第12話 スライムは何処?

 俺はヘッドライトを点灯させてから、龕灯ガンドウの蝋燭にファイヤー・ピストンで火をつけようと頑張った。何度もの試行錯誤の繰り返しでようやく成功。小1時間ぐらいかかったかな? 次回以降は、ヘルメットや防護服や耐切創性手袋という身に着けなれないものを着用しての作業に慣れていくのと、着火用の麻に削った蝋をまぶしておくという準備を入場前にしておけば、5分ぐらいで着火させた麻を使って蝋燭を灯せるようになるのではないだろうか。多分。


 火付けに悪戦苦闘している間、数人が何をしているのだろうかという視線を容赦なく浴びせかけながら俺の側を通りすぎて行ったが、俺には俺の都合があるんだからしかたがない。

 第1層のみ販売されている地図を広げた。

 第2層や第3層の地図は地上階に掲示されているが販売はされていない。

 販売しても印刷物は地下深くに持ち込むと、時間経過で印刷が薄れて読めなくなるからクレームが多く、早期に公社は第2層以下の地図販売を取り止めた。

 個人の判断でHPの地図を印刷して持ち込むのは自由だけど、行く予定もないので今日は持ってこなかった。

 電池も第1層では順当な時間使えるが、下層へ行くと直ぐに駄目になる。

 機動隊の銃や自衛隊の爆発物も第1層では使えても、第2層以下に行くと時間経過で使えなくなるらしい。


 これについて海外では「ミックス*・ブレンド**論」が根強い。

ミックスジュースとは言うけれど、ブレンドジュースとは言わないし、ブレンドコーヒーとは言っても、ミックスコーヒーとは言わないように、ミックスされた火薬や爆発物は、ブレンドされた火薬や爆発物より早く駄目になるのではないかというものだ。


 しかしながらこの論は鉱物油の蝋燭は途中で崩れて使えなくなっても、木蝋の和蝋燭は崩れることなく使いきれることの説明にはなっておらず、「ダンジョン=神の造りたもうたゲーム論」者の反証に答えられていない。


 さて金策だ。俺は予め目星を付けていた場所。第2層への霧(入口)に向かう最短通路から遠い所で、第1層内の人気ヒトケのなさそうな場所を目指した。


 大雑把に形容すると直径3メートルぐらいのチューブ状の通路は、荒削りな自然の洞窟のようで、デコボコした路は舗装路に慣れた者にはかなり歩き難い。


 HPによれば、3メートル以上の高さから落下してくるスライムはほぼ頭にとりつけないらしい。天井が低く2メートル以下の場合は、デコボコした天井の陰に隠れているスライムを注意するようにと警告していた。

 購買部には2メートルの棒(3メートルに伸縮可)の先に直径10センチの銅鏡***とライトを装着したセット棒が販売されていたが、それは買わなかった。第2層から先での屈折した通路では有用そうなアイテムだけど、今日行く予定は全くないので荷物を増やしたくなかった。


 天井の低い所では点灯させていないヘッドライトを外して、フルフェイスヘルメットのシールドを下ろし、龕灯ガンドウの灯りを天井に向けて、ヘルメットに被してあるポンチョを何時でも脱ぎ捨てられるように身構えながら通りすぎていく。


 ようやく目星を付けていた行き止まりの場所に到着すると、薪をロの字型に配して火をつけ、中央に口を開けたボトルを置いた。


 入場時に荷物と体をスキャンされるのは分かっていたので、硬いオーブの持ち込みは諦めている。百均で購入した広口ボトルの中に軟体オーブを入れて更に氷を押し込んだら、スキャンされても発覚しないのではないかと、今日は凍らせた珈琲を入れたボトルを様子見で持ち込んだ。そもそも未だ軟体オーブを手に入れていないし。


 今日は初めてということでスムーズに入ってこれたが、水筒の中に何かを仕込むという事をこれまで誰もしていなければ、この方法で金策は上手くいくのではないだろうか。


 読み物で若き天才軍師や武将が大活躍というのはよくある物語だし、史実にも時折トキオリ現れる。……そう、時折トキオリしか現れない。どれだけ優秀な若者であっても世間智の蓄積において、若者は凡人の大人に絶対に敵わない。人間の考えられる事、想像力は生きてきた年数で広がる。優秀な子供であればあるほど合理的な考えに思考が偏る。大人に見くびられないように、思考はその一点に集中する。だが、人とはどれ程愚かな事でも不合理な事でも悪辣なことでもその時の感情でやってしまうことがある。それを言葉として知っていても、本当の意味で理解するためには多くの人々に交わり、経験によって、自己と他者視点の思考をイキで区切り、完全に別個のものであると考える習慣を涵養カンヨウさせなければならない。


 往年の米ドラマ『刑事コロンボ**** 』でコロンボが高学歴の犯人を説き伏せる台詞にこんなのがあった。


  貴方は優秀だ。アタシよりはるかに頭が良い。でもね、貴方は人を殺したことは

 今回が初めてだ。アタシは殺人犯を何十人も見てきた。だから貴方より殺人のこと

 を良く知っている。


 俺1人がどれだけ知恵を振り絞って考えても、同じことをやろうとした人間を何十人も見てきて、組織として経験を共有している者たちにとっては、誰にでも思いつく陳腐な所業として失笑ものかもしれない。


 公社によって完全買い取りされているオーブを外から持ち込まれることはなかっただろうというのがそもそも間違っているかもしれない。俺と同じように私有地にダンジョンが発生し、そのダンジョンで拾ったオーブの入手先を誤魔化して換金しようとした者は定期的に現れているかもしれない。

 そうであれば軟体オーブを水筒に隠して持ち込む、服や靴の内側に仕込む、体にテープで巻きつける。全部、無駄かも知れない。誰でも思いつく方法なのか、俺だけが思いついたたった一つの冴えたやりかたなのか、その区別が俺個人だけでは分からない。


 ……あれこれと考えていても仕方がないので、俺は公社から不審に思われないようにスライム退治のために第1層を歩いて回ることにした。


 移動しては休憩し、休憩の間に少し移動し、すっかり衰えてしまい体力のない老体に活を入れ、天井からのスライム落下に備えて神経を擦り減らしながら2時間ほど第1層を彷徨う。


 ボトルを置いておいた所に戻ってきた。


 俺は思わず苦笑した。あれ程探したスライムが未だ燻っている薪の周りに4匹いる。


 熱い物に触りたくはないがボトルの中身には興味があるようだ。


 2時間も経つとボトルの中の珈琲は半分以上溶けていた。確かこのダンジョンの温度は15度だったので、珈琲を溶かすにはこの薪の配置で2時間あれば足りるということを機械式自動巻き時計で確認し、周囲のスライムをメイスで始末した。

 うん。スライムは抵抗なく処分できるな。もう一つの懸案事項も確認できた。





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* mix 異なるものを「原形をとどめたまま」混ぜること。


** blend それぞれ混ざっているものが「原形をとどめていない」状態になるまで混ぜ合わせること。


*** 高価な銀や軽いアルミ製の鏡付きも販売されているが、対象に気づかれないためとして、反射率が相対的に低い銅鏡が人気。だが、あくまでも気分の問題で、きちんと検証がなされたわけではない。

ナイロン等を含んだガラスは第2層以降では直ぐに劣化するので使用されない。


**** ごめんなさい。大体こんな感じの台詞だったと思いますが正確な引用ではありません。「殺人処方箋」米ドラマ 1968

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