第3話 ~1話の数年前~ 落日の国
最大限好意的に描写するのであれば、
白髪の目立つまだら髪の初老男性が溜息をついた。
研究開発コンサルティング会社の副代表であるその男、
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「俺だ」
電話口の向こうで秘書らしき男が取り次いできたのは特徴あるダミ声だった。
「お前。面白い事に巻き込まれているな。今日は国(福岡県)に帰る予定だったが、話があるから今直ぐ俺のトコに顔をだせ」
返事も聞かずに部屋の固定電話は一方的に切られた。
三崎は溜息をついたが、民主自由党の重鎮を無視するわけにもいかず、その後のスケジュール調整を事務員に丸投げしてから部屋をでた。
俺のトコということは議員会館ではないのだろう。タクシーの中で三崎はこれから向かう番地に最後に訪れた日。大河昭太が
エリートの中のエリート。大蔵省主税局の面々を「小僧」呼びし、「勉強し直せ」と怒鳴りつけることが度々あった最強を
今の民自党で財務官僚の言いなりにならないのは、これから会う人ぐらいだ。
高部さんももういない。馬場澄高が民自党だったら、まだこの国は十年ぐらいは保っていたかもしれないが、あの人は最初からアノ政党系だ。十数年前の悪夢の主民党政権時代には将来の総理大臣として、政財界や保守系評論家からの評価も高かったが、ここ十年、口の端に上る際は失笑ばかりという
考えてみれば僕がこれから会う人の今の状況は、後を託す予定の
明治維新から百五十有余年。政治家も官僚もガラガラポンしないと、この体制が改まることはないだろう。だからと言って、そうなるためにダンジョンから化け物が溢れ出て、国民の一定数が死傷するような変革を望んでいるわけではないが……
ドアを開けるとニヤついた“半径2メートルの男”が座っていた。何か飲むかと聞かれたが遠慮した。
「明日お前さんが座長の会議。もう勝負は決したぜ」
いきなり結論を告げられた。
「天下りの温床だと、次々と特殊法人が廃止されていくご時世で、久々の大物だ。飢えた官僚共が放っとく訳があんめぃよ」
「お前さんもよく知っている話だが、個室付き秘書付き車付き、年に数千万の金を受け取れる天下りの受け皿法人を1つ創れば、同期の次官(長官)レースで勝ちを決めたようなもんだ。ましてや億単位の金が受け取れる法人創出なんかしでかした日には、同期どころか一周二周を素っ飛ばしての目出度い次官(長官)様の誕生だ。場合によっては防衛省で天皇と呼ばれた男の任期を超えるかも知れない」
こちらに何も言わせず“半径2メートルの男”は独り喋り続けた。
「連中。財務省には別の
「で、だ。今日お前さんに来てもらったのはだなぁ」
何か言葉を選んでいる。この人にしては珍しい。
「法務省の若造が動いている。あぁいうのは良い。国家だ国民だ。本気でそんな事を考えている。まぁ現実に打ちのめされて役所を出て行くか、地べたに這い蹲って上の役人だけを見るヒラメになるか。そこらへんで終わるのがフツウだがな。もしかしたら化けるかも知れねぃ」
「勘違いするなよぉ。助けろとは言ってねぃ。そいつが何かしでかしても大目にみてやれ。今日おまえさんに来てもらったのは、それを言いたかったからだ。帰っていいよ」
「餌にありつけたのは何処なんですか? 」
「へっ。内閣府は甘いんだよ。あいつらは現場を知らねぃ。だから今回のように大事なところで出し抜かれる。まぁ明日のお楽しみだな。何、行けば直ぐに分かるさ」
「あぁそれとなぁ。連中、三条委員会****を企図してやがったから、そいつは俺の方で潰しておいた。けっ! 俺の目の黒いうちは、そうそう好き勝手にはやらせないぜ」
呼び出された秘書に退出を促される。今日のは貸りなんだろうか。明日次第では貸し借りなしで良いのだろうか。
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で、腹をたてた内閣府はこんなところに会場を変更したということか。
「帰ろうか」
後ろにいた男性が驚いて押しとどめる。
「今回の特別チームは民間人がトップで、先生がそのトップではないですか」
