第10話 門*

 俺の番号が表示されたのでカウンターに向かう。

 カウンターにいる女性職員が番号と氏名を口頭で確認し、もう一度身分証明書の提示をウナガしてきた。


但馬タジマ様。ダンジョン入場に必要な手続きは完了しました。最後にこちらの用紙に書かれてあることをこれより読み上げますので、ご同意いただけたらサインをお願いします」


「ダンジョン入場許可証(以下カード)の発行料金は初回のみが二千円。紛失による再発行の場合は一万円。ダンジョン内で故意や重大な過失が認められない破損は新しいものとの交換可能ですが、その手数料は五千円です」

「ダンジョン内は日本国内に準ずるとして、日本の憲法・法律・都道府県条例・都道府県公安委員会規則が適用されます」

「ダンジョン内では裁判所がダンジョン公社に重大な過誤があったと認定した場合にのみ国家賠償が請求できます」


「その国家賠償云々というのはなんですか? 」


「言い換えますと、民間人、しくは民間人同士での事件・事故・負傷・死亡の責任を国家に敷衍フエンしないでほしいということです」


「ダンジョン内ではカードを常に掲示し、一目で他者から確認できるように努めてください」

「ダンジョン職員による不審尋問や誘導には誠実に対応してください」

「不審尋問・誘導への不服従、禁止されている物品のダンジョン内持ち込みとダンジョン外への持ち出し、カードの非掲示、個々のダンジョンで設定された決まり事に従わない場合は、警告、若しくは数ヶ月間入場資格の停止。悪質な事案では一度目で入場資格を永久に失うことになります」

「改正後の民法第30条に従い、失踪宣告認定はダンジョン入場日から起算して30年です」


「何でそんなに長いのですか? 」


「自殺と疑われるダンジョン入場者の生命保険請求を、行方不明になったのは事故死ではないのかとする訴訟が海外で多発しているのが主たる理由です」

「口頭説明は以上です。ご同意いただけたらサインをお願いします」


 俺はサインをして、ダンジョン入場許可証を受け取った。


「最後に、こちらの練習用カードのこの点線で囲われた部分を強く引っ張ってください。カードのフチに張り付けてある紐が出てきますので、それを完全に剥がしてください。そうすれば、各階で巡回している即応隊が救援に向かいます。当公社のHPにある該当動画や当公社の講習でも説明済ですが、救援チームは五人一組で一人一人が救援時の心象ポイントを入場者に加点していきます。この数字は非公開で一切開示いたしません。一定の数に達すると入場資格が停止になります。又、同時に複数の救援信号が発せられた場合、数の少ないカタが優先されます。パーティーを組まれている場合は、最も数の多いカタがそのパーティーの数値です。使用は躊躇わずに危急の場合は必ずお使いください。そして、幾度も使用された方には当公社の有料専用講座受講をお奨めいたします。又、全ての階に即応隊が配されているわけではないので、入場前に御確認ください。スライムしか現認できていない階には即応隊が配されないことが多いです」

「はい。そのように紐を剥がしていただければ大丈夫です。それでは、今後のご活躍を職員一同、心よりお祈りいたします」

 そう言い終わると同時に、教科書通りの15度の会釈をしてくれた。警察ってのはこういうのは厳しく指導するんだろうなぁ。


 ダンジョンに外国人の入場を認める認めないで、長年続いた連立政権に見切りをつけて、今の与党は別の保守系政党と連立を組んでいる。消費税の一時的減額という経済の原則より目先の現金ばらまきに固執したり、アノ政党は内政・外交で支持母体がアレ過ぎたから、ダンジョンだけが理由なわけではないだろうが、それはそれとして、いたずら目的ではない事をアピールするためには、ダンジョン入場者はプロサッカー選手並みの演技力が必要だとかなんとかネタにされていたっけ……

 外国人対応に数ヶ国語用意する必要があったら、公社の人たちも大変だったろうな。ダンジョン内では電子機器は使えないという話だし。 

 さて、ダンジョン装備品を買いに行くか。




 武器売り場には長年運動部で体を鍛えていたのがわかるマッチョのオッサンが三人カウンター内に並んでいた。


 最初に打撃系の武器コーナーを見に行くと、公社のHPに書いてある通り、ビル外への持ち出し不可と掲示されている。何も買わずにダンジョン内へ立ち入るわけにもいかず、安価なメイス系武器を物色していると、暇なのか親切なのか職員の一人が話しかけてきた。


