第二十四話 最終戦
♢♢
第三の悪魔との戦いが終わって、今日で一ヶ月の時が流れた。
その間、残すところも第四のみとなった悪魔がその姿を見せることはなく、ただただ無為で平和な日常が過ぎていく。
「先輩、おはようございますっ」
始業前、学校の屋上にて私は彼に声を掛ける。彼はぐっすりと眠っていて、私が耳元で囁いてもピクリとだって動かない。一か月前から続いている日常だ。
「やっぱり…………駄目なんですかね」
第三の悪魔との戦い。魔法を見切られて全く歯が立たなかった私の代わりに、侑生先輩は戦ってくれた。初めての戦いで固有魔法を発動させて、そして第三の悪魔に勝利を収めた。
第三の悪魔曰く、先輩の固有魔法は原書――つまり異世界の記録に干渉し、記録された魔法を自由に扱うといったもの。ただ、固有魔法を使っているときは膨大な情報量に脳内を支配されるらしい。先輩が目を覚まさないのは魔法の情報を処理で仕切れないからとのことだ。
「先輩…………戻って、きて」
だめだ。深く考えすぎると、涙が止まらなくなる。こうなったのは自分のせいなのに。何を悲劇のヒロインぶっているだろう。私にはそんな資格なんてない。
「…………侑生先輩」
ないものねだりはもう止めよう。
私はその場に立ち上がり、屋上を後にする。本当はすぐに振り返って彼が起きるまで傍にいてあげたいが、そんなことをしたって先輩は戻ってこない。
「必ず、助けますから」
今の私にできることは一つ、侑生先輩を目覚めさせる魔法を探すことだけだ。必ず、魔法を手に入れて侑生先輩を起こしてみせる。もう、大切な仲間が目の前から消えるのは嫌だから。
遠くまで広がる空の青さは不快なほどに爽やかな色を帯びていた。
♢
「であるため、この数式を用いてだな――――はい。ここ、テストに出るぞ!」
お昼を挟んで、教室。数学教師のそこそこ丁寧な説明に生徒たちが耳を傾ける中、私はぼんやりと窓の外を眺めていた。
どうせ聞いたって仕方ない、とは思わない。けれど、聞く気にはならなかった。どうしたって、考えることは頭の中で絞られてしまう。
「はぁ…………」
独り、溜め息をつく。
眠り続けた人間を目覚めさせる魔法。それは異世界にちゃんと存在しているのだろうか。否、仮に眠った人間を目覚めさせる魔法がないなら、記憶を操作する魔法を探せばいい。根本の原因は魔法が与える莫大な原初の情報だ。それを排除すればきっと先輩は目覚める。
「どちらにしても、まずは帰らないと」
そう、魔法を探すとは言ったものの、まず私がするべきは異世界への帰還。それが出来なければ、侑生先輩を目覚めさせるなど夢のまた夢だ。
「おい、日向聞いているのか!」
「へっ?!」
と、巡らせた思考を断絶する怒声に私は素っ頓狂な声を上げた。視線を窓から黒板へ向けると、気を悪くした数学教師がこちらを睨んでいるのが分かった。どうやら、私が話を聞いていないと予想したのだろう。まぁ、事実として私は話を聞いていない。
「すいません、ちょっと外が気になって…………」
その気になれば誰でも思い付きそうな言い訳を零し、私は作り笑いを浮かべる。言うまでもないが、内心は全く反省していない。だって別に聞くも聞かないも私の自由だから。
酷く自己中心的な理屈を並べつつ、どうしようもない嫌気を内心に押し込んでみる。早く授業が終わらないかな、なんて悠長なことを考えていた。
そう、この時までは
『醜い言い訳をするものだな、愚者よ』
声が聞こえた。
「っ?!」
次の瞬間、私は反射的に席を立った。考えるよりも先に、本能が臨戦態勢を取らせたのだ。
「まさか……………………」
教室を見渡すが、誰一人として怪しい動きを取る生徒はいない。突然、立ち上がった私に対して驚く顔はあるが、それを嘲笑う者はいない。
となると、考えられるのは…………
あの声は、この教室から発せられたものではない。そして、もし私に対してそう言うことが出来る者がいるとなれば、候補は一つしかない。
「第四の悪魔…………」
この世界に召喚された悪魔、その最後の一体が遂に干渉してきた。
