第二十七話 世界を越えて


 私は、第四の悪魔に敗れた。


 痛みだけが、ぼんやりとした意識を現実へ呼び覚まし、悲惨な現状を見せつけてくる。


「…………っあ」


 言葉にならない声が喉から絞られる。痛い、苦しい、死にたくない、戦わないと。心では叫んでも、身体からストップコール。そんなことをすれば死ぬ、暗にそう言われているようだった。


「終わりだ」


 視界の上、第四の悪魔が腕を振り上げている。息も絶え絶えな私は、精一杯動く。が、ボロボロの身体が動かせるのはせいぜい数十センチ辺り。身体が動かないから、局所の回復も不可能だ。


 はっきり言って、絶望的な状況だった。



『もう、いいんじゃない?』


 

 心の中の、私が呟く。折れそうなとき、いつもキツイ一言で私を奮起させてくれるもう一人の私が、諦めを口にしている。


 嫌だ、そうやって反論する気力すら湧いてこない。これから降り注ぐ死の運命に、抗う力が溢れてこない。


「…………はは」


 もう、ゲームセットみたいです。


 言い訳なんてするつもりはない。死ぬ気で戦って、その結果死の淵に立たされた。当初の戦力差を考えれば決しておかしな流れではない。そうやって、私は納得しようとした。


「悪魔狩り…………仕留めたり」


 怪奇の光が、近付いてくる。何、触れたら死ぬことくらいは想像が付く。ここで、私は終わり。


 人生最後の思案に耽る私は気づけば涙を流していた。無論、それは死への恐怖からではない。二つ、異世界と、この世界でやり残したことへの後悔である。


「ご、めん…………な、さい」


 光が徐々に強くなり、周囲の大地を穿っていく。いよいよ死が近付いてきたところで、私は最期に一言、口にする。



「や、くそく…………まもれ、そうに、な、いです」



 ゆっくりと、目を閉じる。本当に、情けなくてごめんなさい。油断ばかりでごめんなさい、生意気でごめんなさい。


 謝ることばかりですけど、それでも楽しかったです。侑生先輩と過ごした時間は。




 出来ることなら先輩と、一緒に異世界で冒険したかったです。



「ったく」



 後悔ばかりを残しつつ、思いだけを巡らせていく。もうすぐ、私は終わりを迎える。そう、思っていた。 


「……………………っえ?」


 いつまで経っても訪れない死の衝撃を疑問に思いつつ、目を開ける。どうしてか、私に向けられた悪魔の魔法は、最初から存在しなかったかのようにその姿を消していた。


「なっ! 何だ今のは!」

 

 そしてもう一つ、先ほどまで余裕マックスだった第四の悪魔が初めて動揺を声に出したのだ。私の前に、現れた一人の男子生徒の介入によって。


「う、そ」


 何で、ですか。何で、こんなところにいるんですか。

 今にも意識がなくなりそうなのに、私の視界は鮮明に彼を映し出していた。数か月前から変わっていない制服と、少し跳ねた寝癖に、覇気ある佇まい。



「何、人を死人扱いしてんだ。全く……」



 不機嫌そうにセルフツッコミをしながら、侑生先輩はそう言った。驚きとか、安堵とか、私の中にはいろいろな感情があると思う。けれど、今ここで表すべき想いがあるとすれば、それは唯一のものだろう。


「あ、あはは…………っ」


 薄れゆく意識の中、私はめいいっぱいの笑顔を作って


「おかえり、なさい。侑生、先、輩」


 待ち望んだこの瞬間に、言いたかった言葉を紡いだ。 




♢♢


「ただいま、日向」


 意識を失った日向に治療魔法を掛け、安全な場所まで転移させる。まさか、意識が戻って周りを見渡してみたら、日向が死にかけてるなんて思いもしなかった。



 もし駆け付けるのがあと一歩遅かったら…………



 考えたくはないが、日向は間違いなくこの世にはいなかっただろう。本当に、あのタイミングで目覚めて良かった。


「さてと」


 日向を屋上へ避難させ、俺は校庭までジャンプする。きっと、最初の頃の俺だったら、この行動一つでワチャワチャとはしゃいでいただろう。が、今はそう言うふざけた空気を醸し出せる状況じゃない。


