第63話 ー国境の城塞ー あな あはれ きのふゆゑ 夕暮悲し あな あはれ あすゆゑに 夕暮苦し あな あはれ 身のゆゑに 夕暮重し*
< 城塞『シュガローフ』 - 近傍地 - サナタ教現地司令部 >
「
「ですから、シーミー川を越えることなくゴブリン
「わかりませんね。そろそろ南中(正午)になるというのに、彼らは何が不満なのですか? 」
「不満と申しますか、先頭に立って集団を率いるゴブリンが残っていないのです。前線に残っているゴブリンは私どもの言う事を聞きません」
「報告にあった弓矢による不意打ち攻撃ですか。名誉を重んじる軍のとるべき戦術ではありませんね」
「意見を申し上げてもよろしいでしょうか」
「お若い方の向上心を摘むことはいたしません」
「ありがとうございます。今次の作戦指導は先見洞察が足りず、場当たり的な対処が繰り返されております。
突然演説をはじめた
「学習会での講習を大変お勉強されていますね。
演説冒頭で話の腰を折られた
「ではこうしましょうか。攻城兵器を運搬している者たちの中で、戦意の旺盛なゴブリンを何十人か前線にお連れなさい。
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< 城塞『シュガローフ』 - 近傍地 - 傭兵隊A分隊 >
シーミー川は川幅こそ10mもないが河底がV字型に切れ込んでおり、中央辺りはゴブリンの身長より深くなっている。
真夏の昼間でもなければ誰も冷たい川の水に潜りたいとは考えない。
A・B分隊に誘導されたゴブリンの群れは、冷たい水が流れる川に架かった唯一の橋へと殺到したが、橋に近づく度に左右から弓の斉射を受け戦闘集団が倒れると残りは逃げ帰るという行動を繰り返していた。
「おいおい! 何だありゃ」
「
「んなこたぁ知っている。奴等どこから調達してきやがったんだ? あんな物」
朝霧は陽が昇ると何時しか霧雨へと変わっていた。
衣服を払っても泥は落ちず、身に纏いついたままだ。
下で待機していたA分隊の隊員から馬の手綱を受け取った隊長は古参の隊員を呼び寄せる。
「奴等
「ちょっと見てきます」
隊長に問われた古参隊員は
「ありゃ駄目です。後ろからついてくるゴブリンと車高があまり変わりません。あんなゴブリンサイズで落ちるなら、我々が騎乗で通過した際に落ちてまさぁ」
「やはり駄目か……」
「隊長! 」
「何だキクチューイ? 」
「俺が行ってきます」
「バカ野郎! あんな物まで持ち込んでいるんだ。橋が落ちても明日の朝までには架橋して通れるだけの資材も用意してあるのは確実だ。てめぇ無駄死にしてぃのか! 」
「明日の朝までゴブリン
「……
「違います! いえ、そうなのかも知れません。よくわかりません。ですが、あんな綺麗な女性の
キクチューイは15歳で入隊し、入隊時から数年間はニック・ザ・グラブの従者だった。手先の器用な男で部隊内では何かと
「それに、あの男。いけ好かない奴に見えたけれど、地下坑道を発見できたのは奴の手柄だそうですね。シュガローフの住民全員、奴に借りがあります」
「いや、それは……総司令官殿は内壁内への侵入を危惧されたので、調査を指示したのだ。連中は外と内、両方に向けて坑道を掘っていたが、内壁内の貯水槽に穴を開けたら全員水死していただろう」
何か言い聞かせる口実はないかとニック・ザ・グラブは考え込む。
「隊長。命令はいりません。自分はあの橋で死んできます」
晴れやかな笑顔を見せキクチューイは橋に向けて駆け出していく。
後年の話だが、引退したニック・ザ・グラブは毎年私財からキクチューイの給与を捻出し、老いた両親に届け続けることになる。
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< 城塞『シュガローフ』 - 近傍地 - サナタ教最前線 >
「対岸へ押し入ろうとしたら橋が落ちただと!
新たに前線指揮を命じられた
今、目の前にいる男は頼りになる指揮官ではなく、青筋を立て、
「川は普段より流量も多く勢いも強い時期ですから、部材の大半は川下に流れて行きました」
「俺はこれから架橋資材を掻き集めねばならん。他に報告することがなければ下がっていい」
「今更ですが、ゴブリン
「石など投げんでも此の時期の冷たい水であれば流された時点で死ぬのは確実だろう。余程近くで川に落ちていない限りはな」
「そう思います。退室のご許可をいただけますか」
「待て! 俺の持ってきた道具を使って
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< 城塞『シュガローフ』 - 近傍地 - 傭兵隊A分隊 >
「隊長! D分隊が到着しました」
中央部が崩落した橋を
B分隊が7人、A・D分隊の8人が3列で整列している。
夜の
D分隊長が一歩前に出る。
「城内警備任務をC分隊と交代! 10班・11班只今到着いたしました! 12班は兵舎にて待機中。欠員無し! 」
「D分隊は直ちに左陣地へ! A分隊は後方に下がり戦術予備を命ず!
「了解いたしました! 」
傭兵たちが一斉に動き出す。
「隊長はお休みにならないのですか? 」
1音1音を明瞭に発音するよく通る声で話しかけてきたB分隊長兼傭兵隊副隊長。
「ゴブリン
ニック・ザ・グラブはB・D分隊長を呼び寄せる。
「撤退する。あの数は防ぎきれそうにない」
B・D分隊長は黙って
次話の投稿は二週間以内にできるといいなぁと思っています。
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* 上田敏訳詩集『海潮音』アンリ・ドゥ・レニエ「銘文」新潮文庫 1952
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