第七話 おいちょっと待てこら
朝を告げる陽光は恐ろしく眩しかった。
「……………うん?」
太陽の暖かみと、肌を掠める涼風。この時期さながらの小春日和という奴だ。無論、そう言う光景は季節が春である以上普遍的なものに近い。
「おはようございます! 侑生先輩っ」
まぁ、流石に学校の屋上で後輩に起こされて迎える朝はそう滅多にあるもんじゃないが。
「うっ、うーん……………ふああああ、おはよー」
起床の憂鬱など、微塵も感じさせない快活な声は嫌でも俺の目を覚ます。何となく、もう一度横になる気は起きなかった。
「あれあれ、先輩。もしかして寝不足ですか?」
俺の欠伸にクスクスと笑ってくれる彼女は俺の後輩、日向ナツヒ。つい昨日、この屋上で仲良くなったタイムリーフレンドである。
「まぁな。逆に、日向は眠れたのか?」
ちなみに、俺が若干寝不足なのは言うまでもなく彼女のせい。
そりゃ、いくら無気力無関心で惰性の塊であっても、俺とて男子高校生。深夜、隣にはぐっすり眠る美少女、二人きりの屋上。何とは言わないが、そんなの意識しない方がおかしい。
「ええ、それはもうぐっすりと」
「そりゃ、良かったな」
「恐ろしく気持ちが籠ってない?!」
「…………バレたか」
「当たり前です!」
眠気の一つも感じさせない、その元気が羨ましい。この後授業が普通にあると思うと非常に憂鬱だってのに。
「全く、昨日の生き生きとした顔はどこ行っちゃったんですか?」
「逆にこれから学校なのにどうしてそんなにテンションが高いんだ?」
言葉のまんまだ。
学校に行っても、何も起こらない。空音の一つもなりはしない。
「学校、嫌いですか?」
「嫌いじゃない。でも、テンションは上がらない」
「そうですか」
そう言って、思い出すのは昨日の光景。
人払いの魔法によって、一般人は誰一人近付かない学校。突然現れた異形の獣。凄まじい光を放つ魔法。そして、冗談抜きの命のやり取り。
ただの授業じゃ味わうことのない、狂気じみた情熱と、希望を孕む世界が眼に焼き付いて離れない。
きっと、俺にとって本当に心が躍った瞬間があるとしたら、それはこの時だ。
「ふふっ、面白い顔ですね」
「もとからだ」
「そんなことないです。その昨日の夜と同じ顔…………やっぱり侑生先輩ってバグってます」
ひどく失礼な物言いである。まだ知り合って間もない相手に、面と向かって「お前はおかしい」というのだから。
「褒め言葉ってことにしとくよ」
まぁ、そう言われて少しばかりニヤついてしまった俺は確かに可笑しいのかもしれないが。
「さて、それじゃ行きましょうか」
「どこに?」
「学校にですけど? 侑生先輩、行かないんですか?」
「あー、行く」
ここでサボっていても見つかってお灸を据えられるか、退屈な時間に殺されるだけだ。不本意ながら俺はその場に立ち上がった。
「じゃ、行きましょう…………あっ、そうだ!」
屋上の扉を開けたところで、何かを思い出したように日向が声を上げる。本当に忙しい奴。
「侑生先輩、連絡先の交換をしましょう!」
それはまさしく不意打ちだった。
空の明るさに負けないくらい笑顔から語られた繋がりの実感。心躍る非日常だけじゃない心の高鳴り。理性が働くよりも先、一瞬、俺は日向に靡いてしまった。
「先輩?」
「あぁ、悪い。はいこれ、連絡先」
「ありがとです。あっ、これからは覚悟してくださいね!」
素直に感謝の言葉を述べた日向は悪戯な笑みを浮かべながら言う。
「もちろん、命を懸けるつもりはあるさ」
覚悟らしく、俺は珍しく声を張って答えた。もちろん紡いだ言葉に嘘はない。
「あっ、いえいえそっちの覚悟ではなく…………」
「これから私にこき使われる覚悟ですよ?」
あーそっちか。
全く、台詞だけ変えればテンション爆上がりのラブコメ展開になっていただろうに。これじゃあ、ただの脅しだ。
「…………善処致します」
どうしてだろう。昨日、彼女と交渉して刃を突きつけられたときより怖いんだけど。可笑しいな、学校でもトップクラスの美少女にせがまれているはずなんだが、好奇より恐怖が勝っている。
「じゃ、改めてよろしくお願いしますね、先輩」
「あぁ、よろしく」
これは、もしかしたら類友とかそう言うレベルではないのではないだろうか。大丈夫か、そのうち死にゲーの序盤みたいなムーブを強制されないだろうか。錬成術で脅された経験があるせいか、あり得ない展開に現実味を感じてしまう。
「あー、大丈夫ですよ」
そんな俺の気持ちを汲み取ったのか、あるいは偶然か。日向はそう言って、俺の手を握ってきた。
「先輩は命の恩人で、私の大切な友達ですから!」
悪戯な風味の中、朗らかな笑み。もとが美少女だからか、そのインパクトは膨大。前後文脈を無視すれば、非常に庇護欲を掻き立てられることだろう。
「まっ、しっかり仕事はしてもらいますけどね」
「ったく」
はぁ、と軽く一息。
マジで何を考えてるんだよ、この女。
結局、授業に向かった俺の頭は日向ナツヒというよく分からない少女のことでいっぱいだった。もちろんそこに他意はない。
困惑の朝から時間は流れ、放課後のショートホームルーム。
ポケットの振動は俺の意識を窓の外からスマホへと向けさせた。
ナツヒなた
『放課後、昨日と同じ場所に来てください』
「ナツヒなた」とは、日向の登録名である。安直な登録名だとは思うが、流石に本人の前では言わない。それにこうもオリジナリティーの溢れる名だと、間違いようがない。ある意味、そういうことを考えると理に適っているのかもしれない。
『了解』っと
短く返信し、出ていくクラスメイト達に混じって俺も教室から離れる。言うまでもないが、これから向かうのは昨日と同じ場所。即ち屋上だ。
そっと、人の流れから離れ、階段を駆け上がる。これまで幾度となく屋上へと足を運んでいるからか、 どの時間にどの場所を通れば、誰ともエンカウントしないのか大体分かってしまう。裏付けではないが、今もまた屋上の扉を前にするまで、誰とも遭遇していない。
「遅かったですね、侑生先輩!」
どうやら、ドタキャンやドッキリの類ではないようだ。碧空広がる屋上には、日向が待ってましたと言わんばかりに仁王立ちしていた。
「悪いな」
「いえ、怒ってないです」
そうですか。
「で、用件は?」
「侑生先輩を呼んだのは、昨日お話しした悪魔討伐の件…………」
おおっ、早速ファンタジックな話と来た。恥ずかしながら、これには目を輝かせてしまう。好奇心プンプンである。
「じゃなくて」
ただ、そんな俺の様子を察してか日向は口角を上げ、甘えるような声で言った。
「私に、勉強教えてください。侑生先輩っ」
おいちょっと待てこら。
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