第五話 失敗しないと思った
月は未だ高く、学校内は、未だ夜の色濃いまま。寝過ごしから始まった、非日常劇も、そろそろ終幕といったところか。
「教えてくれないか? この状況」
敵たる獣の怪物は消え、校舎の前には俺と女子生徒の二人のみ。先ほどの戦闘で昂った好奇心のままに、俺は彼女に問う。自分じゃ分からないが、恐らく今の俺はきっと活き活きとした顔をしているのだろう。だとしたら少女に引かれてないのが、不思議だ。
「……………………なんで、助けたんですか?」
「えっ?」
会話が通じていない、というよりは女子生徒がイレギュラーに冷静さを欠いているといったところか。まぁ、突然屋上にいた奴が飛び降り様に怪物と戦い始めるなんて、予想できるわけがないか。
「だって、危なかったじゃん。殺されそうになってたし」
取り敢えず、真っ先に思ったことを言ってみる。数秒後。「もしかしたら自分にも出来るんじゃね? なんて思ったからヤケクソになって飛び降りた」という半分事実の理由が浮かんできたが、当然無視する。
「だから、命を張って戦ったんですか?」
至極真っ当で、ヒーローが言いそうな理由かと思ったが、どうやら彼女のお気には召さなかったらしい。取り敢えず、理由を探しても仕方ないので、ここは感情論に頼るか。
「やばいやばい、って思ったら身体が動いた」
「身体が動いたって…………………もし失敗したらとか、考えないんですか?」
さては、高々一般人の俺が無駄に出しゃばって命を懸けたから怒っているな。確かに、立場が逆であれば俺だっていい気持ちはしない。
「失敗しないと思った」
俺は、率直に思ったことを言った。こういうときこそ、自信を持って言い切らなければならないと思ったからだ。だって、そうだろう。自信も義務感もないのに、そう易々と命を懸けるような奴、普通に怖いし、俺なら引くね。
「そう、ですか」
女子生徒はしばらく、凍てつくような眼で俺を一瞥した後、溜め息交じりに言った。
しかし、こうして見るとかなりの美少女だな。表情一つ一つが気を抜けば引き込まれそうなほど可愛い。きっとクラスにいたらそこの人気を全部搔っ攫っていくのだろう。将来が恐ろしい。
と、いったん話を逸らして。
「じゃ、今度はこっちが質問する番。教えてくれ、さっきの怪物は何だ? っていうか、あの雷の刀は? どっから出した? それに、どういう経緯で、深夜の学校で戦うことになったんだ?」
正直、知りたいことが多すぎて、一度に大量質問をしてしまった。が、女子生徒が見せたのは驚きではなく、明らかな躊躇だった。
「それは、」
「言えない?」
「はい」
まぁ、そうでしょうね。一連の俺の行動に対して、あれだけ言ってきたのだから、きっと一般人をこの話に巻き込みたくないのだろう。それくらいは、言われなくとも分かる。
「一つ、いい?」
だが、分かるのと納得するのは全くの別物だ。逃げる自由があるように、首を突っ込む自由もある。それに、案外この状況は俺の方に有利だったりするのだ。
「何でしょうか?」
正直、疲弊した美少女を理詰めするのは気が引ける。ただ、目の前の好機を俺は逃したくなかった。こんなに面白そうなこと、みすみす逃して後悔するなんて、絶対に嫌だ。
感情を引き留めていた抵抗感を引き剥がす。俺は、自信を持って口を動かした。
「キミは、こうやって口で警告することでしか、俺をこの場から遠ざけられない。違う?」
その問いに、女子生徒は沈黙をもって解答とした。
「あなた、一体何者ですか?」
「屋上で寝過ごした、男子高校生だ」
相手のペースに呑まれないように俺は一息も入れずに即答した。対して、女子生徒は真顔。てっきり鳩が豆鉄砲を喰らったような顔でもするのかと思ったが、そこのところはかなり冷静だ。
「そう、ですか」
溜め息交じりの諦めた声で、女子生徒は顔を俯ける。その行動の意図が読めない。そう思ったのはほんの一瞬。
