第二十一話 勝てない



「――瞬閃」



 両者の殺害予告から数秒。凍り付くような静けさを破壊するは日向の最速詠唱だった。

 瞬閃――その言葉通り、瞬きを駆け抜ける閃光の如く速度まで身体能力を強化する日向の魔法だ。日向が言うには普段は詠唱が長くて使えないらしいが、やはり略式詠唱になると訳が違うな。



「――風雷の鎌撃――」



 接近が確認されたところで、日向はその口許を素早く動かし、俺の知らない魔法を唱える。


「へぇー」


 瞬間、日向の腕から手元にかけて出現した鎌。それを媒体として巻き起こるのは激しい竜巻。しかもよく見ると、その所々からバチバチと雷が発生している。


「ほんと、キミって凄いや」

 

 指でも入れてしまえば一瞬にして消し飛び感電してしまいそうな恐ろしい武器を前に、第三の悪魔はくすくすと笑っていた。ただ、今までとは異なりその笑みに張り付けられた余裕は風でどこかに飛ばされてしまったらしい。


「その余裕がいつまで保てますかね?」


「キミを殺すまで…………かな?」


「あっそ」


 日向が風と雷を纏いし鎌を振り上げる。俺は、しっかりと目を凝らし第三の悪魔の方へと視線を集中させた。そうしなければ、きっと見失ってしまうから。この緊迫した空気を当事者として味わえないから。


「この程度の攻撃、当たるわけないじゃん!」


 真っすぐと突き進み、眼前に現れた日向に対し、第三の悪魔は吐き捨てるように言う。確かに、日向にしては立ち回りがいくら何でも安直すぎる。


「幻影解除」


 振りかぶった攻撃を完全に第三の悪魔が見切ったその時、静かに響くは日向の最速詠唱。振り被った日向の姿は月明かりで出来た影に吸い込まれ、逆に第三の悪魔の影となった部分からは風雷を纏いし鎌と、本物の日向がその姿を現していた。


「騙されてやんの…………バーカ」

「っ!」


 振り上げた鎌が横一線に虚空を切り裂き、そして第三の悪魔へと到達するところ。

 二つの衝撃から成る金属音が夜の校庭に木霊した。


「なっ?!」


 一つは、言うまでもなく日向が振り抜いた風雷の鎌。そしてもう一つ、それは第三の悪魔が地面の影から取り出した黒に染まりし、鎌だった。

 

「ふぅー、危なかったよ」


 いかにも命あったことを喜ばしく思うかのような態度で第三の悪魔は胸をなでおろす。ただ、正直言うと、俺には奴が咄嗟の判断で黒鎌を取り出したようには見えなかった。ただ、何かを決めてそれを実行したような。そんな印象だった。


「まさか、私に死を呼ぶ厄災の鎌あいぼうを出させるなんて……キミ、相当出来るね! ほんと、私ベタ褒めちゃう!」


「――氷嵐爆――」


 安っぽい挑発に対して、何か答えるのかに思えた日向だったが、彼女の選択は最速詠唱。校庭の上空に現れた白雲を中心にすさまじい嵐と弾丸のような速度で風に流れる氷の粒が悪魔を襲った。


「――瞬閃剛力――」


 踊るように氷を避けていく悪魔に対し、日向は再び、魔法を唱える。振り上げた鎌は重く強く、氷霧を払い虚空を切り裂いた。


「うおっと!」


「くっ、なんで!」


 まずいな。

 先ほどから致命傷の一つも与えることができない日向は酷く冷静さを欠いている。対照的に、第三の悪魔は日向に攻撃こそ当てていないが、貼りつけた余裕のマスクは剥がれることを知らない。


 正直、両者の優劣は決定的だった。


「まぁ、たかが記憶の再現くらいじゃこの程度だよねぇ」


「何を、言って……………………」


 絶対的な実力の差からくる悪魔の嘲笑は強烈。だが、ただ煽るだけで話が終わるほど現状は甘くなかった。


「だって、君が使ってるのは、所詮極地の入り口にも踏み入れていない人間の魔法だよ。そんなんで上級悪魔の私を倒せるわけないじゃん。まぁ、最速詠唱は誉めてあげるけどねぇ」


