第54話 ー国境の城塞ー ゆふべゆふべは壮大の旦を夢み*

The Outsider ーmemorandumーにて、

第7話 国境の城塞 人物紹介・宗教・追加装備品を公開しております。


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 第4層の帰り道。往路で通らなかった場所でエターキャップとかいうクモ人間と遭遇したが、俺が[火球]で巣ごと焼き払った。


 用意しておいた新しい靴下に全員が履き替えてから、自宅リビングに戻ってきて、3人にはソファーを勧める。

 俺が洗面所に行き手洗いとウガイをすますと、何故かぞろぞろとついてきた3人も同じことをする。

 違うのは、蛇口に口を近づけるのではなく、それぞれが水屋からコップを持ってきていること。

 3人それぞれに専用タオルを用意したほうが良いのだろうか。


 リビングに戻ってきた3人に飲み物の希望を聞くと、全員が朝食と同じものを望んだので俺もフルーツジュースを飲むことにする。


「さてと落ち着いたところで提案があるのだけれど、子爵のお勧めは無視して、明日からは5層に行こうと思う。それでいいだろうか? 前報酬は受け取ったけど、何時再訪問するかの約束はしていないのだから先送りにしたい」


「駄目よ! あんたはわざと期日を明確にすることを避けたけど、あの会話だと明日再訪してくると子爵は思っているわよ。黙って貴族との約束を反故にしてはいけないことすらわからないのかしら」


「私も、明日再訪しないのは後々大きな問題になると思います」


「ロミナは、どう思う? 」


「わたくしは但馬様の護衛を命じられているだけですので、どちらにオモムかれてもお供いたします」


「子爵は問題ないようなことを言っていたけど、教会が人物を保証して送り出したわけではない人々が辺地に集まっているのだろう。地球の歴史で言えばアメリカの西部開拓時代みたいなものだ。そこに君たちのような少女を連れて行ったら、間違いなく男たちが君たちを獲りあって血みどろの殺し合いになる。それがわかっていて行くのは愚かだ」


「あらっ? そんな事わかっているわよ。私たちに手を出そうとしたら剣で切りつけて撃退すればいいじゃない。そんなことは常識よ」


「……それは俺の知っている常識じゃない」


「あんたねぇ、もうちょっと腰を据えなさい。男でしょ! そんなつまらないことで貴族との約束を守らないつもりなの? 」


「マヤは、どう思う? 」


「私は領外に出たことはほとんどありませんが、王都でも治安の悪いところでは剣を抜いて実力で暴漢に対処しろと言われております」


「つまり、血を見る覚悟で危ない所に行くことを反対しないということ? 」


「はい。大丈夫です。但馬さんは必ず私が守ってみせますから安心してください」


 そういう死亡フラグっぽい事を言うのは止めて欲しいなぁ……


「ロミナも覚悟を決めているの? 」


「覚悟というのはわかりませんが、自衛はできます」


「わかった。気は進まないけど、明日は子爵のところに行く。話はがらりとかわるけど夕食で食べたいものはある? 確かリンは生魚を食べたいと言っていたけど? 」


「肉ね! 」


「私もお肉が食べたいです」


 ロミナを見ると黙ってウナズかれた。それは2人に同意するという意味なのか、俺に任せるという意味なのか。

 この歳になると肉だけを食べに行くことがないんだけどなぁ。


「食事の前に、明日に備えて買い物に行こうか」

 そう言って少女たちに前回と同じ手順で車に乗り込んでもらう。今回も助手席に座るのはリンだ。


 そろそろ高層ビルを見上げて口を半開きにするのは止めてほしいのだが、普段能面のロミナまでもが口を少し開いている。

 駐車場に車を駐め、大型商業施設内の登山用品専門店に向かう。


 寝袋とバックパックの色を中々決められないリンに時間を取られたが、大過タイカなく施設を出られた。

 日本での買い物に慣れたというよりは、見知らぬ人の多さ、ハイテンションで話しかけてくる言葉の通じない店員、唐突に流れる様々な音声に、居心地の悪さを感じているのかもしれない。


 出かける前、リンにマヤと同じ下着を要求されたので百均ショップに向かう。

 3人が下着を選んでいる間に俺も自分の買い物をすます。

 爆薬・可燃物・電池・印刷物といった確定的に使えなくなる物もあるが、魔素の影響で何が使えなくなるのかは、国によって違う。日本国内のダンジョンでもバラツキがあるので、何が何時まで使えるかは運次第。