「ダンジョンは初めてですか? 」


「ええ、そうです」


「打撃系武器をお求めなら、セットでバッティンググローブも購入されると、手が疲れにくくなりますよ。お勧めは耐切創性タイセッソウセイのものです。防具コーナーにありますので一度ご覧になってください」


「ありがとうございます」


 職員は何かを言おうか言うまいか迷ってる。


「えっと? 」


 意を決したように職員は訊ねてきた。

「斬撃系の武器を購入する予定はありますか? 」


「当面はありませんが何故ですか? 」


「あちらに斬撃系の武器を並べてありますが、マチェーテ、日本ではマチェットと呼ばれている農具は取り扱っておりませんので、もしお使いになられるのであれば、通販サイトから直接当公社宛に配送してください。オーダーメイドを専門店で購入された場合も店から当公社に配送をお願いします。マチェーテに関しては一切の制限がありません。カーボン製でもダマスカス鋼でも納得できるものをご用意ください。そして、これは公社からのお願いなのですが、マチェーテの使用は狼やゴブリンなどで試して、武器としては全く使えないものであることを早期にご確認ください」


 ……Web小説の影響なのだろうか、職員は苦々し気に一気にまくし立てた。通販サイトで軍用と書いてあるから皆戦闘用だと勘違いするんだよな、アレ。


「運良くオーブを手に入れることができたら、日本刀を試してみたいとは思っていますけど、斬撃系の武器を使用する予定は今のところありませんのでご心配なさらないでください」



「日本刀ですか……」



「あぁ、オオヨその知識はあるつもりです。素人には使えない武器であることや、個人で北米から砂鉄を輸入して作刀しようとしている方の学生時代のエピソード** も新聞で読みました。それに、所謂“松代藩の荒試し”で分かることは、戦国時代の数打物が江戸時代に淘汰されることなく、ムシろ多数の粗製乱造された日本刀が更に氾濫していたことだけだということも。まぁ浪漫ですね。運良くオーブが手に入り。偶々数百万円の武器購入資金の余裕があって。適正なサブウェポンとそれ用のスキルを入手済であった場合には試してみたいなぁという程度の願望です」


「そうですか。私としては周囲の環境に邪魔されない片手剣がお勧めです。上級者になれば両手武器を使いこなす方もいらっしゃいますが、大剣は場所を選びますからね」


「マキャヴェッリが『戦術論*** 』で、乱戦になると槍兵が遊兵となり片手剣と盾装備の兵が有用になるという趣旨のことを書いていますね。私は当面ソロでするつもりなので、両手を使う刀は攻防共に片手剣より優位にたてそうかなという素人発想と、繰り返しになりますが浪漫です。唐入りした日本刀装備の兵に対抗して、明が狼筅ロウセンという対日本刀に特化した新装備を用意し、十人一組で日本兵に対せよと、新装備・新戦術を導入せざるを得なかった日本刀は、一日本人として大いに興味があります。ですが、一方で戦闘向きではない日本刀が多数現存することも承知しています。可能であれば使ってみたいですが、あくまで先の条件を満たせばという話で、いきなり日本刀を使う予定は全くありません」


「そういうことなのであれば、余計なことを申し上げました。本日のご購入はそちらのメイスでしょうか」


「ええ、お願いします」


「かしこまりました。お支払いはダンジョン入場許可証でよろしいでしょうか? 」


 ……政府が住民基本台帳に登録している日本在住者に給付金を配ったときには、市民活動家や団体が、地方自治体が所有している個人情報を国とリンクさせるなと要求していた弊害で、分厚い紙台帳とPCのモニター画面を突き合わせて、一人一人の確認を手作業で行うことになったから、給付までには随分と時間がかかったが、このカードってマイナカードと同じで地方自治体管理なんだろうか? 他県でも使えるということは、国が管理? マイナンバーとマイナンバーカードの違いのように、一度聞いただけでは分からない内部区分があるのだろうか?