 今までの人語を介して会話するだけで精一杯だった奴らと同種であるなんて思えない。それほどに、悪魔の言葉は酷い正論で、浸け入る隙何て一つもなかった。

 無論、口から出任せを言っている可能性もなくはないが、現状の力量差を考えると流石に、嘘を疑うのは難しい。


「そんな、こと…………ない。悪魔になんて、負けない!」


 どこか焦点の合っていない瞳をゆらゆらと揺らし、日向は風雷を帯びた鎌を振り上げる。ただ、その威力は先程までとは比べるに絶えず、動揺は目に見えるほどに分かりやすい。


「だから、無駄だって」


 第三の悪魔は冷えきった声でそう吐き捨てると、漆黒の鎌を手元で踊らせた。

 瞬間、ほどばしるのはいくつもの閃光。漆黒の鎌が紡ぐ連撃は日向の鎌を粉々に打ち砕いた。


「あっ、あぁ…………」


 言葉にならないような声を上げ、日向は地面に膝を落とした。素人目の俺でも分かる。完全に勝負は着いたと。


「ふふっ、あははははははははははははははははは!」


 茫然自失となった日向の前に、しゃがみこみ第三の悪魔は高らかな笑い声を上げる。


「ねぇねぇ、今どんな気持ち? 苦しい、辛いよねぇ。絶対に勝てないもんね、でも生きたいよね? うんうん…………ぶっ殺してあげる!」


 身体ごと蹴り上げられ、日向の身体は宙を舞う。正直、俺が勝てるような相手じゃないことは分かっている。ただ、ここで日向を見捨てることが出来るほど、俺は思い切りに富んじゃいない。



 気付けば俺はその場から走りだし、落ちてくる日向を抱き止めていた。 



「へぇ…………キミ、やるじゃん」


「…………日向、大丈夫か?」  

「…………せん、ぱい?」


 悪魔の感心を無視し、俺は日向に問う。ただ、返答が出来るあたりまだ完全に心が折られたわけではないようだ。


「取り敢えず、無事で良かった」


 不幸中の幸いとも取れる現状に安堵しつつ、俺は日向を守るように悪魔の前に立ち塞がる。もちろん、脳内には現状を打開できる可能性を秘めた策がある。


「先輩、すみません。私…………」

「大丈夫」


 申し訳なさそうに謝る日向。普段から意気揚々とした姿ばかりを見ているからか、しょんぼりとしたその顔が非常に新鮮に感じる。


「あとは、任せてくれ」


 こんなとき、どんな声をかけるのが正解なんだろう。分からないまま、俺は思ったことを伝えた。



「俺が、絶対なんとかするから!」



 正直、あまり低確率の事象に賭けるのは好きではないが。この際、そんな甘えたことは言ってられない。空元気を最大限振り絞り、俺は日向に自信をもってそう伝えた。


「それって、先輩が戦うってことですか?」


「あぁ」


「…………駄目です。そんなことしたら先輩が死んでしまいます」


「このままじゃ、二人とも死ぬけど、それでいいのか?」


「そっ、それは」


「絶対、勝ってみせるから」


「先輩…………」


 説得に成功したかは不明だが、とにかくこれで日向へのヘイトを俺に向けることはできただろう。あとはもう、自分の潜在能力次第といったところだ。


「おやおや、話は終わりかな…………って、今度はキミが相手かい?」


「そうなるな」


「でも、キミ魔法使えないでしょ? そんなんで私に勝てる何て思ってないよね?」


「魔法が使えるなら話は別なんだな?」


「あははは! 何言ってるの! 恐怖で頭沸いちゃったかな?」


 突如として参戦した俺に、煽り文句を遠慮なく告げる第三の悪魔。まぁ、そりゃ魔力も持たない俺が相手じゃ、物足りないとか言うレベルじゃないだろう。別段違和感もない。けど、


「いや、そんなことないさ」


 言って、俺はポケットから一つあるものを取り出した。


「何のつもりかな…………」


 それは先程悪魔によって粉砕された日向の武器の欠片。恐らく、俺の予想が正しければこの武器は魔力で形成されている。


「魔力の解放は、魔力に触れることが条件…………だったよな?」


 確率なんて、知ったこっちゃない。もし、可能性があるならこれしかない。


「いただきます」


 俺は迷いなく、その欠片を口の中へと放り込んだ。


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