第三話 正直に言ってしまおうか



「疑似錬成――――魔聖の剣・型式・雷!」



 月夜を捲る戦いは未だ鎮まることを知らず、殺気の織り成す世界はまさに絶頂の中心と化している。

 流石に、もうこの光景を幻想や不信の対象とは思えず、俺は屋上から戦いの行く末を眺めていた。



「ぐるぅ、ぐぁあ!」


「一気に決めます!」



 相も変わらず人語を介さない獣の怪物に女子生徒は魔法を向ける。その華奢な体に似合わない大刀は今にも彼女に意思に沿って、獣に斬りかかることだろう。もし、相手が化け物でなく人なら……言うまでもないか。



 鉤爪と牙だけというシンプルな凶器設定ながら、複雑且つ多彩な動きで少女の攻撃を回避する獣。歴戦の感覚とでも言うのだろうか、当たりそうで当たらないギリギリのラインが見えているようで、無駄な動きが一切見受けられない。


 無論、見切りの良さや勝負勘で言えば少女も負けず劣らず。故にこの戦いには決着がない。決定的な差と運命の悪戯がなければ結末の扉をこじ開けることはできないだろう。



「くっ! なんて防御力」

「ぐるあ、ぐるぅ、ぐあわあわわあああああああああああああああ!」



 複雑な軌道を描き、雷撃を纏う太刀は獣の怪物へ。しかし、防御の魔法でも使っているのか、太刀は獣の身体を通らない。明らかに異次元の代物である彼女の武器でさえも歯が立たないとは、恐ろしく硬い体毛である。



「いや、これ………………えぐいな」



 もう、それしか言葉が出てこなかった。

 太刀と鉤爪の交わる衝撃は雷色を帯びて、周辺へと散っていく。もちろん、俺がいる屋上も例外ではない。一歩もその場を動けないまま、俺はただの感覚として味わっていた。現状の突飛さを、強さを、異様さをとにかく、この場に存在する戦闘の要素全てを。


「ぐるぅううううう、ぐあ?」


 向けられた攻撃に決定力がないことを感じたか、一貫して防御の態勢を取っていた獣が動き出す。もし、先刻の防御行動を野生の勘として捉えるのなら、今は獣の本能とでも言うべきだろう。複雑な軌道はそのまま、キレのある動きと研ぎ澄まされた鉤爪の一撃は少女の急所目掛け、血に飢えたピラニアの如く迫りくる。


「くっ、瞬間防壁!」


 当然、少女は瞬時に詠唱をこなし、前方攻撃と鉤爪の間に障壁を挟んだ。が、勢いを削げたのも束の間。ガラスが割れるような衝撃音と共に、攻撃は彼女の脇腹辺りを掠めた。


「ぐっ!」


 その後の鮮やかな回避行動からして、攻撃は致命傷ではなかったのだろう。ただ、彼女の手には確かに生々しい赤色が塗りたくられている。無傷を喜ぶことは生憎できそうもない。



「まさか、防御魔法が易々と突破されるとは………ただ硬いわけじゃないってことですね」



 言葉だけを訊けば余裕のある煽り文句とも取れるが、俺から見た女子生徒に、そんな台詞を吐く余裕はない。強がりか、あるいは冷静な状況分析か。



「ぐあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」



 ただ、獲物が息を整えている間を無為に過ごす獣はどこにもいないらしい。獣の怪物は容易に女子生徒の間合いを踏み越えていた。



「くっ!」

 振り下ろされた爪に女子生徒は身体を捩り、せめてもの回避を試みる。が、当然無傷とはいかず、赤が染みた制服が裂かれる。最初こそ、同等と思えた傾城が、今は完全に獣の怪物へと傾いてしまっていた。


「はぁ、はぁ、はぁ。このままじゃ………………負けるかもですね」

「がるるるるるっ」

「まずいっ!」


 一瞬の隙を突かれ、唯一手に持っていた近接武器である大太刀が少女の手を離れる。取り直そうと彼女は手を伸ばすが、獣の怪物の爪はもう既に彼女の身体を捉えてしまっていた。

