第45話 自宅ダンジョン第3層
本日22時。
The Outsider ーmemorandumーにて、
第5話 自宅ダンジョン 第3層 取得物一覧を公開いたします。
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第3層に行く前に第2層のモンスターを全て狩った。
機嫌の
第3層の通路もこれまでと変わらない。直径3メートルぐらいのチューブ状の通路は荒削りな自然の洞窟のようで、デコボコした路は舗装路に慣れた者にはかなり歩き難い。
上からのスライム落下を必要以上に警戒しすぎて足元が疎かになり、何度も
左へ右へ曲がりくねった通路をマヤはずんずんと進む。
数分間歩いたところで第3層に入って初めての広い空間に出た。お目当ての大岩も鎮座している。
第2層と比べて心持ち慎重になったマヤが周囲を警戒しながら、大岩の上に並べてあるスクロールを指差し振り向いた。何故か俺よりも先にロミナを見ている。
「そういえば確認していなかったけど、ロミナの報酬はスクロールでいいの? 」
「わたくしに報酬は不用です。先程の額縁を偉大なる御主人様に贈呈してくだされば十分かと」
「わかった」
俺はロミナの返事を途中から背中で聞きながらスクロールに手を伸ばす。
スクロールを手に取り読み込みをはじめようとすると、マヤが俺の隣に歩いてきてその場にしゃがみこんだ。
マヤのスカートの丈だとしゃがみこんでも膝が見えることはないはずなのだが、俺の視界の隅に見えている。
気にしない
マヤの両膝の間が少しずつ開いていく。
何の前触れも無く、俺が手に持つスクロールが消滅した。
「……」
「読み込みに失敗されたのですか? 」
マヤは立ちあがると不思議そうな顔をしながら尋ねてきた。
何かマヤを怒らせることをしただろうか。状況がわからないので当惑していると、ダンジョン入場後はじめてロミナの方から話しかけてきた。
「スクロール(黄)は4巻ありました。1巻でも読み込みに成功すれば満足すべきでしょう」
「えっ? スクロールの読み込み成功率ってそんなに低いの? これまでに赤は20巻、橙は6巻読みこめて、今回の黄が読み込みにはじめて失敗したのだけど? 」
ロミナが俺の視線を真正面から受け止め、何か考えはじめた。
そういえば、この
「これまでは運が良かったのかもしれませんね。ですが、そんなに覚えてしまっては、もうこれ以上スクロールを読み込んでも全て失敗するかもしれません」
俺はマヤを見たが、マヤは首を左右に振るだけで何も説明してくれない。
「魔法って覚えられる数に限りがあるの? 」
「当然です。一般的な魔法使いは十数種類の魔法しか使えません。名を知られた魔法使いでもその倍が限界です」
「一度覚えた魔法を消すことってできるかな? 」
「無理です」
感情の籠らない冷徹な声は俺の心に深く突き刺さる。
“異世界で最強魔法使い”という俺の夢が
“諦めたらそこで終了だ!”内なる声が俺に囁く。あと1巻。1巻だけ試してみよう。
後で現金化しようと後生大事に抱え込んで、もし有用な魔法が使えていたらと後悔しながら死ぬのは嫌だ。
[対射撃戦防御]
持続時間2時間。その間は術者か任意の何か(人・動物・物体)に対する通常の投擲武器や飛び道具による攻撃を無効化できる。魔法には効果がない。
今度は最後まで読み込めた。俺はマヤがどんな表情をしているのか確かめたくてマヤを見る。
マヤは慌てて横を向いて、俺が見ているのに気がついているはずなのにこちらを見ようとしない。
残り2巻も続けて読み込む。続けて失敗したら以降はスクロールを見つけてもバックパックに放り込む。か、どうかは、その
[魔法解除]
術者から36m以内を起点に6立法メートル内の魔法を解除又は無効化する。効果を受け付けない呪文や魔法効果を持つものもあるし、一定の確率で失敗し何の効果も及ばさないこともある。
[火球]
術者から72m以内を起点に直径12mの低い轟音と共に爆発する火球を作り出す。敵味方を問わず火球内の全てに魔法による火のダメージを与える。
念願の強力な攻撃魔法を手に入れたが、マヤの謎の行動と、覚えられる魔法には限界があるというロミナの言葉で無邪気に喜べない。
スクロール(黄)の読み込みを3回連続で成功した俺をロミナが
