第43話 人は騙されることなど有り得ない 騙せるのは当人のみ
「戻ったか」
「ただいま戻りました」
そう答えるとマヤは室外へと出るドアに向かい、廊下に出てから振り返り再び家令に一礼する。
「5階層辺りまでの攻略をすましたのか? 」
家令は読んでいる書類から目を上げることもなくマヤに確認する。
「いえ。まだ3階層へも進んでおりません」
マヤの返事を聞いて家令は書類から顔を上げる。
「確か今日は午後1時にクーム侯爵家の家令との面談があったのだったな。何か無茶な要求でもあったのか? 」
「家令さんが
「では今までおまえは何をしていたのだ? 」
「家令さんがお命じになられた三圃制の本を求めに但馬さんと日本の街へ行ってきました」
「おまえの髪が変わったのはそれが理由なのだな」
「街に出るには必要なことだと、但馬さんがお手ずから髪を洗ってくださいました」
「……まぁよい。おまえはそのような不用心なことを許すだけの信用関係を構築したということなのだろう。あの男にはまだまだ利用価値があるのだから、その関係を
それを聞くとマヤは何か
「どうした? 日本人はきれい好きだというが、まさか身体も洗わせたのではあるまいな? 」
「自分で! 洗いました! そうではなくて、いえ、いいです! 外に出る際には但馬さんのお母様の服をお借りしました。その後日本の街で私の年頃相応の服を買っていただけたので、その服に着替えました」
「買い与えられた服はどうした? 」
「全て但馬さんの家に置いてきました。必要ですか? 」
「そう警戒せずとも、お前の着古した服をご主人様のところに持って行ったりはせん」
「それを聞いて安心しました」
「それで? 」
「なんでしょうか? 」
「書物だ」
「あ、あぁ。三圃制の本なのですが、入手には相当の時間が必要だそうです」
「相当とは? 」
「数日から二ヶ月だそうです」
「日本では買いたいものがあれば店で直ぐに買えるのではないのか? 自宅から商人に注文した場合でも、翌日には自宅に商人が届けると聞いておる。何故二ヶ月もかかるのだ? 」
マヤは但馬との会話を思い出しながら、その内容を整理し、日本の出版事情の説明をはじめる。
「商人の通常取引内であれば注文した書物を数日で入手できます。ですが地方の町にある従業員が数人しかいない小さな商店では未だに半世紀前の商取引を行っているそうです。そうした小さな商店では注文を受けても通常取引を直ぐには行わず、半月に一度、月に一度しか商品を出荷しないそうです。ですから注文した日と、商店が書物を出荷する日の
「日本人とは勤勉だと聞いておったが、たまにしか働かない者もいるということか」
「但馬さんが
家令は首を左右にふり言い放った。
「だからと言ってやるべき仕事を放棄するのは怠慢であろう。日本人にも色々いるのだな。但馬という男への認識は少々改める必要があるようだ。もう少し使える男だと思っておったのだが、奴はそういう考え方をする男だったのか」
何か言わなければ駄目だとマヤは焦るが、マヤの
何か言おうとしているが言葉が出てこないマヤに家令は質問を続ける。
「他に但馬は何を言っておった? 」
「他? ですか……そうですね、もしかしたら但馬さんにはエルフかドワーフといった長命種の血が混ざっているかもしれません」
「エルフ?
「直接は申されていません。家令さんは但馬さんがお幾つだと思われますか? 」
「そう言うからには見た目通りではないのであろう。幾つだ? 」
家令が何歳と答えるか期待していたのに質問をはぐらかされてマヤはやや不満そうに答える。
「55歳だそうです」
「ふむ。日本には人間種しかおらぬそうだが、奴の一族は以前から異世界との交流があったと話したのか? そうであるのならば、初見の際に私は奴に完全に騙されたことになるな」
「
「ん? 長命種と接触したという話はなかったのか? 」
「はい。但馬さんとご両親様とお姉様は実年齢より若く見られるという話があっただけです」
「お前はそれだけの話で長命種だと判断したということか? 」
「私の知る限り、55歳の人間種であのような綺麗な髪と肌つやの方とは出会ったことがありません」
家令は露骨に呆れた声をだす。
「マヤよ。お前は若い。人間種でもそうした例はあるのだ。そんなことは長命種とは関係ない。まぁ相手が長命種であれば、奴とおまえとの年齢差を気にする者は誰もおるまいがな」
後半は可笑しそうにマヤへ語りかける。
家令の言葉を聞かされたマヤは顔から耳の先まで真っ赤に染め上げた。
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第44話からは週二回の投稿になります。
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