこの状況を楽しんで、そして生きてやる。
「じゃあ、行くよ!」
自信をめいいっぱい込めて、ハルカさんに応える。正直、それより先は言葉なんて断片的でいい。もし会話をするとなれば、それは終わる時。この命か、あるいはこの戦いが終わる時だ。
集中しろ、日向ナツヒ。集中して、今までの記憶を手繰れ。その、引き出した一つ一つが私の力になってくれるから。
今はただ、紡げ。
「魔法式構築――――紡げ、オープン・マジック・レコード」
瞬間、記憶が本となってパラパラと捲られる感覚が私の中に広がる。
そう、これが私の固有魔法――『記憶の扉』――だ。自らの記憶した魔法は、固有魔法以外であれば適性を無視して使うことが出来る。
「魔法式再構築――開け、記憶の扉――マジック・レコード・カスタム!」
『記憶の扉』を開く詠唱を終え、私が想像するのは先程レンジさんが唱えた錬成魔術。
「疑似錬成――上級槍・フロートウェーヴランス!」
必要な魔法を詠唱した瞬間、空へと翳した左手に収まるのは先程までレンジさんが扱っていた槍と瓜二つの代物。本人には悪いが、記憶にあった錬成を真似させてもらった。
「行きますっ!」
あとは、現状に対して爆発寸前の好奇心に先導を任せ、私は怒れるドラゴンへと攻撃を仕掛けた。正直に言えば、迷いなどない。ただ、目の前の非現実的な状況を楽しみたい。そのために、私は戦っていたかった。
「魔法式構築――瞬閃――剛腕――見切!」
敵の間合いを越えて、大きく一歩踏み出したタイミングで、後方から詠唱。それがハルカさんの強化魔法式の連続構築であると理解するのはそう難解ではない。詠唱によって、全体的に軽量化し、腕の力が強くなった今の状態があれば特に何か言うことはない。
「魔法式構築――混合・上級水流槍・水刃斬」
「魔法式構築――連撃・蒼渦」
酷く尖った先をドラゴンに向け突き進む水の刃に、錬成した武器と組み合わせた攻撃と連撃。その一つ一つを、確実にそれでいて素早く私は行っていく。
私は、かつてない程の勢いで立て続けに魔法を高速詠唱し続けた。
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