「先生、すみません。少し体調が悪いので、今日は早退します」
苛立ちと困惑が半々の教師に対して、私は口を早める。もし、第四の悪魔が私を狙ってきているのなら、この場にいる人たちを巻き込むわけには行かない。
「おいっ! 日向、ちょっ、まだ早退を認めたわけでは――――」
教師の言葉を最後まで聴くことはなく、私は教室を後にした。
♢
無断で早退を決めた後、私は真っすぐ校庭に向かった。幸い、今は体育でグラウンドを使っているクラスはなく、周囲に人の気配はない。
ここなら、学校に被害を出すことなく戦えるはずだ。
「魔力解放――原書の理と誓いに従い、我が望みに答え、力を示せ」
校庭についてすぐさま、私は魔力を解放する。一瞬、両手に収束した光が輝いてしまったが、幸い日光で誤魔化せそうだ。
「魔法式構築――現の結界」
流石に、人払いだけでは実害は避けれないので、今回は結界を張らせてもらう。これで、外から私が目視されることはないし、結界内の攻撃が外に漏れることはない。
「さぁ、これで準備は出来ましたよ」
『ほぅ……………………早いな』
再び聞こえてきた声。それは授業中に放たれたものと同様。第四の悪魔がこの結界の中にいる。
「姿、現したらどうですか?」
『ふっ、君のような小娘に指図されるとは…………わたしも落ちたものだな』
瞬間、校庭の中心に竜巻が起こったかと思えば、中から現れるのは一人の男。中年というにはまだ若く、青年らしからぬ貫禄のようなものを感じる。こいつが第四の悪魔とみてまず間違いないだろう。
「あなたが、第四の悪魔ですね?」
十中八九そうだろうが、念のため訊ねる。予想通り、目の前の男はニヤリと笑い頷く。
「いかにも。私が第四の悪魔だ。ところで君は悪魔狩りで間違いないだろうか?」
「悪魔狩り?」
「あぁ、同胞を三人も始末されたのだ。そう呼称するのは、不自然ではなかろう」
そういうことね。
「そうですね。私が悪魔狩りです」
「ならば、相手にとって不足なし。思う存分に戦わせてもらおう」
開戦の口火を切って、第四の悪魔が懐から取り出すのは刀身以上の大きさを誇る長剣だった。
一見、そのとてつもない大きさに振り回され、攻撃どころではなくなりそうだが、軽々とした動作で長剣を構える第四の悪魔を前にしてみれば話は別。あの巨大な剣から成る斬撃をもろに喰らえば間違いなく私に訪れるのは死だ。
その恐怖が私の喉をごくりと鳴らした。
「魔法式構築――――紡げ、オープン・マジック・レコード」
きっと、今までの戦いならこんなに自分が緊張することはなかった。だって、異世界に帰ること以外何も考えなくて良かったから。魔法を紡ぎ、勝負勘のままに戦う、そんな命のやり取りを楽しめた。
「魔法式構築――略式・極智」
けど、今は違う。
私は、もう空っぽではない。この世界で、助けなければならない人がいる。一緒に、帰りたいと思える人がいる。この瞬間も、眠ったままの大切な、仲間がいる。
だから、この戦いで私だけが勝手に死ぬなんてことは絶対にしたくない。
「敢えて、殺すとは言いません」
第三の悪魔にさえ、勝てないのに第四の悪魔を圧倒出来るわけがない。そんなことは承知の上。それでも私は勝ってみせる。私には誰にも負けない気持ちがあるから。
「待っててください……………………侑生先輩」
来るはずのない返答に期待を込めるのは一瞬。それから先は集中の世界。ただ、目の前にいる敵に意識を集中させる。
さぁ、最終戦の始まりと行こうか。
迷いなんて、一つだってなかった。口許を素早く動かし、私は唱える。今の自分にできる最高の魔法を。
「――神速閃――」
瞬間的な浮遊感と流れるような後方の衝撃に乗って、悪魔との距離を一気に詰める。
「ほう」
悪魔の余裕には相変わらず腹が立つが、生憎それで冷静さを失う程、私は短絡的ではない。
「――絶対殺の剣嵐――」
油断なんて、絶対にしない。死なないために、死ぬ気で魔法を叩き込む。
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