「僕だって政府の仕事は今回がはじめてじゃない。PT(プロジェクトチーム)にもSG(スタディグループ)にもTF(タスクフォース)にも何度も参加している。そんなものはマスメディアや野党への言い訳用に用意されたもので、誰も僕の意見を聞きたいわけでも僕の能力を期待しているわけでもないことは承知している。官僚の用意したペーパーを追認することだけが僕の仕事で、後でごちゃごちゃ言ってくる奴がいたら、三崎達弥が同意したことに批判があるのなら対案を示してくれと勝手に僕の名前が使われることも、マスメディアの連中は酒と食い物とファッションの流行りは饒舌に語り、庶民には終生縁の無いブランド品には
「しかし、今日この場で辞退するというのは……」
「分かってる。分かってるさ。そんなことができないなんてことは」
忌々しげにホテルを睨みつけると三崎は最後にこう吐き出した。
「僕は予言するよ。今日の会議には必ず空気を読まない馬鹿が出席している」
用意された会議室に入室すると、早い時間に到着したにもかかわらず、室内には既に着席している者がいた。
「コンニチハー」
その太った中年男性は変なテンションで話しかけてきたが三崎は返事に詰まった。
三崎が最初に思ったのは、そういえば光文の頃の直木賞作家で左右色違いのカラータイツを
いや、
光文といえば某新聞が勇み足をしなければ、元号は確か昭和と決まっていたとかいう話もあったな。などと持ち前の雑知識を思い返しながら、同時に三崎は思った。
何故この男は僕の席に座っているのだろう……
返事がないことに苛立ったのか、その太った男は今度は咳を一つしてからもう一度繰り返した。
「こんにちは」
「ん? あぁ。そこは僕の席だと思うのだが、もしかして君は僕と同姓同名で、肩書も同じで、座長も依頼されているのか? 」
言われると男は驚いた顔をして、僕が指さす紙を覗き込んだ。
少しフリーズしてから、その太った男はうつむきながらブツブツと話しはじめた。
「俺はダンジョンの専門家として、今世界中を騒がしていて、人も大勢死んでいる異常事態に、専門家として、専門家の優れた知見を披露するために、今日この場に呼ばれたのだ。専門家である俺が座長を務めるのは当然じゃないのか。なんだこのジジイは、挨拶もできない。社会常識がない。それなのに専門家である俺を糾弾している。俺は専門家として広く名を知られた作家で、作品はアニメにもなっているのだ。そうだ、どのアニメも1クールだけだったとはいえ、複数のアニメを世界に送り出したダンジョン専門家で、世界中の人が俺の名前を知っているのだ。ビートルズを気取るわけではないが、俺はダンジョン専門家として、其の高名をキリストより知られているのだ」
帰りてぇ~
「どうかしましたか? 」
知らない背広の若い男が後ろから話しかけてきた。
あいつ。逃げやがったな。俺に出ろと強要した奴は振り向いてもどこにもいなかった。
この背広。状況がおおよそ分かっているだろうに、何おすまし顔で返事をまっているんだ。
「えっと。彼が座長を務めてくれるそうですし。僕の席はないようなので帰っていいですか? 」
「三崎様がこのチームを差配することは決定事項です。既に
「えっ、ハンコはもう使わないと、デジタル大臣が先年発表したはずでは? 」
「他省庁の話だということは三崎様もご承知おきされているかと」
……出たよ。省あって国なし。本当に。帰りてぇ。
通路が騒がしくなってきた。席の前にぶらさがってる紙をみるに、内閣人事局、総務省行政管理局、内務省警保局の末裔や、防衛省の背広組といった連中か。
最低でも課長レベルが出席するんだよな? なんで所属だけで役職は書いてねぃんだよ……
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* 諸葛亮孔明亡き後、蜀の国の文官最高位相当を約十年務めた
** 蔣琬亡き後、蜀の国の文官最高位相当を約十年務めた
*** 中国三国時代蜀の国の丞相
**** 国の行政組織の一つ。一般に行政委員会とよばれ、府省の大臣などからの指揮や監督を受けず、独立して権限を行使することができる合議制の機関。国の行政機関の名称や機構などを定めた国家行政組織法第3条に規定されているため、三条委員会とよばれる。第三条では、府と省を内閣の行政事務を行う組織とし、その外局として、委員会と庁を置くことを規定している。三条委員会は庁と同格の行政機関であり、高い独立性を保つために予算や人事を自ら決定し、独自に規則や告示を制定することができ、それを命令、公表する権限が与えられている。{日本大百科全書(ニッポニカ)}
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