十三 殺しの疑い

「唐十郎さんは八重さんが殺されたと思うか」

 藤堂八郎の顔色が変っている。

「推察しているだけです」

「では、八重さんの死因も与五郎に探ってもらおう」

「加賀屋の周囲からも、それとなく八重さんの死因を探った方が良いように思います」

「わかった。私が加賀屋へゆき、それとなく周辺に探りをかけよう・・・」

 藤堂八郎はふたたび加賀屋へ行く気でいる。


「ところで、与五郎が加賀屋に潜入するのはいつですか」

 唐十郎は藤堂八郎を見た。

 藤堂八郎がさらに浮かぬ顔になった。気になる事があるらしい。

「今日中に両替屋の佐渡屋が加賀屋と話をつけて、加賀屋の商いの目付役との名目で与五郎が加賀屋に入る手筈になっているが、今朝、奉行所に佐渡屋の主の茂吉が来て・・・」

 藤堂八郎は朝の出来事を説明した。


 今朝早く、両替屋の佐渡屋茂吉が奉行所に藤堂八郎を訪れた。茂吉は、

『加賀屋の商売が行き詰まるのではないか。そうなると、資金の用立てはできぬ』

 と言った。藤堂八郎は、

『今まで、加賀屋の商売が行き詰まった事も、方々の支払いが滞った事もない。

 こたびは夜盗被害に遭って資金が不足しているだけだ。商いの上で取り引き先の信用を無くしたわけではない。

 加賀屋に出入りしていた錠前屋を調べているゆえ、今後、加賀屋の錠前が破られる事はない』

 藤堂八郎はそう言って佐渡屋茂吉を納得させ、今日二十三日の夕刻までに与五郎を加賀屋に潜入させる手筈を整えていた。



「佐渡屋茂吉は、何を根拠に、そう言ってきたのですか」

 藤堂八郎の説明は何かが欠けていると唐十郎は思った。

「佐渡屋に出入りの駕籠舁きが、佐渡屋と懇意にしている大店の呉服問屋から聞いて、早朝にそう言ってきたらしい。

 私も妙だと思った。加賀屋の夜盗の件が佐渡屋茂吉に知れたのは昨日夕刻、私からだ。大店の呉服問屋は、加賀屋の一件を知らぬはずだ」

藤堂八郎は佐渡屋茂吉の話を思いだしている。


 しばらく考えて唐十郎が言った。

「もし、佐渡屋が資金を加賀屋に融通しなかったら、加賀屋は奉公人を口減らしする。

 そうなれば、加賀屋にいる夜盗の一味にも暇が出る・・・。

 おそらく、大店の呉服問屋に加賀屋の夜盗の件を教えたのは、夜盗の一味でしょう。

 山王屋与三郎の人別帳は、どのように記載されていましたか」

 もはや誰もが、多惠の場合と同様に、人別帳の内容を信用していない。

 藤堂八郎が人別帳を見て言う。

「与三郎は、三年前に大坂から千住大橋南詰め中村町に移り住んで、口入れの山王屋を開いた、とある。大坂でも口入れ屋をしていたらしい。

 与三郎が中村町に移り住んだ頃から、大店が夜盗被害に合っている・・・」


「では、私たちは山王屋与三郎を探ります」

 唐十郎はそう言った。すでに辻売りの達造と仁介が、今日も口入れ屋に出入りする者と、口入れ屋の身元を探っている。

「唐十郎さん。幕閣の出稽古は支障ないのか」

 藤堂八郎が唐十郎の幕閣へ剣術指南を気遣った。

「剣術指南は午前にてすみますゆえ・・・」

「しからば、与五郎には、加賀屋に潜んでいる夜盗の一味の探索に加え、八重さんの死因も探ってもらう。

 岡野。佐渡屋の出入り駕籠舁きを探れ。どこから加賀屋の事を聞きつけたか調べろ。

 松原。鶴次郎と留造が探ってきた、錠前屋の元番頭、安吉の行方を探れ」

 そう言って藤堂八郎が同心たちに指示した。

「わかりました」

 同心の岡野智永と松原源太郎は詰め所から出ていった。

 昨日、岡っ引きの鶴次郎と下っ引きの留造は、両替屋佐渡屋の聞き込みで、加賀屋に出入りしていた錠前屋は、獅子堂屋の元番頭の安吉だと聞きこんでいる。現在、安吉の行方は不明だ。


 同心たちが出てゆくと、唐十郎は藤堂八郎に訊いた。

「亡くなった八重さんは何処の生まれで、実家は何処ですか」

「日本橋元大工町の指物師の娘で父親はもう亡くなり・・・」

 藤堂八郎は人別帳を手に取った。頁を開いて話した事を確認している。

「父親の生まれは・・・・」

 藤堂八郎は人別帳の頁をめくった。そこに、八年前に仙台藩から江戸に出てきた指物師、源助の名があった。源助には妻子があり、妻は奈緒。娘は八重と多惠の双子とあった。

「これは・・・、いったいどうした事だ・・・・」

 藤堂八郎は驚きを隠せない。


「それで源助の娘の多惠について、どうしたと書いてありますか」

 唐十郎は多惠の記録が気になった。

「江戸に出てきて、まもなく。多惠は母の奈緒とともに、親戚を頼って仙台へ戻っておる。江戸の水が身体に合わなかったと書かれておる」

「藤堂様は、八重さんからその事を聞いていましたか」

「私が八重さんと暮らし始めたのは四年前だ。その時、八重さんは父親と二人暮らしをしておった。

 その一年余り後に、父親が故郷の仙台で亡くなった。それが元で、八重さんは気を病み、私の元を去った。

 そして、一年もたたぬうちに、加賀屋菊之助に嫁いで二年後に亡くなった。

 八重さんは清楚な人でな・・・」

 藤堂八郎は、加賀屋菊之助に嫁いだ八重の激しい情の深さを噂に聞いていた。

 藤堂八郎は、菊之助に嫁いだ八重は、藤堂八郎と共に暮した八重とは別人ではないかと思っていた。


「八重さんは、父親を亡くしてすぐに加賀屋菊之助に嫁ぐような人だったのですか」

 唐十郎も、父親を亡くした八重が、すぐに加賀屋菊之助に嫁いだのは妙だと思った。

「私もそれが気になってな・・・。

 八重さんは気立ての良い人だ。手の平を返すような心変りする人ではござらぬ。父親を亡くしてすぐに嫁ぐなど、とても八重さんがする事とは思えなんだ・・・」

 藤堂八郎は俯いた。気立ての優しかった八重を思いだしている。


「では、事件を解く鍵は、多惠の素性に有りますね。

 私たちは山王屋与三郎と多惠の素性を調べます・・・」と唐十郎。

「あいわかった。私は八重について探る・・・」 

 そう言う藤堂八郎に礼を述べて、唐十郎と藤兵衛と正太は奉行所の詰め所を出た。

 九ツ半(午後一時)を過ぎていた。

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