第八話 学年一位だよ



「私に、勉強教えてください。侑生先輩っ」



 放課後の屋上、俺は一学年下の後輩、且つ異世界帰りのトンデモ美少女である日向ナツヒに呼び出されたのだが。まさか、内容が勉強のことだとは思わなかった。


「…………………はい?」


 予想していた話題とほとんど真逆に近いベクトルの話に、俺は首を傾げた。意味は分かるが、意図が全く分からない。


「ですから、私に勉強を教えてください」

「えっ、何で?」


 思わず、内心浮かべた言葉をそのまま口に出してしまった。いや、でも正直何で勉強を教えないといけないというのだろう。まだ、そんなに勉強を意識するような学年じゃないはずだが。


「その…………実は、勉強が凄い苦手なんです」


 そう言うと、日向は気まずそうな顔でスマホを取り出し、一枚の画像を俺に見せてきた。


「これは?」


 俺の視界に映し出された画像。そこに映し出されたのは右上に赤で数字の書かれた五枚のプリントだった。


「私が異世界召喚されるちょっと前ですかね。中三の時に受けた定期テストの結果です。これ百点満点のテストなんですよ。壊滅的でしょ?」


 確かに、プリントに描かれている数字はどれも一桁であり、チェックマークが大半のスペースを埋めている。控えめに言って壊滅的である。


「中学のテストでこれなんです。こんなんじゃ、赤点確定に決まってます」


 そりゃそうだろうな。もしかすると、中学のテストが相当高難易度に設定されていたという可能性もあるが、見たところスマホに写された問題はそう難しいものではない。


 だとすれば、ここは開き直るのが一番だろう。


「赤点を取るとまずいのか?」

「まずいですよ。補習がありますし…………………何より学校側に目を付けられてしまいます」

「あー、そゆこと」


 ただでさえ、異世界帰りで魔法が使える訳アリ人だからな。変に注目を浴びるのは良くないということだろう。言いたいことは分かる。


「でも、お前そんなんでよくこの学校受かったな」


 ちなみに、俺や日向の通う学校は普通の公立高校である。もちろん、偏差値も高くはないが、定期テスト一桁点で入試に受かるのは不可能に近い。


「あー、それでしたら鉛筆転がしたり、中学の時の先生にヤマを張ってもらったりしてギリギリ突破しました!」


 おいおい、鉛筆転がしとヤマ張りで受験を突破する奴なんて実際にいたのかよ。っていうか、的中率バグってるだろ。


「とにかく! このままだと私、確実に赤点取っちゃうんです。これも異世界に帰るための大切な一歩ってことで、手伝ってくれませんか?」


 異世界に帰るための大切な一歩。どうしてか、そう言われると途端に断れなくなる。もし、万が一にも日向のことが第三者にバレたら、異世界に帰る難易度はどうなる。俺は、何のために日向に協力しているのか、それを今一度考えてみる。


 そうすれば、最適解はあっさりと出てきた。


「まぁ、そう言うことなら仕方ないか…………」


「侑生先輩っ!」


 幸い、勉強に関してはこっちもおちゃのこさいさい、といったところだ。


「全力で、赤点を回避させてやる!」


 普段なら、あまりに気の乗らない提案だと、我ながら思う。しかし、やはり日向が相手となるとどうやら訳が違うらしい。今まで無味乾燥だった視界には七色の虹が掛かり始めていた。


 ここは、頑張りますかね。





 明くる日。俺と日向は図書室に集まっていた。


「いいか日向、今回のテストはあくまでも序盤の中間。範囲は限定的だから、必要最低限のことが出来れば赤点は回避できる」


「はい、侑生先輩!」


「ということで、昨日のうちに一年生の範囲を確認して日向の学力でも安定して点の取れる範囲を纏めてみた。テストまでの間に、これを網羅出来れば恐らく、赤点回避は余裕だ」


