第35話 人生とは自分を見つけることではない 人生とは自分を創ることである
12時50分。約束の時間に透明オーブを使う。
マヤの笑顔が今日はやや硬い。
「昨日挨拶した家令さんと話すだけだし、透明オーブは登録さえ済ませば、2層の奥に行かなくても1層のこの場で繋がるのならわざわざ来なくても良かったのに。今日はちょっと不機嫌だね」
「無表情で話しかけてくる人に言われたくありません」
……本当に機嫌が悪そうだ。ここは小粋な冗句で場を和ませるべきだろうか。
「気持ち悪いから顔を歪ませた表情で私を見ないでって、ゴミを見るような視線と底冷えのするような冷たい声で言ってみてくれる? 」
「……ゴミとは、割れた陶器やガラス片のことですか? 何故そうする必要があるのでしょうか? 」
「ごめん。外した。男同士なら通じる冗句なんだけどね。いや、正確に言うと男性が読むコメディ系での
「何時もそのようなことを考えておられたのですか? 」
「いやまぁなんと言うか。適切な距離感を測りかねているからね。変に親し気に振舞うのは、どうかな、と」
「無表情は嫌です」
「わかった。努力するよ」
「努力が必要なのですか? 」
「う~ん俺の自衛心かな。マヤのような綺麗な
「私は綺麗ですか? 」
「言われなれている陳腐な褒め方だということはわかっているつもりだよ」
「時間です」
目の前にいたマヤが
……ようやく不機嫌なオーラを解いてくれて助かった。昔から言われているけれど、女心はジェットコースターのようにアップダウンすると言われているのがよくわかる。
蛇かトカゲの血が何十分の一か混じっていそうな家令が、俺よりマヤの方を向いて
「偉大なる御主人様は、お前に協力する者を用意してもよいと
「そちらに行くと、私と私の護衛は今居るこのダンジョンに何時でも戻れるのですか? 」
「お前がこっちに来てしまえば、登録が解除されるではないか。戻れるわけがなかろう。そんなことも知らんのか。それはそもそも非常時に脱出するための魔道具だぞ。痕跡が残るようでは役に立つまい」
「仮に透明オーブをこちらの護衛に持たせて、私はアームレットを使ってそちらを訪問した場合は戻れますか? 」
「あぁそれならば可能だな。もちろん、お前の後ろにおるソレをお前が信用することが前提だが」
「お誘いはありがたいのですが、今いるダンジョンを行ける所まで行くことが現在の最優先事項です。後の機会にもう一度お声掛けいただければ幸いです」
「ふん。お前はこれまでの日本人より教育があるようだな。で、あれば、偉大なる御主人様の不興をかうことなく、上手に立ち回れよう。お前には期待しようではないか。ダンジョン攻略中と言ったな。明日より、一人お前につけてやる。アームレットを寄越せ」
「申し訳ありません。そういった申し入れを予想しておりませんでしたので、本日こちらには持ってきておりません。不手際を陳謝いたします」
「確かに! 不手際だ。そのような
そう言い終えると、こちらの返事も聞かずに映像は暗転した。布か何かで覆ったようだ。
「本当に持ってきていないのですか? 」
接続を解除すると後ろからマヤが聞いてきた。
「いや。持ってきてるよ。わざわざバックパックから抜いておく理由もないしね」
「では何故嘘を? 」
「あいつの口の利き方が気にいらないから。言う通りに従うのが嫌だった。それに、何か小細工を企んでいる雰囲気もしたし」
「雰囲気……ですか? 」
「何か別のことを考えながら話してたね。それにしても8時か……」
「8時というのは普通だと思うのですが、どのような不都合があるのでしょう? 」
「この数年で身についた生活習慣だと、起きてから家をでる準備が
「貴族家当主でも朝食は前日の冷たいパンとワインだけですのに、大貴族か裕福な商人のような暮らしをされているのですね」
「ん? あぁそういえばそうだったか。君達の主食はパンだけど、今の日本人は主食のご飯を翌日の指定した時間に独りでに炊き上がっているようにできるから、火起こしやパンを焼くのに何時間も掛けるようなことをやっているわけじゃない。新聞という毎朝配られる紙の束を読んだり、TVでニュースをみたり、体を洗った後に洗濯をしたりするとどうしても3時間ぐらいは掛かる」
「それは必要なことなのですか? 」
「必要でなければやらないけど、端折ろうと思えば端折れるから、必要かどうかはそのときの状況次第かな」
「はぁ……」
「さてと、今日はどうしようか ? このまま第3層に降りていく? 」
そう尋ねると、マヤは何やら思案顔を浮かべた。
「あ、家令さんが三圃制の概説書を読みたいそうです」
「そういえばそんな話もしたね」
「お持ちですか? 」
「蔵書にはないよ。買いに行かないと」
「これから買いに行かれるのでしょうか? 」
「マヤの優先順位によるけど、本の方を優先したいのなら今から調べてくる。図書館で調べてから書店に行って、在庫があれば今日買えるけど、多分注文することになるだろうから、この家に送られてくるのは早くて明日。遅ければ十日後ぐらいかな。小さな出版社が出している本なら二ヶ月以上掛かるかもしれない」
「図書館には誰でも入れるのですか? 」
「公共の図書館は問題ない。大学の図書館は入るのに条件があるけど、近くに住んでいる人なら基本的には入れる。どこかの大学か学校に準ずる機関に通っていないと文献資料室は使えないけど図書館なら大丈夫だよ」
「私もついて行っていいですか? 」
「え? 」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます