第二十五話 停滞を越えて
「――絶対殺の剣嵐――」
唱えた魔法が巻き起こしたのは激しい竜巻。そして、その中では刹那の感覚も挟むことなく、大小様々、鋭利な剣が錬成され続けている。当然、並の魔物がこの風の中に入れば、一片の肉塊すら残すことなく剣に刻まれるだろう。
とはいえ、私の前に立つのは今まで戦った敵よりも強い第四の悪魔。第三の悪魔を単騎撃破出来なかった私が、奴を一撃で沈められるとは思ってもいない。
だから、本命は別にある。
「穿て――」
大地にそっと手を当てて、私は一言呟く。絶大な威力と、殺傷性から今まではお蔵入り状態だったこの魔法が、この状況でここまで頼りになるとは。召喚前の私ならきっと予想もつかなかっただろうな。
「叢牙立・拘――」
唱えた言葉に従い、私の触れた大地は震動を開始する。激しい揺れと共に、結界内の大地は概形を失い、歪む。突起した鋭利な土の刃は剣の嵐ごと第四の悪魔を串刺しにしていく。
「ふぅ」
激しく巻き起こった土煙と、気配の一つもない静けさに安堵の息を吐く。ここで 少しでも相手に傷を与えることが出来ればありがたいが。
土煙が晴れていくにつれて、膨らんでいく緊張感。穏やかで閑静な結界はその姿を消し、鋭く尖った空気が漂う修羅の戦場が、煙の先に広がっている。
「なるほど…………この程度か」
第四の悪魔は酷く悲し気な顔をして、大地の上に立っていた。残念なことに、彼の身体は無傷。貫禄ある男性の見てくれを保ちつつ、気を抜けば気絶してしまいそうなほどの殺気をこちらへと向けてきている。
「そんな余裕ぶってると、足元を掬われますよ?」
「あぁ、私も油断などするつもりは到底ない。君の実力を見極め、その上で最適な戦略を構築した。悪いが、ここで死んでもらう」
少しばかり間を持たせるために慣れない煽り文句を垂らしたが、逆効果だったか。
いや、そもそも敵は第三の悪魔みたく、わざわざこちらのお喋りに乗ってくれるつもりはないみたいな、これは。
逆転の余地どころか、思考の余裕すら与えず、圧倒的な実力差で殺しに来る。何となく、そんな展開が予想できる。
「絶対、死んだりなんかしない!」
自らの鼓舞として、私は精一杯の声で吼える。例え、どれだけ力の差があろうとも、希望を捨てるわけにはいかない。こんなところで負けるわけにはいかない。
そうだ、そうだよ。そうなんだよ。
私はこいつを倒さないといけないんだ。だから、死ぬ気で戦うんだ。死なないために、死ぬ気で。
「――魔力解放・零――」
より一層の気を引き締め、私は魔法を唱えた。
♢♢
目が覚めた時、俺はよく分からない場所にいた。
「う、う…………ん?」
しばらく眠っていたからか、瞼が非常に重い。それに、何だか、身体が怠い。少なくとも爽快な目覚めとはいきそうもないな。
「俺は……………………」
確か、意識が途切れる直前にいたのは校庭だったか。第三の悪魔と戦って、そして魔法を使ったんだ。正直、そこから先はよく覚えていない。
「っていうか、どこだここ?」
俺の周りを囲むように散らばる本の数々と、真っ白な照明。そして終わりが見えないほど奥まで続くのっぽな本棚の数々。 少なくとも、ここが校庭ではないことは確かである。
「まぁ、かといって図書館とも考えられないけどなぁ」
だって、意識が途切れたのは校庭だぞ。それに、うちの図書館では素材も分からない真っ白な照明は使われていないし。そもそも自力で移動できないから校庭以外の場所にいるのはおかしいだろ。
「あっ……………………そう言えば」
仮に、俺の魔法で第三の悪魔を撃破したとすれば、気になるのは日向の所在だ。確かに、意識を失った俺は自力では移動できない。ただ、可能性として日向が俺をどこかへと移動させたというのは考えられる。
「……………………ちょっと待てよ」
前言撤回、日向の介入は考えられない。
もし、日向が俺を移動させたなら、こうして目を覚ました時に何かしらの行動を起こすはず。なのに、姿の一つも見せないというのはおかしい。
となれば、答えは一つ。
そう、俺はまだ目覚めていないのだ。
第三の悪魔は俺の固有魔法を「原書への干渉」だといった。ここで、原書という存在が出てくるわけだが、キーワードは日向が魔力を解放する際に用いる文言か。
『魔力解放――原書の理と誓いに従い、我が望みに答え、力を示せ』
反芻した言葉から「原書」は理を司るレベルのものだということは分かった。
となると、次は原書への干渉が齎す効果だがこれは恐らく日向の魔法をの上位互換だろう。
日向の固有魔法は自らの「記憶」を再現する魔法。だから、自らに適性がない魔法であっても使える。
対して、俺は固有魔法を発動させた途端に記憶にない魔法を発動させている。そうなると、考えられるのはアクセスした「原書」から魔法を引き出した可能性だ。
結論、原書は膨大な魔法のデータベースであり、俺が目覚めないのはその情報量に俺が対応しきれていないからである。
うん。我ながら、酷く納得のいく仮説だ。そうでないことを信じたい気持ちもあるが、正直反論は思い付かない。
「しっかし…………どうするか」
現状の把握は出来た。ただ、問題はどうやって現実世界の俺を目覚めさせるか。恐らく、ここが俺の思考世界に近い領域であるのは間違いない。ただ、原書の情報をすべて処理するなんて手作業でやってたら終わる気がしない。
「せめて…………ナビの精霊か、フィルターでも用意しといてくれよ」
こういうのって一人でやるものじゃないだろ。普通は誰か説明役がいるものである。親切心に欠けていないだろうか。全く、原書ってやつは。
「にしてもフィルターか……………………」
発言自体に意図はなかったが、これはこれで良いヒントになるかもしれない。
というのも、現在俺が目を覚まさない原因は膨大な情報量だ。が、俺まで行き着く情報を最小限にとどめてしまえば目覚めを妨げる原因の排除は出来るのだ。
「作る手段が分かれば、そんなに難しくはないんだけどなぁ」
問題はそこだ。莫大な情報に加えて、説明役もいない。頼れるのは自分の能力とせいぜいの運くらいか。中々にシビアな設定である。
ほんと、良くあの時魔法が使えたものだ。
「どうにかならんかね…………全く」
もはや投げやりに近い形で、俺は手近な本を手に取る。これは開いてみて分かったが、どうやら本一冊につき一つも魔法の情報が格納されているようだ。
「どれどれ…………」
腕が大きくなる魔法、視力が良くなる魔法、腰の痛みが治る魔法に、魅惑の魔法と、嘘を見破る魔法など本に記された魔法は多種多様。だが、これといってフィルター作成に貢献してくれそうな魔法はない。
「ったく、これじゃほぼ全部お蔵入りじゃねぇか」
不必要となった魔法を纏めて後方へ放り投げる。少しばかり廃棄本でも数えてみようかと思ったが、どっしりとした物音に計測する気が失せた。
「フィルターは諦めるか…………」
こんなことをしていてもきりがない。
次に手に取ったやつで最後にしよう。それがどれだけ活用的だろうが、そうじゃなかろうが、ここいらで一つ考え直した方が良い。でなきゃ、終わりの見えない悪夢を見ることになりそうだ。
「じゃあラスト…………っと?」
ページを捲り、そして俺はあることに気付く。
「あれ…………この魔法」
今までの魔法たちとは全く異なる輝きを放つ一冊。開けたページに描かれた魔法の説明には「記憶整理」を示す言葉が並んでいる。
「記憶系の魔法、来たんじゃないか?」
案外、偶然というのは侮れないものだ。この時、俺は心の底からそんなことを思った。
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