五 愛しの上女中

 水無月(六月)下旬。

 多惠が呉服問屋加賀屋に奉公して一ヶ月が過ぎた。八重が他界して三ヶ月余りになる。


 どんよりと雲が垂れ込めた梅雨空の宵。奥座敷の褥に睦み合う二人の姿があった。

「旦那様・・・。多惠はこの時を、一日千秋の思いで待っておりました。

 毎日、旦那様の優しさに触れて、身も心もこのとおり、とろける毎日でございました」

 多惠は、襦袢をはだけた胸に菊之助の手を導いた。

 菊之助は、多惠の容姿が前妻の八重に似ているだけでなく、睦事の所作も似ているのを感じた。菊之助は多惠を背後から橫抱きにして唇を重ねた。


 菊之助の手と唇に応じて、多惠は身体を菊之助に擦りつけ、菊之助と唇を重ねた。

「声が・・・」

「気にしなくていい。ここは奉公人の臥所から離れている。

 声が出るなら、出せばいい」

 菊之助はそう言いながら、多惠を優しく抱いた。

「ああ・・・そのようにしては・・・。

 どうか末永く、私にお情けをおかけくださいまし・・・」

「多惠さんを見た時から、私の心は多惠さんでいっぱいだ・・・。

 私は多惠さん無しで生きてゆけない・・・。

 どうか、私の女房になってくれぬか」

 菊之助は多惠の目を見つめてそう言い、多惠をそっと優しく撫でた。

「ああ・・・、多惠は幸せにございます・・・」

 多惠は菊之助に抱きついた。


 枕元にある有明行灯の明りは暗い。

 多惠は梅雨の宵のひととき、女の喜びに浸って菊之助の愛撫に身を任せ、菊之助の背に手をまわして菊之助を受け入れた。

 菊之助は多惠を抱きしめた。

 多惠は菊之助に抱かれて、睦事では見せない笑みを浮かべた。

 多惠を愛撫する菊之助は、多惠の顔を見ていなかった。

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