「選手交代で、いいよな?」


 それに、日向に重傷を負わせた奴が眼前にいるのに、そんなスカした態度を取れるはずもない。


「君も、悪魔狩りか?」


 威圧的な風貌に、ハードボイルドな低い声。第三の悪魔を倒したと仮定すれば目の前のコイツは第四の悪魔となる。


「そうだけど」


「中々、やるな。私の攻撃を完全に防ぐとは」


「まぁ、あれくらいならな」


 こちとら、原書に記録された全ての魔法にアクセスしたのだ。たかが魔法の一つも防げないなら原書(笑)にもならない。


「ほう、相当魔法を極めているか…………あるいは固有魔法か」


 なるほど、第四の悪魔は俺の固有魔法がなにか分かってないわけだ。これは好都合だな。


「さぁ、どうかな?」


「君も舌戦で時間を稼ぐか…………」


 俺の煽り文句に、第四の悪魔は呆れるように吐き捨てる。きっと、日向も似たような戦術を取っていたからだろう。レスバトルの二連戦と考えるとその気持ちは分かる。


「生憎、そのような手に乗る気はない」


 ほれみたことか。


 第四の悪魔は一瞬にしてその姿を消す。そして、一つでも瞬きした頃には俺の眼前でどこから取り出したかも分からぬ剣を振り上げていた。


「っ?!」


 身体を捻りギリギリのところで、攻撃を回避する。直後、振り下ろされた斬撃が地面を割ってグラウンドを変形させた。


「ちっ!」


 強化系の魔法かあるいは、素の力か。どちらにしても一発喰らったら死ぬ。

 

 まぁ、食らわなければいいがな。


「いきますか」


 原書へのアクセスと、情報整理で身に付けた魔法、まさかこんなに早く使うときがくるとは

 俺は攻撃回避の空白に潜り込み、覚えたての魔法を唱えた。



「――自動詠唱――」


 自動詠唱――記憶整理によって俺が編み出した魔法。といっても、ただ整理した魔法に優先順位を付け、順位に沿った数字で魔法を発動させるだけのものだが。


「――壱――」


 シンプルな文言と共に、俺は振り上げられた剣に向かって腕を払った。当然、素手で剣撃を止めようなどとは思っていない。


 ただ、剣を形作る魔力の流れを切ろうとしたのだ。


「なっ?!」


 腕を払う勢いそのままに、剣はボロボロと崩れ去っていく。この場に残るは悪魔の驚声。何が起こったのか分からないまま、悪魔は慣性に沿って俺に近付く。そうなれば、奴はもう格好の的だ。


「――自動詠唱――」


 再び、俺は魔法を紡ぐ。ちなみに、自動詠唱は記憶量の関係で五つまでしか扱うことができないが、範囲内のバリエーションは無限大である。


「――弐――」


 壱の魔法は≪強制解除≫、そして弐の魔法は≪貫通付与の武器錬成≫である。


「なっ?! 錬成だと!」


 頭の中で思い浮かべた剣を形に変え、俺は悪魔の身体を貫く。無論、ただの剣であれば魔法防御か元々の障壁で防がれるだろうが。生憎こっちの魔法は防御無視。これを防ぐ手段はない。


「ぐはっ!」


 悪魔の叫びが耳元を通り過ぎ、攻撃を終えた剣は光の粒となって虚空へ消えていく。


「次で、終わらせる」


 生憎、俺に虐殺趣味はないため、油断も余裕も見せる気はない。第四の悪魔を倒して、日向を異世界に帰すんだ。こんな奴に構っている暇はない。


「くっ、私が負ける? そんなことあってはならん!」


 理性的なしゃべりと余裕のある態度はどこへやら、第四の悪魔は怒気を前面に押し出してくる。きっと、圧倒的な実力差を感じ取ったけど、理解は出来なかったんだろうな。だから、考えるよりも先に怒りで感情を処理してしまったんだ。


「へあああああああああああああああああ!」


 吼えるような声と共に第四の悪魔は両手を上げる。瞬間、禍々しいエネルギーが紫の光を作り、校舎の大きさにも引け劣らない魔力弾が発生した。


「死ね! この世界ごと」


 いかにもな台詞を吐きつつ、悪魔は両手を俺の方へと振り下ろす。迫りくる膨大な質量の魔力は大地を抉りながら迫る。


「やめろよ、それ」


 絶対に、させない。 


「終わりにしよう」


 敢えて、自動詠唱はしない。俺は自分の口で魔法を唱える。

 別に驕っているわけでも、変なプライドや、憧れがあったかと言われると、そんなことはない。ただ、どうしてか自動詠唱には頼りたくなかったのだ。



 もしかしたら、信じているからかも知れないな。あいつの意識が目覚めて、屋上から――――


 


「――聖天の魔弾――」




 一筋の光が一直線に悪魔を貫く。断末魔を上げる猶予なくして、悪魔の身体は塵となり、そして空へと消えていった。



 ったく、何考えてんだよ。俺ってやつは


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深夜、異世界帰りの美少女に遭遇。何だかビビッと来ました ヨキリリのソラ @yokiririno-sora

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