 まぁいいか。機微キビに触れるようなことを聞いて変なリストに名前がのるのも嫌だし。

「はい」


「では、こちらのメイスはお客様の個人ロッカーに収納しておきます」


「よろしくお願いします」


 65日利用がないと個人ロッカーの中身は倉庫に移されて、それから300日放置すると所有権放棄とみなすって、独占営業にカコつけてやりたい放題だな。公社。

 防具はどうしようか。持ち込みも持ち出しも自由だし、機動隊旧装備の防具一式にも興味はあるが、頭上から落ちてくるスライム対策だったら市販のヘルメットとポンチョでなんとかなりそう。高いライダースジャケットは衝撃を受けると瞬時に硬化し打撃を吸収するから、打撃武器には対抗できるらしいが、斬撃武器にも通用するのかなぁ……やってみなきゃ分からんか……




 結局、防具は機動隊の旧装備一式。ヘルとツナギ(ダンジョン仕様の耐衝撃・斬撃部分プロテクト込み)と籠手・手袋と脛当・靴とポンチョを買ってしまった。自宅ダンジョンがスカだったら目も当てられない高額出費にややビビった。

 犬になるなら大家の犬♪

 盾は装備したままで動きまわる体力に自信がなかったのと、ソロなので龕灯ガンドウ**** が必要だから買わなかった。ツナギに防水難燃加工がしてあるのは学生運動華やかなりし頃からの伝統だろうか。

 自衛隊装備が駄目で機動隊の旧装備が買えるってのは今一つ基準が分からん。

 公共の場所では、自衛隊と警官の仮装はどちらも駄目らしいが、着て帰らなければいいとのこと。


 いよいよ地下にり立った。

 職員が近づいてきたのでダンジョン入場許可証を示す。


「初めての入場ですね。こちらが入場側の個人ロッカー番号です。武器・防具はボディスキャナーの反対側の個人ロッカーに収納済みですので、男性を自認されている方は右側の入り口からお入りください。変更は初回入場時だけです。入場毎に男性・女性を選ぶことはできません。又、当ダンジョンでは対応できる人員がおりませんので、男性・女性のどちらかを必ず選んでいただくことになっております。入場料金の税別千円は、ボディスキャナー検査時に入場の意思ありとみなされ、自動引き落としになります」







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* 夏目漱石『門』角川文庫 1966 より抜粋

タタいても駄目だ。独りで開けて入れ」と云う声が聞えただけであった。彼はどうしたらこの門の閂を開ける事ができるかを考えた。そうしてその手段と方法を明らかに頭の中でコシラえた。けれどもそれを実地に開ける力は、少しも養成する事ができなかった。したがって自分の立っている場所は、この問題を考えない昔と毫も異なるところがなかった。彼は依然として無能無力に鎖ざされた扉の前に取り残された。彼は平生自分の分別を便タヨリに生きて来た。その分別が今は彼に祟ったのを口惜く思った。そうして始から取捨も商量も容れない愚なものの一徹一図を羨んだ。もしくは信念に篤い善男善女の、知慧も忘れ思議も浮ばぬ精進の程度を崇高と仰いだ。彼自身は長く門外に佇立むべき運命をもって生れて来たものらしかった。それは是非もなかった。けれども、どうせ通れない門なら、わざわざそこまで辿りつくのが矛盾であった。彼は後を顧みた。そうしてとうていまた元の路へ引き返す勇気をたなかった。彼は前を眺めた。前には堅固な扉がいつまでも展望を遮ぎっていた。彼は門を通る人ではなかった。また門を通らないで済む人でもなかった。要するに、彼は門の下に立ち竦んで、日の暮れるのを待つべき不幸な人であった。


** 大学で師匠と真剣で立ち合った際に自身の日本刀を切られ、師匠から「真面マトモな日本刀を使え」と言われたので北米から砂鉄を輸入し作刀をはじめた人のインタビュー記事


*** ニッコロ・マキャヴェッリ『戦術論』原書房 2010(新版)


**** 江戸時代から使用されている携帯用の照明器具

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