室内のマッピングを終える。再びマヤを先頭に、入ってきたのとは反対側にある通路に踏み込む。
少し進むとマヤが緊張した声で「止まって」と小声で囁く。
ハンドサインを決めた方が良いような気もするが、マヤは又俺の意見を却下するのだろうか。
「黄覆這い(
俺はマヤに視線で灯りを向けて良いか確認する。
「あれは地面の振動を感知して近づいてくるので問題ありません」
灯りを当てると、地面から生えているような緑色の蔦が何本か蠢いている。蔦が薄ぼんやりとしか見えないのは黄色いモヤに包まれているからのようだ。
だから黄覆か。
「黄色いモヤは花粉です。絶対に吸い込まないように注意してください」
マヤが小声で何か言っているけど俺は別のことを考えていた。
蠢く複数の触手と…………マヤがアレとの戦闘中…………余計なことを妄想して、万が一にでも俺が前
「さっき覚えた[火球]を使ってもいいかな? 」
俺の提案にマヤは
「[ファイアーボール]を使うには部屋が少し狭いので6mほど下がりましょう」
マヤが指定した場所まで後退する。
「[火球]」
低い轟音と共に俺の視線の先で火球が爆発する。やっと魔法使いになれたと実感できた感動が俺の心に
「今の音が魔物を呼び寄せたりするのかな? 」
反響音のせいか思ったより音が大きかった。
「ダンジョン内の魔物は生成された場所を動きません。稀に知能の高いものが動きまわることはありますけれど、こんな浅い場所には生成されないので大丈夫です」
話しながら魔物のいた部屋に踏み込む。これまでで一番大きな魔石が転がっていたので拾ってバックパックに収納する。
部屋の入り口からは見えなかったが大岩があった。
第2層と同じであれば大岩のある部屋に魔物がいたのだから、恐らく岩の上には何もなかったのだろう。
分岐した先が行き止まりだったので、何度か引き返すこともあったが、今日のマヤは俺がマッピングのために休憩を提案しても機嫌よく応じてくれた。
……機嫌を損ねたわけでもないのに、スクロールの読み込みを邪魔した理由は何だったのだろう……
前を歩くマヤの背中を見ながら理由を考えていると、当のマヤが立ち止まり天井を見上げる。首をひねってから振り向いてきた。
「但馬さんは[ディテクト・イービル* ]を使えましたね。今、お願いできますか? 」
「あの辺かな[邪悪感知 * ]」
マヤが見ていた天井に俺の魔法が反応した。
「確かに何かが潜んでいる」
「私では正確な位置がわからないので但馬さんの[マジック・ミサイル** ]で落としてください」
さて困った。何故か日本アニメやラノベでは、後を考えずに目の前の戦闘で戦力を出しきらないのは無能と決めつけられていることが多い。近年ではハリウッド映画でもそういう馬鹿なことを言う“有能”という設定の軍人がちらほらと登場するようになったが、手持ちの攻撃魔法を使い尽くす気は全くない。ゴブリンを始末するにも複数本必要な俺の[魔法の矢** ]は温存しておきたい。
魔法の槍を投げやすいように持ち直し、マヤを見る。
マヤが
天井から石が剥がれ落ちてくる。こうもり傘? タコ? 石のような質感に見える軟体生物が落ちてきた。
槍が刺さったままなので動き難そうにしているコウモリダコにマヤが
「暗黒覆い(
俺が魔石を拾っているとロミナが話しかけてきた。
「もしよろしければ、視認できない対象へ[マジック・ミサイル** ]を使用したさいの命中率をお教えいただけますか? 」
「いや、そういう条件で[魔法の矢** ]を使ったことはないよ。今回が初めて。そもそも魔法を使った戦闘経験が片手の指で足りる程度の初心者だからね俺は」
ロミナは無表情のまま何かを考えている。質問は終わったようなのでマヤに釘を刺しておく。
「[魔法の矢** ]はまだ3回使えるけど、いつ使うかは俺に決めさせて、最後の保険としてダンジョンを出るまで使わないですませたい」
「わかりました」
考え込んでいるロミナに一声かけて先に進む。
20mほど通路を進むと行き止まりだった。
マヤは引き返そうとしたが待ってもらい、俺はどん詰まりの場違いな岩に目を向けた。
どこからか柱状節理*** を1本持ち込んだような、高さ1mぐらいの六角形の岩柱が鎮座している。俺は人工物か自然物かと思いあぐねた。
「最初にダンジョン・オーブのあった場所です。ダンジョンが拡張したのでオーブは今5層か6層に転移していると思います」
マヤが説明してくれた。まあダンジョン内なのだから、理屈ではなく何でもありなのだろう。
分岐のあったところまで引き返すと、先程は選ばなかった通路に踏み込む。
少し進むと大きな空間と大岩が鎮座する構成の部屋に出た。
先頭にいるマヤが四方に気を払う。俺は魔法の槍を即応できるように握りなおすと、ロミナの後方にも一応気を配りながら待機した。
マヤが部屋の中央に鎮座する大岩の方に少しずつ近づいて行くので、追従する。
「岩の上にあるワンドを[アナライズ]していただけますか? 」
マヤの指さす方向に木の棒が見えた。
「[鑑定(赤)] 火球の棒杖36とあるから、火球を36回使えるということでいいのかな」
「ロミナ様。こちらのファイヤーボールワンドをご所望でしょうか? 」
「マヤ様。わたくしにお気遣いは不用です。それは但馬様がお使いになられることにしては如何でしょうか」
マヤが俺を見る。俺は手を伸ばしてワンドを掴む。
「但馬さん。私の戦闘中に使わないでくださいね。お願いしましたよ」
いきなり
接近戦でこれを使うと自分もダメージを受ける。というか使うと俺が死ぬので、ワンドは以前木製バットを取り付けていたバックパックに外付けした。
マッピングを終えるのを確認したマヤは
床は他と変わらないのに天井と壁だけが32面体か64面体。正確なところはわからないが造りかけの不細工な多面体構造になっている。
マヤが躊躇しているとロミナが初めて前に出た。
ロミナはそれを狙わず見当違いの方向に指を指す。
[ライトニング・ボルト**** ]
ロミナの指先が光ったように見えたのと同時に何度かの反響音が聞こえた気がする。
床からせり上がってきた何かは右に左にと揺さぶられたかのような動きを見せた後消滅した。
「土精霊(
俺が魔石を拾っていると何時ものようにマヤが説明してくれた。
マヤはロミナに何か言おうか言うまいかという表情をしている。
「ロミナ。[電撃**** ]っていう魔法は壁に反射して跳ね返ってくるの? 」
「そうです」
「もしかして、目標に複数回当たるように角度を考慮して使ったの? 」
「はい」
「こっちに跳ね返ってくるということはないよね? 」
「距離がありましたから。一度だけの反射でしたら届いたでしょうが、角度をつけて放ったので、その心配はありません」
「マヤの方からも何か聞いておきたいことはある? 」
「いえ、ありません。マッピングを終えたら先へ進みましょう」
通路を歩いて行く。所々広がったり、小部屋のような小空間があったり、行き止まりだったり、それなりの変化がある通路を十分ぐらい歩いただろうか。
10m四方ぐらいの部屋に大岩が3カ所
マヤが天井や大岩の物陰を注意深く探った後に振り向いてオーブを指差す。
2カ所の大岩の上に一つずつオーブが置いてある。
手に取ると、硬オーブ(黄)と軟オーブ(黄)だった。
……自宅マンションのベランダにダンジョンへの入り口が発生したと公社に報告して、この2つを売れば、マヤの衣服代も含めて投資した金は回収できた。
ここらが引き時なのだろうか。
「但馬さん? 」
俺が考え込んでいるとマヤが心配そうな顔で呼びかけてきた。
ネット小説を読み続け、憧れのハーレム生活を手に入れたのに、俺は何を弱気になっているのかと、自身を鼓舞する。
探索は続行だ。
小部屋と呼べなくもない少し広がった空間を何カ所か通り抜け、行き止まりの通路を何度か引き返し、如何にも未知のダンジョンを探索していますという時間。
強力な護衛が二人もいるので生命の危険は感じないが、イベントがないと退屈だなと感じる贅沢。
腕時計を繰り返し見ている俺をマヤが気にしはじめる。
「但馬様。今日はこの後に何かご予定がお有りなのですか? 」
ロミナが少し険のある声を掛けてきた。
「えっ? あぁいやそうじゃないけれど、少し疲れてきた。緊張状態を長い時間維持するのは難しいね」
と、誤魔化す。
「そういえば但馬さんはダンジョン初心者でした。今日はここまでにして引き揚げますか? 」
こんな中途半端な場所で引き返すのもどうかとは思ったが、集中力が欠けはじめているのも事実。さてどうしたものか……
