第九話 第二の悪魔



「待ってましたよ、先輩」



 屋上の扉を開けると、そこにはしっかりと日向の姿があった。こうも、同じような展開が続いてしまうと、流石の俺も感覚的になれてしまう。


「相変わらず急な呼び出しだな。今日は何だ?」


 いつも通りであれば、きっと直接的には異世界と関係のない話だろう。

 大体、課題の山に埋もれてしまうとか、悪魔が見つからなくて暇だから暇潰し相手になってくれとか、そういうのだろう。いや、もしくはただの愚痴か。


「先輩、人や物を探すのは得意ですか?」


 いや、唐突な質問来たな。やけに神妙な面持ちではあるが、内容は案外普通だ。何と言うか、驚きはしたが衝撃は受けない。


「別に苦手じゃないけど」

「そうですか、なら今回も力を借りることになりそうですね」


 だが、少しばかりおかしいのは、神妙な面持ちの中に、少しばかりの深刻さが見えることだろうか。たかが探し物にしては空気が重すぎる気がする。


「というと?」


 まぁ、きっと忘れ物でもしたのだろう。日向はそこそこ真面目そうだから、忘れ物とかは気を遣いそうだし。なんて悠長なことを考えながら俺は問う。が、返答はそう甘いものではなかった。


「もしかすると、第二の悪魔が現れたかもしれません」


 身体中を駆け巡る衝撃。もしかすると、大したことではないと高を括っていた分、反動が大きいのかもしれない。

「なっ?!」

 言葉にならないような声。だが、それは不安や恐怖から来るものではない。身体は確かにブルブルと振動しているのに、心は跳ね上がるような拍手にドキドキしている。

「なるほど」

 ここで、取り乱してはいけない。本能がそう呟いた気がした。もちろん、実際には勘でしかないけど、それでも何となく分かる。

 だって、ここで取り乱したら話が進まないから。知りたいことには好奇の目、訊きたいことには冷静に。そして、自分が当事者であることを自覚して初めてこの話は色を持ち、輝く。


 やばい、興味が湧いてきた。


「続き、訊かせてくれよ」


 にやりと、口角を上げたまま俺は日向に頼む。彼女は、まるでその反応を待っていたと言わんばかりに、喜色の花を顔いっぱいに咲かせていた。


「そう言うと思ってました。やっぱり、侑生先輩って頭イカレてますよ!」

「嬉しそうに言うおまえもよっぽどだろ!」

「あははははは、それ誉め言葉ですか?」

「もちろんだろ。類友?」

「嬉しい。流石、私の類友ですね。侑生先輩っ」

 

 これから始まる戦いの予感。まだ、それがどんなものなのかは、釈然としない。だからこそ、俺は分からないことに期待を抱いていたのかもしれない。




♢♢


昼休み――学校の屋上


 いつものことながら、授業中の携帯振動から呼び出しを喰らった俺を待っていた日向。その口から飛び出たのは、第二の悪魔の存在だった。

 という訳で、現在進行形で詳細な説明を受けているわけだが。


「学校の生徒が行方不明?」

「はい、そうです。ここ数日の間に三件。学校の中で生徒が消える事件が起こっているようです」

「普通に家に帰ったとかではなく?」

「はい。帰宅していないという連絡があったみたいで…………………」

「誘拐の可能性はないのか?」


 現場にいたわけではないから分からないが。それだけ聞けば学校のどこかに犯罪者がいる可能性を考えてしまうのが自然というものだろう。

 無論、日向を疑うわけではないが情報の正確性は欲しいところだ。


「確かに、それだけだと誘拐の可能性が高いかもしれません。私も最初はそう思ってましたから」

「最初は?」

「はい。実は、誘拐の瞬間を目撃したって子がいるんですよ」


 ここで日向の口から明言されたのは目撃者の存在。いくら行方不明とはいえ、そうなった場所はこの学校。仮に目撃者がいたとしてもおかしくはない。


「まぁ、その子も実際に悪魔の姿を見たわけではないそうです。ただ、今回の犯行は誘拐犯じゃないって言ってるらしいんですよね」

「実際に姿は見ていないのに、犯罪者の可能性は否定か。よく分からないな」

「それで、まぁ聞いただけじゃ仕方ないので、実際その子に会って現場に行ってきましたよ」


 ドヤ顔を決めつつ、胸を張る日向。もう既に現場に行っているということは、何か悪魔の存在を裏付ける根拠があったのだろう。まぁ、反論しても仕方ないので、ここは黙って話を聞くことにする。


「で、調べてみたらなんとびっくり。魔力痕が充満してました!」


「魔力痕?」

「魔法を使った痕跡のことです。魔法を扱うと少なからず魔力が発散するので、どうしても跡が残るんですよね」

「なるほど……この世界で魔法を使えるのは、日向と残り三体の悪魔だけ。つまり、日向じゃないとしたら残る容疑者は悪魔だけってことか」

「その通りです」


 なるほど。それは確かに、悪魔の存在を疑わざるを得ないな。普通に納得した。

「で、仮に悪魔の仕業だとして俺はどうすればいいんだ? 前の獣みたく戦うなら武器か、魔法が欲しいんだけど…………」

 冷静に考えて、魔法もロクに使えない俺が丸腰で悪魔と戦うのは無謀極まりない。とはいえ、今でも思い出すと、鳥肌と歓喜が湧き上がってくるのは事実だ。

「あー、それに関しては大丈夫です」

「え?」


「今回、侑生先輩にやってほしいのは戦闘ではないので」


 なぜだろう。無意識の内にそう言う展開に期待してしまっていたからか、非常に残念な気持ちになる。あの特有の好奇心と、切迫感は戦いでしか味わえないというのに。


「ちなみに、魔法に関しては魔力の解放が出来ないと無理ですよ?」

「魔力の解放?」

「ガスコンロと同じですよ。いくらスイッチを入れようとしても、元栓を開けてないと火は付きません。魔力と魔法も同じです」

 非常に分かりやすい例えだ。元栓が魔力なら、魔法はコンロの火と言ったところか。

「それって、どうすればいいんだ?」

「魔力に触れれば魔力の解放式は身に付きます。異世界だと、その後教会に行けば、自らの魔法適性が分かるんですが。こればかりは固有魔法を持っていないと無理ですね」

 なるほど、魔力が解放されたところで、使える魔法の種類はこの世界じゃわからないという訳だ。いくら何でも、こればかりは手詰まりである。

「なるほど、俺には無理ってことな。なら、取り敢えず今回の仕事を訊こうか」


「はい、今回侑生先輩にやってほしいのは探偵役です」


 なるほど、それで最初の探し物が得意かどうかに結びつくわけか。それにしても、探偵役とは。響きには高い魅力を感じるが、内容によっては難易度が戦う以上に高いかもしれないな。


「私ひとりでは、悪魔がこの学校のどこにいるのか、割り出すことが出来ません。どうか、お願いします先輩!」


 だけど、ある意味これでいいのかもしれない。今回の俺は、言わばトリガー。俺が見つけ出さなければ戦いすら起こらない。つまり、非日常の光景を視界に移せるかどうかは、俺の調査力次第ということだ。


 面白い。間接的とはいえ、悪魔と勝負できるとは。こんな誘い、乗らない方がどうかしている。


「もちろん。その話、全力で引き受けるさ!」


 好奇心と興味に心が躍る。俺は迷うことなく、日向の提案を引き受けた。 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る