二十六 家宅改め

 その頃。(朝五ツ(午前八時))。

 藤堂八郎の乗った駕籠は浅草花川戸町を過ぎていた。藤堂八郎は目の前を行く駕籠が気になった。ずっと前を走っている。

 千住大橋南詰め中村町が近づくと、前を駆けている駕籠が止った。

「止まれっ」

 藤堂八郎は駕籠を止めて素早く駕籠代を払い、駕籠から降りた。

 前の駕籠から女が降りた。加賀屋の上女中の多惠だ。藤堂八郎は小走りに歩いて、後ろから多惠の二の腕をつかんだ。

「あっ」

 と言ったまま多惠は息を飲んだ。藤堂八郎は小声で、

「よく聞け。これから山王屋の家宅改めを行う。私に話を合せろ。わかったら頷け」

 と、はっきり言った。多惠は黙って頷いた。


 朝五ツ半(午前九時)。

 山王屋の家宅改めが始った。

 同心たち町方が山王屋の店から座敷、台所など炊事場や竃、あげくは厠まで改めたが、金目らしき物は何処にも無かった。土蔵も調べたが土蔵内にも金目の物は何も無い。

 奉公人は下女ばかりで、みな、与三郎の表の人柄と商売しか知らなかった。当然、盗んだ金の在りかなど知ろうはずがない。


「私がこちらに奉公していた時、与三郎は暇があれば、いつも土蔵に入っていました。

 土蔵の中には、これといった物はありませんが、与三郎か留守の時に入ってみたら、床板の縁が欠けている個所がありました。おそらく、床板が外れて、床下に降りられると思います・・・」

 多惠は、以前、山王屋の上女中として奉公していた。与三郎が盗んだ金を隠していると思われる土蔵の床下を、藤堂八郎に教えた。

 藤堂八郎は多惠を連れて土蔵に入った。土蔵内には多惠が話したような縁の欠けた床板はなかった。

「与三郎はその長持ちを、始終、動かしていました。

 三日と同じ場所にあった試しはありませんでした。

 おそらく、欠けた床板を隠すためだと思います」

 多惠は壁際に置かれた大きな長持ちを示した。


 町方が四人がかりで長持ちを動かすと、三尺四方ほどの縁が欠けた床板が現れた。

「床板を剝がせっ」

 町方が土蔵の床下を剝がした。床から下り階段が延びて、床下は地下室になっていた。

 階段を降りると地下の壁際に千両箱が十二個あった。

「恩に着るぞっ」

 藤堂八郎は多惠に礼を言った。

「また、八郎様の手助けができましたな・・・」

「何とっ。八重さんかっ」

 藤堂八郎は、八重と暮した日々を思いだして、言葉が無かった。


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