 まぁ百均商品が直ぐに使えなくなっても納得できるが、百均で買えるのに高い物を買ったやつは値段分の働きをしてほしい。


 他に必要な物があるかと物色中、買い物籠をぶら下げた3人が、広い店内で俺を見つけて近づいてきた。


「……俺、片道2泊3日の旅に必要な物と言ったよね? 」

 ロミナは裁縫道具やビニール袋等、本人が必要だろうと思った物を買っている。


「何でファンシー‐グッズ? 」

 俺が想定した物は、旅行用歯磨きセットしか入っていない。


「食料はさっきの店で買いこんだでしょ、これぐらい別にいいじゃない」


「馬車移動前提だから大量に買ったけど、移動が往復で6日だったら、本来7日分必要なのに、5日分しか購入していない。付け加えると君たちは食事の量に文句を言うと思うよ、これだけでは全く足らないと。ここで自分が消費する分を買わないのであれば、向こうへ行ってから保存食の手配をしておいてね」


「それでいいわ」


 なんだろう、この違和感。旅だからと色々準備しようとする現代日本人の感覚が変なのだろうか。


 セルフレジを通す俺の作業を3人が直ぐ近くで興味津々といった風に見続けている。

 それを遠くから店員や客たちが遠巻きに見ている。

 どういう種類の見世物なんだ。これ?


 夕食は肉と言われているが、肉系は俺のランチローテーションに入っていない。

 知らない店に人を案内するのは嫌なので、以前1度だけ行ったステーキ店にする。

 味は……まぁなんだ、もう1度こようとは思わない程度だった。


 日本で1番長い商店街。近々1番長いという宣伝の為に強引に繋げて、1つの商店街という設定で、ここから東に400km程行ったところに、自称「日本で1番長い商店街」ができるらしい。


 近年はこの商店街でも外国人の姿を見かけることは珍しくない。土地柄のせいか安く売るのが大前提なのだろう。(輸入)牛肉ステーキをランチ千円にするという設定が駄目なのだと思う。


 正社員だかバイトだか分からんが、客のまばらな昼日中ヒルヒナカ、コック服姿の姿勢の良いおじさんたちがカウンターに5人も並んでいたのだから、夜はそれなりの人気店なのだろう。


 夜営業の早い時間だったせいか、店内は混んでいない。

 高い金を出せば、高い肉が出てくる。当たり前の話だよな?

 和牛を注文したのに、ランチに出した(輸入)牛肉を使ったりしているから、客がいないんじゃないよね。


 緊張の時。


 値段は正直だった。


 連れの3人は150gや200gでは全く足りないらしい……

 野菜も食えよ。


 帰り道。スーパーに立ち寄って明日の朝食用パンを購入した。今回は適量を買うように言ったので、俺の食べるパンがないということにはならないだろう。

 日本での最後の食事になるかも知れないのだから、俺もちゃんとしたものを食べたい。


 マンションに着くと、マヤは車で待ってもらった。

 2人を自宅に連れて行くと、貸してあるマヤの魔道具をロミナから受け取り、車に引き返す。[不可視]状態のマヤと再び自宅に向かう。これで「少女を自宅に連れ込んでいる」と周辺住民から警察に通報されることは避けられる。


 寝る前にすべき事を終え、マヤとベランダに出る。

 同時に俺の後ろで、掃き出し窓のロックがかかる音がした。

 第1層のいつもの場所でマヤを見送る。今夜も素敵な笑顔で食事と買い物の礼を言ってくれた。俺はきちんとした笑顔をマヤに返せただろうか。


 翌朝。昨日と同じ手順でマヤと共に自宅に入る。こういうのも朝帰りと言うのかな。

 出発までの段取りで昨日と違うのは、俺が少女たち3人とリビングで食事ができたこと。流した音楽がベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番だったこと。

 あとは、食事後の片付けにマヤが積極的に手伝うようになったことぐらいかな。


 さあ、血と暴力の支配する船戸**ワールドへの旅立ちだ。






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* 上田敏訳詩集『海潮音』ホセ・マリヤ・デ・エレディヤ「出征」新潮文庫 1952


** 船戸与一。ハードボイルド作家。中南米やアフリカといった第三世界ものを得意にしていた。(作者個人の感想です)


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