 最低限の説明を行い、俺は昨日作成した自作プリントを日向に渡す。ちなみに、昨日は夜の学校には入っていない。


「わぁ! 凄い、凄いです。たった一日でこんなことできちゃうなんて。先輩どんな魔法を使ったんですか?」


 それ、おまいう。少なくとも、獣型の怪物と魔法で戦っていた人間の言う台詞ではないだろう。


「はい、図書室では静かにしてくださいね」


 日向の特大ブーメランに顔を顰めていると、図書委員らしき人から注意を受けてしまった。まぁ、静かな図書室であれだけオーバーなリアクションを取れば仕方ないか。


「すっ、すみません」

「すいません」


「気を付けてくださいね」


 小さく謝罪を口にすると、図書委員らしき人物は納得した様子で貸出しカウンターの方へと戻っていった。


「とにかく、日向はテストの日までにそのプリントの内容をしっかりマスターしておくこと。俺を信じて、それだけやってくれ」

「了解です。信じてますよ、侑生先輩っ」


 自分で言っておいて何だが、非常に一方的な発言である。日向には信じるリスクがあるってのに。まるで裏が見えてこない。その姿が、少しだけ、眩しい。


「じゃ、分からないことがあったら、ちゃんと質問するんだぞ」


 思ったことをごまかすようにして、俺は日向に軽く念を押した。


「もちろんです!」

「よし、じゃあテスト頑張ろうぜ」

「はい!」


 昨日見た中学時代の成績からして、最初の方は俺の対策プリントもほとんど理解できないだろうな。これは骨が折れるかもしれない。


「侑生先輩、質問いいですか?」

 って思ってたら、早速質問が来た。どうやら、一問目の問題から早速躓いてしまったらしい。

「ここが全然分かりません」

「えーと、ここは公式にそのまんま当てはめるんだよ。公式はプリントの上に書いてあるだろ? それを使ってみな」

「うーん、と。おっ? うう…………あぁ、なるほどです」

「解けたか?」

「はい、何とか解けました!」

「じゃあ、次の問題だな」


 良かった。どうやら、物分かり自体はそんなに悪くないようだ。何となく、あの絶望的な成績からの赤点回避が現実味を帯びてきた気がする。


「あっ、先輩」

「うん?」


「次の問題も分からないです」


 こりゃ、本番までは忙しい放課後が続きそうだな。

 




「侑生先輩っ!」


 波乱のテストが明けてから数日後。いつものように屋上へ向かうと、まるで待ち構えていたと言わんばかりに、日向が飛び出してきた。


「やりましたよ! 赤点回避どころか、テストで平均点より高い点数を取れたんです!」


 満面の笑みで白い歯を見せる日向。その喜ばしい報告に、俺の若干テンションが上がる。


「良かったな」


 彼女の相談を引き受けて良かった。柄にもないが、そんなことを思った。

 

「はい! そう言えば侑生先輩はどうでした?」

「あー、俺? 俺はいつも通りだな」

「いつもどれくらいの成績なんですか?」

「あー、それ言わなきゃダメか?」

「ぜひ教えて欲しいです!」


 話の流れとしては別段おかしくもないが。俺にとって、この手の話は少しばかり恥ずかしい。というか、ちょっと緊張してしまうのだが。

 まぁ、日向相手だしこの際だから言ってしまおうか。


「学年一位だよ」


「えっ?! ってことは、先生が言ってた一学年上にいる全国模試、トップの天才生徒っていうのは…………………まさか先輩のことですか?」


 うわ、何か変な話が後輩に出回ってるんだが。デマなら適当に火消しが出来るが、事実だから非常に悪質である。

「そうだけど、あんまり広めるなよ」

 広められると、俺が嫌味な奴と思われるし変に注目されてしまうからな。ただでさえ、教員達からは変な勧誘の的だってのに。本当に困る。


「先輩っ!」


 嫌気差す追憶をシャットダウンし、俺は日向の呼びかけに応じる。だが、何だろう。その輝かしい瞳にちょっとだけ嫌な予感がするんだが。


「次回のテストもよろしくお願いしますねっ!」


 あぁ、こりゃ次回のテストも骨が折れそうだ。

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