 激しい太刀と鉤爪の打ち合いによる疲弊に加え、これだけの傷を負ってしまった以上戦闘の継続が出来るようには見えない。



 痛くて、苦しくて、辛いだろう。同情しないのは、見ているこっちまで辛くなってくるから。




 ――本当に、それだけだったら俺はきっと聖人にだってなれただろうな――




「ははっ」



 正直に言ってしまおうか。今、俺は凄くトキメいている。



 普段は何気ない日常や青春の基盤となっている校庭が、今や命の競走場と化している。 雷撃を散らし、女子生徒が戦い、獣の怪物が吼える。そこには一体、どんな背景があって、どういう経緯があるのだろう。


 そもそも、この戦いでさぞ当たり前のように起こっている現象。どうして今日、っ突然こんなことが起こったのだろうか。


 怖いはずなのに、そればかりが気になって仕方ない。疑問が深まり、知識欲が叫ぶ。


 俺は、どうすればいいのだろう。どうすれば、知ることが出来るのだろう。目の前の彼女のこと、戦いのこと、魔法のこと。



 ここで女子生徒が死んでしまったら、俺はどうなる。殺されるか、中途半端に興味と知識欲を抱いたまま死ぬのか。



「嫌だね、そんなのは」



 だって、失いたくないから。生まれて初めて、心の底から興味を持った現実を。視界に広がる色彩豊かに広がる光景を。


 ずっと見ていた退屈な世界、無色の世界から抜け出す一歩。もし、そんなものが存在するとしたら、それはまさしく今この瞬間。 ここには、利己的な理由だって糾弾する奴なんて誰もいやしないんだ。自由にやろう。


「さて、と」


 想うことはただ一つ。女子生徒を助けて、俺はただの傍観者ではなく、当事者になりたい。

 アクションを起こすのに、それ以上の理由が必要だというのならもう僕はここにいない。ここにいるから、動けるのだ。少なからず思うことがあったから、踏み出すんだ。


「考えるか………………」


 一度、大きく深呼吸。興奮し、熱を持った理性がじわじわと冷風に吹かれるよう。思考の海が広がって、時間の概念も気にならなくなるほど沈んでいく。

 

 まずは、現状把握。獣の怪物の異常性はその耐久の高さ。女子生徒はひたすら物理攻撃で押していたが、それでは突破口は開けない。だが、いくら相手が化け物でも所詮は生き物。弱点がないはずがない。


 仮に弱点があったとして、女子生徒はそれに気付けなかった。つまり、女子生徒は弱点となりうる場所を狙っていないということになる。


「なるほど………………」


 正面から戦って、且つ女子生徒の動きでは確実に狙われない場所。考えてみれば答えは一つしかない気がする。


「あとは、どうやってその一撃を叩き込むかだけど………………」


 獣の怪物が人語を理解できる可能性はゼロじゃない。それに、そこそこ重症の女子生徒にそれを実行させるのは酷な話。となると、俺がやるしかないわけだが、流石に丸腰では無理か。


「おっと」

 

 ダメもとで周囲を見渡したつもりだったが、どういう訳か、屋上には十分武器となりうる獲物が一つ、無造作に置かれてあった。先ほど、女子生徒が魔法によって出現させた雷を纏う大太刀だった。先ほど、女子生徒が魔法によって出現させた雷を纏う大太刀だ。


「これって、あの子の………………」


 重量があるかと思って持ってみたが、太刀は案外軽く、雷を纏ったままであっても容易に振り切れた。こういうのってその人じゃないと使えないみたいな制約はないのか。


「まっ、いっか」


 威力面は実際振ってみないと分からないが。もうここまで来たら一発勝負しかない。



「行かなきゃ、死ぬんだし」



 ぼやくように言って、俺は屋上の手すりを飛び越えた。もう、一歩でも踏み出せば身体は下へと真っ逆さまだ。


「まっ、それが狙いなんだけどね」



 自分を落ち着かせるように軽口を叩いて、俺は真下に大太刀を突き立てた。あとは、もう――――



「飛ぶだけだ」



 言葉通り、俺は屋上から一歩踏み出し、空の世界へと足を踏み入れた。瞬間、未知なる浮遊感に包まれる刹那を経て、身体は真下へ。



 だけど、どうしてかな不思議と今は恐怖よりも好奇心とトキメキが内心を支配してしまっていたのだ。


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