第二話 このままじゃ、何か嫌だ




「魔法式構築――――紡げ、オープン・マジック・レコード」



 深夜、誰もいない学校にて、始まったのは一つの戦い。


 見知らぬ同じ学校の女子と、人の形をした怪物が互いに戦う空気を醸し出している。どうしてか、俺はその中心で、ただひたすら傍観に徹していた。


 どうしてか、その理由は至極単純。この空間において俺という存在が間違いなく無力だからである。


 もちろん、まだ女子生徒にも人型の怪物にも動きはない。が、もう場の空気で分かるのだ。


 人型の怪物の方は大きく尖った牙に鉤爪と全身凶器且つ、背中の辺りから禍々しい色をしたオーラが漏れている。

 対して、女子生徒の方は先ほど生身で屋上から飛び降りて無傷という時点でお察しなのだが、それに加えて現在進行形で光輝く書物を装備しているときた。


 どう考えても丸腰の一般人である俺が突撃したら三途の川なんて容易に飛び越えてしまう。


 って、今はそんな無茶なことを考えている場合ではない。取り敢えず、屋上のフェンスに身を隠しつつ、女子生徒の言葉を盗み聞く。



「まさか、こんなにも早く獲物の内に一匹に会えるとは………………私もツイてますね」



 意外にも、少女は僥倖とまではいかずとも、少なからず嬉しそうな感情を抱いているようだった。

 低確率だが、何かの撮影で今の台詞は台本に描かれているだけということもあるが、イレギュラーな俺がいる時点でその線はほぼない。



「ぐるるるるっううううううううううううあああ!!」



 つまり、ここから先はガチ。ストレートに言えば命のやり取りという奴だ。


 自覚した途端、身体が強張る。だって実際に殺し合いを見るのなんて初めてなんだぞ。正直、この状態で思考回路が維持されているのは不幸中の幸いに過ぎる。



「さぁ、狩りの時間です!」



 始まる、俺のその直感が、まさしく対戦のゴング。


 女子生徒が図鑑サイズの書物に手を置いたかと思えば、瞬きを経た先にあるのはほぼゼロ距離に移動した獣人の怪物と既に回避行動に入っている彼女の姿だった。


「ぐるあぁあああああああああああぁあぁあああああるるああ!」


 獣らしい方向と共に、掻き立てられる爪。しかも、これはただの物理攻撃ではない。禍々しいオーラが鉤爪や牙といった武器となりゆる全てのものを飲み込んでいる。普通に痛いじゃ済まされないのは、見れば素人目でも分かる。




「魔法式構築――――捲りて守れ、土の壁」




 それは、まさに一瞬の出来事。禍々しさを染み込ませた斬撃を受け止めるのは突如として隆起した地面。だが、所詮土壁でしかない地面は刹那の時間を挟み、崩壊。



「追加構築――――先見の鷹目!」



 土の残骸と、僅かに勢いを削がれた斬撃を前に、素早く女子生徒が呟く。瞬間、あり得ないような身体反射で、女子生徒は斬撃を回避。そのまま、片足を蹴り上げつつ後方へと跳んだ。



 こんなの、人の挙動ってレベルじゃねぇよ。



 恐らく、前言の詠唱がそれを可能にさせたのだ。流石に、何度も詠唱しているところを見れば目の前の光景は疑えない。



「魔法式構築――――火炎の剛撃流波」



 が、衝撃の嵐は止むことを知らず、次なる詠唱を終えた女子生徒の手には燃え盛る炎が宿っていた。



「ぐるっるるあああああああああああああああああ」



 怒りに身を任せた獣人の怪物が咆哮を上げる。それと同時に、炎は火炎放射器も土下座してしまうくらいには強大なオーラを纏い、一直線に爆ぜた。


 激しい振動と、轟音。赤き爆撃の波は前進する獣の怪物を包み込み、校庭を抉っていく。軌道上に置いてあったバックフェンスやサッカーコートは秒カウントを待たずに吹っ飛び、消えていく。

 普通に被害規模がバグっているが、そこに触れるだけの余裕は今の俺にはない。


「やった?」


 炎の波が通り過ぎ、黒煙が所々から湧き上がる焦土。まさか、あんなものを喰らって身体を残せるなんてことがあるのだろうか。否、普通の人間かそれに準ずるものなら無理、のはずだ。


 視界を覆う黒が晴れ、煙の中の影は月の灯に照らされ、その姿を明るみに晒す。毛皮の一部が焼け焦げたのみで外傷はほとんど見受けられない獣人の怪物が少女の前には立っていた。


「ちっ、炎耐性か。いや、もしや遠距離魔法に耐性があるのか。これは、厄介ですね」


 少女の呟きからするに、恐らく獣人の怪物は少女の攻撃に対して何らかの耐性を会得しているのだろう。傍観者且つ無知な俺では詳細なことは分からないが。

 


「まぁ、もう後戻りも出来ませんが――――」



 言って、女子生徒は開けた本にそっと手を置いた。第二ラウンドというべきか、戦いの延長というべきか、とにかく傍観の時間はまだまだ続きそうだ。


 本が纏う幾筋の光が女子生徒の手で収束していく。それは、先ほどまでの現象とは決定的に違う、大きく眩しい光。何だか分からないが、多分凄いことになる、そんな勘が働いた。



「魔法式再構築――開け、記憶の扉――マジック・レコード・カスタム!」



 女子生徒が叫んだ瞬間。光を帯びた本は風に吹かれるようにページが捲られていく。一見、ただページがパラパラと捲られているだけだが、そうは問屋が卸さない。

 女子生徒の攻撃に対して強い耐性を持ち、且つ如何にも殺傷能力の高そうな武器を持った怪物と、魔法のみで戦う少女。どちらが優勢かと言われれば言語道断であるというのに、どうしてか期待してしまう自分がいる。両者の間に漂う空気は、まだまだピりついていた。


「疑似錬成――――上級魔剣・雷像

 疑似強化――――疾風駆・一刀両断」

 

 いくらか短い詠唱を経て、光を帯びた本から現れたのは電流を帯びたロングソード。、加えて二つ目の魔法の影響か、女子生徒の足元には緑青に染まった光が漂っている。


 息を一つ飲む間に、怪物と女子生徒の距離はなくなっていた。


 代わりに、戦いの中心、大きく振りかぶったロングソードを下ろす女子生徒と、紫黒の光を帯びた獣人の鉤爪が互いにほぼゼロ距離。激しい打ち合いは轟音となって学校中に木霊した。



「ぐるるらあああああああああああああああああああああああ」



「疑似再生――――雷撃!」



 迫り来る獣の周囲を雷が駆け巡る。弾けるような着弾音がそこらじゅうに散り響く。受けた獣は怯むことを知らず、消耗の結果だけが事実としてそこにある。




 ――このままじゃ、何か嫌だ――




 真夜中の月が照らす学校。異次元の舞台は観客である俺に何を求めるのか。ある種誘惑に苛まれるようにして、そんなことを考えていた。

 


 

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