第二十話 全開



「さてさて、やって行きましょうか! 殺戮のゲームを、なんちゃって!」



 わざとらしく、キャッキャと笑う第三の悪魔。まるでゲームのような楽しさを含んでいるその文言。

 ただ、俺は知っていた。これはゲームなどではないと。何せ、今までに二度、悪魔との戦いに直面しているからな。


「その余裕さが無性に腹立たしいです!」


 緊張感に欠ける態度に苛立ちを覚えたのか、俺の前に立つ日向が声を荒げる。何となくだが今日の日向はは、いつになく相手にガッツいている気がする。


「まぁまぁ、そう怒らない怒らない。同じ高校の生徒なんだしさ。仲良くお話しようよ。殺し合いはいつでもできるけど、話し合いは死んだら出来ないんだから」


 そう言って、刹那の空白。瞬き一つにも見たいないその時間で、第三の悪魔は日向の真ん前に移動してきた。


「ふむふむ、リボンの色的に学年は違うみたいだ。にしても、キミ凄い甘い匂いがするなぁ」


 クンクンと鼻を近付け、日向の匂いを嗅いでいるその姿に、俺はつい一歩後方へ。ただ、見る限り日向に対して攻撃を仕掛ける素振りはない。


「なっ、何を」


 少し遅れて、日向は第三の悪魔を振り払い、後方へ跳躍。振り切れる、この時はまだそんな油断が頭の中にあった。


「わぁー、髪がサラサラだねぇ」


 跳躍した日向よりも早いスピードで奴は動いていた。滑らかな手付きで、日向の黒髪を撫でまわすように触っている。反応速度の面において、第三の悪魔が日向を圧倒しているのは、この時点で明白だった。


「くっ、気持ち悪い」


 とはいえ、このままいいように髪を触られる日向ではない。空中でその身を翻し、勢いよくその右足を振り上げる。だが、その足が切り裂くのは虚空。衝撃の直前、第三の悪魔は移動したのだ。地上にいる俺の眼前、校庭の真ん中に。


「もー、キミは酷いなぁ。この世界じゃ、これくらいのスキンシップは問題ないだろ? あー、もしかして恥ずかしがってるのかなぁ?」


 天然なのか、それともそう言うフリなのか。このままでは埒が明かない。それに、こういう問答っぽいことは日向より俺の専門である。


「そもそも女の子同士かどうかも怪しいけどな」


「ん? 何を言うんだい少年。全く失礼なことを言わないでおくれよ」


「いや、だってお前。その見た目って、変身系の魔法か憑依だろ?」


 今、俺の目の前にいる第三の悪魔は、外見を茶髪の一つ結びに、制服と少し短く折っているであろうスカートと、かなりうちの学生に寄せている。もちろん、最初から悪魔だった、もしくは何らかの形で、第三の悪魔たる存在になってしまったという可能性もゼロではないが、どちらも話の内容には適していない。となると、考えられるのは元となった学生を監禁あるいは殺害して、本人に成り代わっている可能性か、霊体として元の生徒に憑依しているかの二パターンしかない。


「おー、少年凄いじゃない! まさか私の正体に気付いてしまうとは。そう、この身体は変身魔法によって作られているのだ!」


答えは前者か。ポーカーフェイスを貫きながら、自らの推理があっていることに数秒喜びをかみしめる。三、二、一、はい終わり。


「本人は無事なのか?」


「さぁー、どうだろうねぇ?」


「なら本人の姿を見せろよ」


「見せたら、キミたちはどうするの?」


「保護するけど?」


「ちぇ、つまんないの! ホントは戦う前に返そうと思ったけど、やーめた!」


 冷静さを保ちつつ放った俺の正論に、第三の悪魔はバツの悪そうな顔をした。ただ、返すのを拒む辺りまだ変身元の本人は、無事である可能性が高いか。



「侑生先輩、もういいですか?」



 とここで、今まで沈黙を決め込んでいた日向が冷たい声で言う。そこに静かな怒りが込められていることはもちろんだが、何と言うか目がギラついていた。


「あぁ、確認したいことは出来たし、いいよ」


「了解です」


 正直、今にも暴れ出しそうな日向を止めておくのは厳しい。それよか、血気盛んなうちに、第三の悪魔と戦った方が、勝率は高いだろう。


「じゃ、行きますか?」


「なになに? 今度はそっちのお嬢ちゃんが私の相手をしてくれるのかな?」


 恐らく傍からだと、ただ男子生徒一人と女子生徒二人が校庭で言い合っているようにしか見えないのだろう。無論、当事者である俺にはそんな頭空っぽお花畑の思考は出来ないが。


「いえいえ、私は相手なんてしませんよ。ただ、あなたを始末するだけです」


「もう、酷いなぁ。悪魔だからって、ちょっと殺意を向けすぎなんじゃない?」


 少しばかり哀愁を漂わせながら、こちらに訴える第三の悪魔。同情を買う訳ではないが、俺は一度奴から目を逸らしてしまった。


「ふふっ」


 まぁ、逸らした先に、クスクスと笑う日向の姿があったから数秒で冷静になれたけどな。


「もしかして信用してくれた?」


「いや、おかしくて。血の匂いも完全に隠しきれいてない悪魔が何を言っているのかってね」


 その一言を待っていた、と言わんばかりに日向は口角を吊り上げ、不気味な笑みで告げる。それはまさに死刑宣告。


「あちゃー、バレちゃったかぁ。キミが全く勘の良いお嬢ちゃんだからさ、ぶっ殺さないといけなくなっちゃったね」


 何となく、分かった。第三の悪魔が放った一言で、場の空気が変わったということが。どす黒い圧と、鋭く尖った空気が校庭を包み込む。緊張感がそのまま針となって身体中を突き破りそうな、そんな感じがする。それくらい、この場の緊張感は異次元だった。


「しかし、キミなんかが私を殺せるのかな? さっきの攻撃やスピードじゃ、私には軽く及ばないぜ!」


「さぁ、どうでしょうか? 私、まだ本気を出してませんよ?」


 互いに煽り合う日向と第三の悪魔。控えめに言って不気味だ。嬉々たるスリルだけでは誤魔化しきれない悪魔の良くない気配は非常に高純度、これに関しては威圧感で対抗できている日向を尊敬してしまう。


「まぁ、それはやってみれば分かること。侑生先輩、下がっててください」


 左手で俺にハンドサインを送りつつ、日向は戦闘態勢に入った。鮮明に校庭を照らす月の光は黒雲に遮られ、辺りは闇色を深めていく。


「魔法式構築――紡げ、オープン・マジック・レコード!」


 短く詠まれし唱と共に、暗色の校庭にさす光。否、それは夜空に広がる星や月ではなく、日向の魔力が持っている輝きそのもの。その手に持った一冊の本が彼女の魔法を支える武器である。


「へぇー、固有魔法かぁ。凄いじゃん!」


「魔法式構築――略式・極智」 


 紡がれた言葉に一冊の本は光に包まれ、そして消える。もちろん、その能力が焼失したわけではなく、これこそが日向の真骨頂。記憶した魔法を全て使いこなし、且つ、全ての魔法を最速詠唱で使用できるというゲームで言うところのぶっ壊れ魔法。確かに、これを使えば素の実力で劣っている第三の悪魔相手でも渡り合うのは可能か。



「最初から、全開で行きます!」


「ふふっ、ぶっ殺してあげる!」



 人知れず、戦いを告げるゴングが学校中に鳴り響いた。


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