マヤが俺に背を向け片手剣を正面に構える。剣道でいうところの中段の構えに近い。
ロミナも緊張状態に入り何かの予備動作をした後に周囲に気を払う。
又、何かの音? 声? が聞こえた。
「偵察してきますので、少し後ろに下がってお待ちください」
マヤは小声でそう呟くと姿を消した。[不可視]のアイテムを使ったのだろう。
やはりハンドサインは決めておくべきなのではないだろうかと思った。
数分後に戻ってきたマヤが唐突に姿を現す。
マヤは手招きをして、通路を来た方向へと俺たちを誘導する。
「声は最下級の悪魔
「先制攻撃は俺のワンドを使おうか? 」
マヤが言葉を選んでいる。
「但馬様。
「えっ、じゃあ俺は見てるだけ? 」
「そうしていただけると助かります。……ロミナ様。ご助力をお願いできますか? 」
「もちろんです。マヤ様。わたくしが強制送還して参りますので、少々お待ちください」
そう言うとロミナはスタスタと一人で通路の奥に歩いて行った。
ちょっと散歩に行ってくるという気軽さで返事も待たずにさっさと行ってしまったので、戸惑うのが一拍遅れた。
「一人で行かせて良かったの? 」
「問題ないと思いますよ」
マヤが全く気にしていない様子をみせたので、そういうものなのかと納得する。
「今日はここまでですか? それとも先に進みますか? 」
能面のように表情筋を動かすことなくロミナが聞いてくる。
「問題がないようであれば、もう少し進もうか」
マヤを先頭に探索を続行する。悪魔の魔石を探したが、送り返したので魔石はないとロミナに言われた。
少し進む。小部屋と第4層への入り口であろう銀白色の霧状のものが見えた。
アームレットと透明オーブはその前の床に転がっている。
適当な岩がないので、それらを両手に持って接続しようとしたらマヤが俺の二の腕を掴む。
「何をなさろうとしているのですか? 」
詰問状の言い方に驚いたが、異世界と交流ができたらハーレムを目指すのは主人公の義務だとは言えず言い淀む。
「何をなさろうとしているのですか? 」
何かもっともらしい理屈を大急ぎで考える必要がでてきた。
「何をなさろうとしているのですか? 」
「マヤは反対なのかい? 」
「必要ありません。低脅威度ダンジョン程度の攻略に私とロミナ様の二人がいれば十分ではありませんか」
「その低脅威度ダンジョン程度では、この階層の悪魔レベルが中層域で出てくるのは珍しいことではないの? 」
「それは……」
「最下級とはいえ悪魔がでてくる低脅威度ダンジョンをわたくしは他に知りません」
ロミナが俺側に付いてくれた。地味に嬉しい。
「回復魔法や軟オーブがあるとしても、俺はマヤやロミナに怪我をしてほしくない。そのために安全マージンを大目にとっておくことは悪い事ではないと思う。マヤのような上級者であれば、初心者は怪我や危ない目にあって成長していくものだという考え方をしているのかもしれないけれど、俺はそういう風には考えないよ」
「そんな! ことは考えていません」
「同行者を増やすことに同意してもらえたということでいいのかな? 」
マヤは
俺はアームレットの上に透明オーブを載せる。
「ふざけたこと言ってんじゃないわよ! 」
映像が映ると同時に若い女性の怒鳴り声がダンジョン内で響いた。
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※ 英語のモンスター名で画像検索をすることで、筆者の拙い記述より明確なイメージが確認できると思います。
* 36メートル以内の術者への悪意を探知する。罠や毒は探知できない。
** 初期は1本のみ。術者の使用頻度が増えると本数も増えていく。例外はあるが基本必中の魔法攻撃。
*** 冷えていく溶岩やマグマ全体が縮むときに5角形や6角形の柱状の割れ目ができます。これを
**** 電撃は幅1.5メートルで長さ24メートルの稲妻状か、幅3メートル長さ12メートルのコーン状の2つの効果範囲のどちらかを選択する。どちらも、術者を発射起点の延長線上に向かって伸びていく。この時、電撃が破壊できない障害物(壁など)にぶつかった場合は、残りの距離分だけ反射した方向に伸びていく。
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