「もう、知らない」
まさに、弾丸だった。吐き捨てるような一言と同時に、耳元を抜けるのは鋼の光と、衝撃。俺は先ほどまで持っていたはずの太刀を少女に突き立てられていた。
「正直に言って、あなたは何者? 何でこの話に首を突っ込みたがる?」
物腰柔らかな敬語と穏やか且つ落ち着いた空気はどこへやら。鋭く尖った眼差しと、殺気で彼女は俺を威圧する。
「正直に言わなかったら?」
「ここで、殺す」
迷いなき答え。流石に並みの高校生ならこの剣幕を前に嘘など着けないだろう。無論、俺は最初から嘘など付いていないが。
「さっきのが正直な答えなんだけど」
「嘘をついたら殺す」
なぜか、先程よりもより鋭い眼光が俺を射抜いてくる。
「嘘じゃないって」
あくまで脅し、もしかしたらそんな慢心が心のどこかにあったのかもしれない。
「じゃあ試してみるから」
「えっ?」
まさか、マジで攻撃してくるとは思ってもみなかった。
一瞬、皮切れるような痛みがあったかと思えば、右の腕から零れ落ちるのは鮮血。間違いなく、俺は女子生徒の攻撃を受けていた。
「どう、痛いでしょ?」
「いや、まぁ……そりゃあ痛いさ」
余裕ぶった返し。確かに、痛み自体は顔を顰める程もない。が、どうしてか、右腕に力が入らなかった。しぼんだ風船みたく、力を込めても腕は活気の一つも見せない。
「早く言わないと、次は左腕も切りますよ?」
「もしかして、サイコ?」
「秘密ですっ」
やや引き気味で呟いた問いに、彼女は快活な笑みを返した。凄いな。恐ろしく可愛げがある。日常生活でその笑顔を見せれば、学校中の人気だって掻っ攫えるのではなかろうか。まぁ、現状を踏まえると恐怖でしかないが。
「あの、これ結構ガチで嘘言ってないけど、分かってくれないか?」
「正直に言えば、五分五分ですね。でも、その余裕が一般人らしからぬので」
至極もっともな理由であった。
「余裕じゃなくて、ただの興奮なんだけどなぁ」
過剰な興味と好奇心の自覚からなる気持ちの高まり、とでも言っておこうか。言葉にすれば酷く簡素なものである。まぁ、どちらにしたって分かってくれるとは思えないが。
「興奮? もしかして、そう言う癖か何かですか?」
「そうですそうです」
「何か、怖いですね」
どっちがだよ。助けた相手に疑念から攻撃して恐喝までしてくる奴に言われたくはない。
「助けた相手に刃を向けるあんたの方が十分怖いぞ」
「それは、あなたが怪しいからです」
「怪しかったら、助けないっての。悲しいけど、俺は一般人。分かる、一般人?」
本当に我が発言ながら非常に悲しくなる。女子生徒の説得とはいえ、自らがただの一般人で部外者であることを強調しなくてはならないとは。
「悲しいけど?」
「そうだよ。純粋な興味で剣を取っただけなんだよ、マジで。昔から、異世界とか好きで、いつか行きたいなって思ってて。そしたら、目の前であんな戦いが始まって。何かすげぇ、生きてるって感じがしたんだ」
もう、やけくそだ。何を言っても無駄なら正直な気持ちを吐けるだけはいて、少女に殺されるなり、無視されるなりされよう。もしかしたら、魔法とかで記憶を消されるかもしれないな。そしたら、思い出さずに済むし、好都合か。
どうなってもいい、そう諦めた矢先だった。
「ふふっ、面白いですね。あなた」
恐怖も、威圧もない。クスクスと笑う女子生徒から感じたのは、きっと自らに向けられているであろう興味だった。
「話しましょうか、私のこと。悪魔のこと。そして、私のいた世界のことを」
よく分からないけど、取り敢えずは結果オーライということか。
俺の心は再び、躍る。きっとこの瞳の輝きは、空に浮かぶ月光にも負けていないのだろう。
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