二十二話 踏み出した一歩




 魔力に触れると言うのはかなり不思議な感覚だと思う。力というには少しばかり迫力に欠けるが、そのイメージは全身にすぅーと何かが流れるような感覚。滞っていたものが際限なく循環していくのに近い印象だと思う。


 まぁ、俺が現在進行形で体験していることを言葉にしてみただけだが。


「…………よし」


 何となく、前に日向が言っていた「ガスの元栓が開く」の意味が分かった気がする。無論、理屈ではなく、フィーリングの話ではあるけどもだ。

 まぁ、とにかく出来ると思ったならまずは行動に移るべし。ということで、俺は戦闘前の日向みたく、口元を動かしてみた。


「魔力解放――原書の理と誓いに従い、我が望みに答え、力を示せ!」


 瞬間、ここ数か月で見慣れた光が掲げた我が手を中心に広がっていく。何となく、身体中に流れるエネルギーが手の方へと集中していく感じがした。


 これで、元栓が開いてスイッチが入ったということだろう。あとは、日向で言うところの「魔法式を構築する」という動作が出来れば、俺は魔法を発動させることが出来るだろう。


 それにしても、まさかついこの前まで一般人だった俺が、魔法を使うことになるとは。作戦通りに事が進んでいる安堵と、安直な思考そのままで実現した現状に対する驚きが入り混じって気分はどこか落ち着かない。 



「うわぁ! キミも結構やるねぇ。咄嗟に魔力解放した割に魔力量がめちゃくちゃ高いじゃん。もしキミが熟練さんだったら、私でも結構やばかったかもよ?」



 相変わらず、余裕な声色変わらず、第三の悪魔は感心したような口調。きっと、先程までなら不快の海に沈んでしまっていたところ、今の俺は冷静の岸に上がっている。


「それを聞いて安心したよ」


 一つ、勝ち誇ったように呟く。


「は?」


 恐らく、第三の悪魔は俺が今魔力を開放し、使える魔法なんてないから、せいぜい純粋な魔力攻撃を仕掛けるとでも思っているのだろう。だが、それは甘い。


「もしかしたら、お前を倒せるかもしれないからな」


 先程俺が初めて魔力を開放したとき、魔力の流れを感じると共に、俺の記憶には一つの情報が流れ来ていた。


 たった一言。意味が分からない単語が俺の記憶に刷り込まれていた。


「もしかして、固有魔法でもあったのかな? でもさっきも言ったけど、固有魔法一つじゃ、私を倒すなんて無理だよ? せいぜいさっきのお嬢ちゃんみたく、絶望させられるのが関の山だね」


 確かに、第三の悪魔の読み通り俺の記憶に刻まれたその単語は間違いなく固有魔法だ。しかも、意味も分からなければ能力も分からないというギャンブル要素まで付属している。つまり、俺も悪魔も初見の魔法が俺には備わっているということだ。


「そんなことは、ないさ」


 正直、ここから先は賭けだ。これから使う魔法は未知数。その正体は、もしかしたら非常に活用幅の狭い固有魔法かもしれない。だが、逆に一撃で悪魔を葬り去るほどの強力な効果があるかも知れない。分からない、それほどまでにこの場において心強い要素はなかった。


「まぁ、やってみたらいいよ? もちろん、その後ちゃんと殺すけどね」


 余裕の笑みから成る営業スマイルをアピールし、第三の悪魔は無防備な姿を晒す。それこそ、攻撃を受けても無傷であることを強調せんとばかりに。


「上等だ」


 後戻りなんてしない。今はただ、目の前の悪魔を倒すために。自分の力を信じようじゃないか。


 たった一言。今の俺が持っている最大限の力。そのトリガーを引いた。



「魔法式構築――記録の門よ、開けリコルダム・アペルタ



 瞬間、夜空へ掲げた左手に収束する光。魔力を開放したときの白に近い光とは異なり、今回の光は金色の輝きを放っている。

 


 ここまでは、想定通り。あとは、魔法の能力だけ。実現の可能性を信じつつ、俺は自らに問う。この魔法で、第三の悪魔と戦えるのか否かを。






『記録干渉ヲ確認。原書ノ開――確認。接続ヲ開始シマス』






 返ってきたのは、酷く冷淡で、抑揚に欠ける電子音のような声だった。


 俺の脳内で再生されるのは、いくつもの映像。最初はゆっくりと映画のように流れてきたそれは、秒針を刻むよりも早い感覚で高速になっていく。その際限は、遠いどころか見える気配すらない。


「なっ、な、んだ…………これ」


 酷い眩暈に苛まれ、俺は地面に膝をつく。平衡感覚が全て無に帰しているような浮遊感は緩まることを知らず、俺の脳を刺激してくる。痛い、クラクラする。正直、頭がかち割れそうなんてレベルじゃない。少しでも気を抜けば、意識は愚か命ごと持っていかれそうだ。


「あれれ? もしかして自分の固有魔法に身体が耐えられてないのかな? ふふっ、笑っちゃうよ!」


 ゆっくりと、誰かが近付いてくる足音。まぁ、十中八九その正体は第三の悪魔だろう。俺と奴の距離がなくなったその時が、本当の終わりだ。



「先輩っ! 逃げてください!」



 足音と共に、また一つ別の声が聞こえる。この酷く焦燥に駆られ、今にも裏返りそうな声。きっとその主は日向だ。何となくだが、声に暖かみを感じた。


「あははは! キミはそこで見ててよ。キミの大切なヒーローが目の前で殺されるところってやつをさっ!」


「止めて! もう、止めてください!」


 駄目だ、動けない。思考が纏まらない。情報の糸、その一つ一つが何重にも絡まってぐちゃぐちゃと蠢く。とてもじゃないけど、俺の頭で一度に処理できる情報量じゃない。


「嫌だね! 止めないよ。私はキミみたいな生意気な子が絶望するところが大好物なんだ。こんな絶好のチャンス、見逃すわけないじゃん!」


 酷く高揚した声で、第三の悪魔は嗤う。心なしか、俺の周りを漂う殺意が大きくなってきた。恐らく、本人ご愛用の鎌でも振り上げたか。


「先輩っ、先輩…………侑生、先輩」


 何度も、何度も、何度も俺の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。 


「どうか、立ってください…………どうか、」


 今まで、悲痛な叫びを向けられることなんてなかった。今まで、死の淵で誰かに懇願されることなんてなかった。




「私から、離れて行かないで!」




 何より、今までこんなにも誰かに必要とされたことなんて、なかった。


「…………あ」


 苦しくて、辛くて、気持ち悪い。けど、それでも、日向が放った一言は、凄く、凄く嬉しかった。


 半無意識下の世界に映るは、幾千にも広がる細い糸。一つ一つ、何かの映像が絶え間なく流れ続けているそれは、さながら回り続けるオルゴール。俺は纏まらない思考で無意識にそのうちの一つを掴んでいた。


 ギリギリの状態でそれを自覚した瞬間、意思もないままに俺は口許を動かす。



「あwzぇcdrvtfgyぶんひmじょ、kpl」



 もはや言葉でもないそれが作り上げたのは、人の鼓膜など優に打ち破るほどの轟音だった。


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