第9話 切に思ふことは必ずとぐるなり

 この国が「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と浮かれていた頃。とある週刊誌に、何故、銀行や信金の受付カウンターの女性は美人ばかりなのか、という雑記だか与太記事だかがあった。

 曰く、独力で婚姻相手を見つけられず取引先の娘を世話してやる価値もない、独身行員が30歳を過ぎても結婚できない場合、男性行員に不穏当な者がつかないように押し付けるための要員だとか。

 一方、俺がバイトをしていた書店の店長が言うには、朝から夕方までのパートを雇う際に注意しなければいけないのは、子供の学校行事を理由に仕事を休みたがる主婦は一般的なので、小中学校に子供が通っていたり、通う予定がある主婦は、二人以上を雇ってはならないし、子育てから離れた40歳以上の主婦が望ましいというものだった。まぁ最近は高校・大学まで親がついていくようだが……


 ダンジョン公社にやってきた。

 ダンジョン公社の女性従業員の採用基準は、残念ながら後者の方であった。


 往年のサイコスリラー映画の傑作では、犯人は連続殺人の最初の一人を自身の生活圏から選んだので目をつけられるという失態を犯していた。

 自己の利益の為にダンジョン公社へ含むところのある俺としては、入場登録を隣県でと一度は考えた。が、現住所から離れたところに登録するのは、あからさまに不自然なので近場のダンジョン公社へとやって来た。


 受付発券機を操作し番号が印字されたレシートを持ちつつ、入場登録申請用紙に必要事項を記入していく。

 本人証明はデザインセンスが壊滅的なマイナカードではなく、運転免許証を用意する。運転免許証を初めて手にしたときは思うところがあったが、絶対必要でないかぎり俺はマイナカードを他人に見せる気はない。


 順番が来たので登録料二千円分の収入証紙と運転免許証と申請用紙を携え、受付カウンターに向かう。


「ダンジョン講習を希望しますか? ホームページで既に受講済ですか? 」

 公社の女性職員はニコリともしないで確認してきた。


「ホームページにあった動画はみました」


「それでは、カードが発行されれば番号表示機にお客様の数字が示されますので、担当カウンター前でお待ちください」


 流れるように手続きが進んでいく。

 受取カウンター前で座ってると、目の前のカップルが騒ぎ出した。


「なんでだよ~」

「嘘でしょ」


 何やら職員を問い詰めているので注意をそちらに向ける。


「繰り返し申し上げますが、カードの発行料金は初回のみが二千円です。紛失による再発行の場合は一万円です。ダンジョン内で故意や重大な過失を認められない破損は新しいものとの交換に応じますが、その手数料は五千円です。予めご承知おきください」


 あぁ公社製のハイテク? カードか。

 当初は一万円でも足がでるという話だったが、今は量産効果で安くなっているのだろうか。

 ダンジョン内では常時首からぶら下げて他人から見えるようにしておかないと、犯罪者予備軍として、ダンジョン内で巡回している職員から即時拘束対象になる。

 確か石英の振動子を真似た原理で、狼とかが消滅後に残す固体が、ダンジョン内でのみ生身では感知できない固有振動を発生するなんたらとかいう理屈で個人を識別するという。

 同一の振動数になる確率は数千万分の一で、同じダンジョンに、同じ時間、同じ場所で、同じ固有振動数を発生させるカードを所有したものが複数いる確率は天文学的な数字になるんだったか。

 これとダンジョン内に張り巡らされた有線コードで、入場者の行動を完全モニターするシステムは、当初ネットで予想されたダンジョン内の犯罪を極限まで下げさせたらしい。


 それにダンジョン公社職員は全員、元か出向中の警察官で、犯罪が確認された場合はみなし公務員として、逮捕・捜査が可能な権限を与えられている。

 まぁ民間人でも現行犯なら逮捕権は臨時に与えれているから、それがどうしたという話でもあるが。


 そういえば、警察官の採用数が急に増えたので、ダンジョン騒動に乗じた焼け太りがどうのとか、野党が騒いでいたっけ。

 まぁあの連中は何時もくだらないことで騒いでいるけど。

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