第十五話 異世界の話



「あー、退屈」



 第二の悪魔との戦闘からおよそ一か月。期末テストも終わり、そろそろ夏休みと言ったところだが、あの一件以来悪魔との遭遇はない。



「平和ですねぇー」

「平和だなぁ」



 少しばかりの熱を帯びた風が吹く屋上。俺と日向は日陰である屋上の入り口に腰を下ろし、遠くの空を眺めていた。


「なぁ、日向」

「はい?」

「悪魔って、この辺りにしかいないんじゃないのか?」

「そのはずなんですけどね」


 だとしたら、どうして見つからないのか。非常に疑問である。ただ、第二の悪魔からするに悪魔には知性が備わっている可能性が高い。もしかして、日向の存在が悪魔サイドに知られたことで、慎重になっているのか。


「そういや、悪魔って残り何体だっけ?」

「二体です。あっ、言っときますけどサーチとかは無理ですからね。私の専門外です」


 まだ訊ねてもいないことに、日向は自信満々な返答。ちなみに、別に誇れるようなことではないからね、それ。


「俺の専門でもないけどな」

「それは嘘です」

「いやいや。俺が出来るのはせいぜい、ヒントがある状況で相手の居場所の予想建てをするくらいだが」

「またまた、ご謙遜を……………………」


 本当に謙遜だったら、俺たちはもう一週間以上前には第三の悪魔と戦っているだろうに。


「「はぁ…………………」」


 大きく溜め息を吐くと、丁度日向とそれが重なってしまった。


「何ですか先輩? 溜め息なんて吐いちゃって」

「暇すぎる。何かないのか? 俺が興味ありそうな話とか、魔法の練習とか?」

「まるで独占的な暴君ですね」


 まさしく言葉の通り。今の俺は暇を持て余し、非日常に飢えた限界高校生。独占的な暴君の因子を秘めていても笑えない。惰性に染まり切った怠惰な理性がなければ、俺は時と場所を弁えない阿保になっていただろう。我ながら恥ずかしい話である。


「…………悪かったな」

「でもまぁそこまで暇を持て余しているのなら一つ昔話をするのも悪くないですかね」

「何かしてくれるのか?」


 突然の提案に、俺は思わず聞き返す。正直に言えば、日向が伝記や伝承の類を好むとはどうにも思えない。一体どんな昔話だろうか。



「はい。折角なので、私が異世界にいた時の話をしてみようかと思って…………」



 えっ、マジで?

 当初は異世界の話など、最小限の情報のみしか言葉にしなかった日向が、まさか自らの異世界冒険譚を語るとは。ここ数か月で、過去を話すに値する相手となったことを喜ぶべきか。とにかく、こんな話、聞かない手立てはない。


「おー、面白そう。是非聞かせてくれよ」


「侑生先輩ならそう言うと思ってましたよ!」


 退屈な表情はおさらば。日向は普段の快活な表情を作り、一度指をパチンとその場に鳴らした。

 その瞬間、俺と日向の座る先、少し離れた貯水槽の壁に向かってまるでスクリーンのように、映像が流れ始めた。


「じゃ、映画鑑賞風に行きましょうか!」


 ということで、日向ナツヒの昔話劇場、本日開演となります。




♢♢


 私は、どこへでもいる普通の女子中学生だった。特徴という特徴もなく、人付き合いや、学力も普通。何か特別な境遇があるとすれば、数週間後に高校受験を控えていることだろうか。まぁ、同学年の生徒は皆そうだから、特別な境遇とは少し違うが。


「はぁ…………退屈だな、私」


 今は塾からの帰り道。何となく、自らのことを振り返ると、そんな感想が零れる。何もない、楽しいことも、悲しいことも、嬉しいことも、苦しいことも。ただただ、平坦な道を力なくとぼとぼ歩いているだけ。終わりの見えないその道は恐ろしく力に欠けていた。

 

 夢物語を広げて良いのなら、私は旅に出たい。お金も、時間も、野望も何もかも気にすることなく、過ごしたい。多分、私は納得したいんだと思う。退屈と無機質から成る心の渇きを潤すために。

 自分が何を求め、何をするのか。言ってしまえば、自らの行動指針を知りたかった。それを知って、腑に落としたかった。


「まぁ、出来たら苦労なんてしないんだろうけどね」


 諦観の一言と共に、私は空を見上げた。昼間は酷く高いところにあった太陽が、今は月へと変わっている。おまけに、幻想的な星々に照らされて、私の足下には綺麗な光模様が形作られているではないか。


「って…………えっ?」


 寝ぼけているんだろうか。視界がぼんやりと霞む。というか、冷静に考えたら、足元が光り輝くのはおかしい。これはもしかして、もしかして私……


「……あはは、マジですかこれ」


 この展開、間違いない。私は今、非日常の中心にいる。

 そう確信すると同時に、私は嬉々として重たい瞼をそのまま閉じることにした。





 再び目を開けるとそこは建物の中。そして、私の前で大きな存在感を放つ玉座には一人の男性が座っていた。


「よくぞ、参られたな。召喚者よ」


 少しばかり高圧的な口調で、男性は言う。私は、ふと周囲を見渡してみた。

 修道服のようなものを羽織った女性に、結婚式場とかにいそうな礼装の男性と、後方には武器を持った甲冑姿の男性と女性が集団で固まっている。そして、幸か不幸か、私の両隣には現代的な服を着こなした男性と、女性が二人ずつ立っていた。その様子からして訳も分からないといったところなのは私と同じだ。


「ふははは、まさか成功するとは思わなんだ。バーナード、彼らに説明を」


 見たところ、ここはどこかの国の大聖堂のようだが、どうして私はこんなところにいるのだろうか。

 そんなことを考えていると、高圧的な口調の男性が高らかな笑いを上げながらそう言った。


「はい、国王様」


 呼ばれて、礼装の男性集団から一人、気弱な男性が現れる。会話からして恐らく彼がバーナードだろう。そして、バーナードさんから国王と呼ばれているということは、目の前の男性はこの国の王ということになる。


「えー、では国王シュラトスに変わりまして、私バーナードが召喚者様に説明させていただきます。

 えー、皆様は召喚者と呼ばれておりまして、要するに別世界からこの世界に召喚された存在。すなわち、召喚者様からすると、こちらの世界は異世界ということになります。こちらの世界の情報に関しては後ほど、魔法によりお伝え致します。

 えー、それで皆様にはこの後、魔力解放の儀式を行ってもらいます。そこで、召喚者様の適性魔法を確認できましたら、本日はお開きとなります。それでは失礼致します」


 なるほど。

 つまり私は魔法が普及した世界に召喚されてしまったという訳だ。恐らくこの後の展開としては、魔法の適性で、召喚者それぞれの強みを明らかにして、国の任務をこなしていくといったところか。仕事である以上根本は元の世界と変わらないが、この非日常的な光景は堪らない。


「では召喚者諸君。これより、そなたらの魔法適性を測る。皆、案内に従い移動せよ」


 彼の一声で現れた案内役と思わしき人物によって、私たち召喚者は別の部屋へと連れて行かれた。まだ、私以外の召喚者たちは動揺収まらずといったところだが、国王がそれを気に留める様子はなさそうだった。


「魔法適性を測りますので、この石に触れてください」


 曰く、この石には魔力が宿っており人は魔力に触れることで自らの魔力回路を開くことが出来るらしい。なお、魔力回路が開いていないと魔法を扱うことは出来ないそうだ。


「じゃ、じゃあ、俺からやるよ」


 言って、召喚者の一人。好青年風の男が石に触れた。瞬間、石は赤色に発光し、そして彼の手の中に収束した。


「あなた様の適性魔法は赤、つまり自然現象を操作する魔法全般ということになります。ちなみに、青は物理現象、緑は治癒と活性、紫は幻惑、白が非現実的現象、黒が特殊となります。覚えておいていただけると幸いです」


 その後も、石の色は青、緑、白と変わっていき、残すところも私だけとなった。


「では、最後の召喚者様。お願いします」


「はーい」


 テンションは高めで少し間延びした返事と共に、私は石に触れた。そして、刹那の空白を挟む。本来なら石の色は変わるところ、どうしてか石に反応はなかった。


「うん? おかしいですね。魔力石の不具合でしょうか…………まぁ、結構です。召喚者様、お疲れ様でした。廊下の向かいに皆様、一人一部屋ほど用意しております。本日はそこでお休みください」


 ということで、魔法適性を不明の結果と共に、私の異世界召喚ライフは始まりを迎えることとなった。


 正直、魔法適性が不明であるのは少しばかり驚きだった。が、私の中ではそんなことショックの内には入らない。

 なぜなら、私は既に一つ持っているから。



 いいじゃん、これ。



 魔法適性を測る石、それに触れた瞬間、私の記憶に刻まれた魔法が一つ、私にはあったのだ。

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