十二 人別帳

 文月(七月)二十三日、四ツ半(午前十一時)過ぎ。

 幕閣の上屋敷へ剣術指南に行っていた唐十郎が長屋に戻った。

 唐十郎と藤兵衛と正太は、唐十郎の妻あかねと藤兵衛の妻お綾が用意した昼餉をすませて奉行所へ行った。


「ご苦労でござる。岡野が人別帳で口入れの山王屋を調べて・・・」

 奉行所の詰め所で、与力の藤堂八郎が人別帳について言う。

「山王屋からの届け出に手抜かりは無いが、ここ三年の夜盗被害と、山王屋が女中を斡旋した時期が微妙に重なっておるのだ・・・。

 山王屋の斡旋で女中が御店へ奉公に上がり、その半年以内に、その御店に夜盗が入った件がここ三年で五件もあった。

 いずれも、御店に女中が斡旋された時期と、夜盗が御店に入った時期がずれていたため、女中と夜盗を関連づけていなかった。

 面目がござらん・・・」

 与力の藤堂八郎はとんだ醜態を晒したと思っている。

「加賀屋の締日後の慰労の宴の夜に夜盗が入ったため、加賀屋の内情を知る者が夜盗の仲間にいるらしいと推察できたのです。その結果、山王屋の上女中斡旋が事件に絡んでいると推察できた・・・。

 藤堂様の責任ではありませぬ」

 唐十郎はそのようにありのままを話した。


「うむ、そうだな。そうだな・・・」

 藤堂八郎は唐十郎の説明に納得して説明する。

「それで、多惠の素性だが、仙台藩士の娘とあった。八年前の冷害による飢饉で・・・」

 八年前、仙台藩は冷害による飢饉のため、藩による現物支給や資金調達の限界を超えた時期があった。

「では、その際、藩士が町人になったのですね」

 そう言って唐十郎は藤堂八郎の説明に頷いた。

「いかにも。藩の飢饉に苦しんだ藩主は、藩士が町人になるのを許可しおった。藩士の口減らしだな・・・」

 藤堂八郎はそう言って口を閉ざした

「そうでしたか・・・」

 そう言う唐十郎だが、多惠の素性については納得していない。

「だがな、唐十郎さん。人別帳は信用ならぬのだよ。

 私がこう話すのも妙だが、町人になった藩士が藩が、発行する手形で他の土地へゆき、あくどい身元引受人の下で人が入れ換って人別帳に記載すれば、他人を騙るのは可能なのだよ」

「では、多惠は仙台藩士の娘とは限らぬのか」

 唐十郎は人別帳を記録する町の世話役の杜撰さを思った。

「そういうことになる・・・。

 それに、多惠は妙だ。姿形も名も死んだ八重さんに似すぎている。

 似顔絵は正面からの顔だ。横からの顔はわからぬ。似顔絵だけで本人に瓜二つの者を捜すなど、どう考えても無理がある・・・」

 藤堂八郎は加賀屋の大番頭の直吉から、

『主の菊之助のために、菊之助の亡き妻、八重の似顔絵を絵師に描かせて、八重に似た上女中の斡旋を山王屋与三郎に依頼した。そして、八重に瓜二つの多惠が加賀屋に奉公した』

 と聞いている。


「山王屋は大番頭の直吉が話を持ってくる以前から、八重さんにそっくりな多惠を見つけてたってことですかい」

 藤兵衛が藤堂八郎の心中を察してそう言った。

「横顔や姿形まで似ている女など、似顔絵だけでは見つかるものではない。どう考えても、八重さんを知っている者が、八重さんに似た女を探したとしか思えぬ・・・」

 そこまで話して、藤堂八郎は考えこんでいる。


 唐十郎が藤堂八郎の考えをまとめるように言う。

「山王屋与三郎は、八重さんに瓜二つの女を使って加賀屋に夜盗に入る事を企てた。

 そのためには八重さんがじゃまになる。そこで八重さんを亡き者にして、女は上女中の多惠と名乗って加賀屋に入った。

 そして菊之助と祝言を挙げる関係になった多惠は、加賀屋の内情を山王屋与三郎に知らせ、与三郎が加賀屋の土蔵に入って千両箱を奪った・・・。

 筋書きを考えれば、こうなりますね。

 八重さんはどうして亡くなったのですか」

 唐十郎は平然として藤堂八郎に尋ねた。

 八重さんを亡き者にした、との言葉に、与力の藤堂八郎も同心の岡野智永と松原源太郎も、そして藤兵衛と正太も、驚きの声を上げたまま、次の言葉が出てこなかった。

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