第6話 ~1話の数年前~ ダンジョン条例骨子
ダンジョン条例の細目が淡々と決められていく。
どの省庁も自らに関するときだけは細かい文章表現に拘っているが、事前の折衝は重ねてあるようだからこれが最終案となるのだろう。
それにしても、皆手書きなんだな。配られたペーパーに色の違うペンで何やら書き込んでいる。
あれ。会議終了後に「ペーパーは回収します」って言われたらどうするのだろう。
法務省政策立案・情報管理室の人が手を上げた。
「どうしても納得できないのですが、今回設立予定の特殊法人の政策評価は十年後を目安にし、それ以前には行わないというのは何故ですか。これでは国民に」
目つきの悪い男。机にぶら下がった紙には警察庁としか書かれていない。が、発言を遮った。
「その話は君の上司の秘書課長の了承を得ているし、君の所の所管でもない。ここは議論の場ではないのだから
隣の樋口さんが、驚いて首を傾げている。
僕も君の年の頃はそう思ったよ。
法務省の若造さんは小鹿のように威圧されると怯えだした。
聞いていた印象と大分違うが、何があの人の
何故呼ばれたのか。恐らくは当人も分かっていないであろう復興庁の女性が手を上げた。
内閣府の男が発言を
「議論をしたいのではなく、素朴な疑問なのですが、どうして自衛隊ではなく機動隊が即応隊に指定されているのですか? 」
室内をビミョウな空気が支配した。
内閣府の男が僕をみている。こいつ本当に遠慮がないな。
喉に痰が絡んだ不快感を咳で払う。
全部ぶちまけてやろうか。一瞬だけそう思った。
「当初は知事の要請で、後には国会の承認を得て、自衛隊も警察に協力し、ダンジョン内探索と害獣駆除や周辺地域の警備も担っていたことは皆様もご承知のことかと思われます。当初の混乱も収まった現在。ダンジョンは民間人に開放されようとしています。つまり……武装した民間人が一定数
本当のことは言えなくても議事録から削除してくれるのなら、こんな言い回しをしなくてもいいんだがなぁ、何か言いたそうな顔を防衛省の男がしている。お前の所は半世紀前の革新系知事や市長の全盛期に散々な嫌がらせを受けてきた* し、通産省からも国会運営の邪魔だから出しゃばるなと言われてきただろうが。
納得していないうえに民間人相手だからか、復興庁の女性はビミョウな(選民意識が見え隠れするのは僕の
「そう。そこです。どうして民間人をダンジョンに入れるんですか。危険じゃないですか。そうはお思いになられませんか。貴方」
じゃあ、お前が行けよ……こいつ面倒くせぃな。
「先般、大きな地震があった後、インフラ面の復興がなかなかに進まなかったのは僕より貴女の方がお詳しいかと存じます。その際、というか、大規模災害が発生する度に、一部マスメディアや野党から、自衛隊を災害復興の専任部隊にせよ、との声があがります。先日の地震後であれば、各都道府県に部隊規模に応じた道路・水道工事の専任部隊を保有し、平時には、老朽化し早急な対応が求められるインフラの内、民間企業がコスト面で二の足を踏む限界集落を自衛隊にやらせよという声もでました」
何の関係があるのかって顔をしてるな。こちらの話の先読みをしようとせずに、ただ漫然と聞いているだけ。
こいつ駅弁** 出の傍流か?
「自衛隊は国防のための組織です。可能であるということ、土木工事専任の組織や害獣駆除専任の部隊に改編するというのは、隊員の士気に大きく影響する重要なことです」
それに部隊創出後の数年間は不問でも、財務省は必ず予算の削減を要求してくる。本来業務ではない部門のみを聖域化することはできない。そして僅かでも予算が減れば野党やマスメディアは火の付いたような言いがかりで防衛省と政府を攻撃することは目に見えている。
「民間人を危険にさらして平気なんですか」
きたよ。常套句。
「僕が今申し上げられるのは、貴方には日本国憲法を精読してほしいということです。誰も強制していません。自発的な国民の意思を国家権力で押さえつけねばならない理由が僕の内には見当たりません」
「それとも貴女は、日本国民は12歳の子供*** だから、管理・教育していく大人が必要なのだとおっしゃりたいのですか」
あ、言っちゃったよ。僕もまだまだ青いな。
時間が止まる。静寂が室内を支配する。
「今日はここまでにします。お泊りをご希望の方はフロントで鍵を受け取ってください」
内閣府の男の視線を背に受けながら、僕は退室した。
____________________________________________________________________________
* 守屋武昌『日本防衛秘録』新潮社 2013
** 地方にある国公立大学
*** マッカーサー連合国軍最高司令官。この発言は、日本におけるマッカーサー人気冷却化の大きな要因となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます