二十三 夜盗監禁
その夜、夜九ツ(文月(七月)二十六日、午前〇時)。
藤正屋の裏の塀から、黒装束の者が裏庭に飛びおりた。夜盗だ。夜盗は裏木戸の閂を外して黒装束の夜盗四人を裏庭に入れた。皆、刀(打刀や脇差し)を帯びている。
五人は土蔵に近づくと四人が周囲を見張り、一人が土蔵の錠前をつかんで鍵穴に鍵状の金具を差しこんだ。錠前はかんたんに開錠した。
土蔵の前に二人が残り、土蔵内に三人が入った。土蔵内には金蔵がある。ここも施錠してある。夜盗はこの金蔵の錠前もかんたんに開錠できると踏んだが、開錠に手間どっている。
その時、藤正屋の裏木戸から足音を忍ばせて、唐十郎と日野穣之介と藤堂八郎が率いる十名の町方が裏庭に入った。町方はみな捕物道具を持っている。
唐十郎が確認すると、土蔵の前で周囲を警戒しているのは阿久津真之介と浪人者で、夜盗は与三郎の一味だった。
藤正屋の店からは、徳三郎と坂本右近と特使探索方が足音を忍ばせて裏庭に現れた。藤兵衛たち特使探索方も捕物道具を持っている。
皆が配置に着くと、徳三郎がわざと足音を立てた。
阿久津が徳三郎の足音に気づいて土蔵の中に知らせようとした時、唐十郎と日野穣之介が捕縛縄についている鉄の分銅を振りまわして阿久津真之介と浪人者へ放った。
放たれた捕縛縄の鉄の分銅が阿久津真之介と浪人者の側頭を直撃した。阿久津真之介と浪人者は意識が朦朧となった。
ただちに徳三郎と藤兵衛たちは、阿久津真之介と浪人者から刀を取りあげて、二人を土蔵に投げ入れ、土蔵の塗壁戸を閉めて錠前を施錠した。土蔵内から土蔵の外にある錠前を開錠できない。
「うまくゆきましたな。三日もすれば、落ちるでしょう・・・」
藤堂八郎はそう言ったが口振りほど安堵はしていない。
藤堂さんは多惠をどう扱うか考えあぐねている。いったい何をする気だ・・・。
唐十郎は藤堂八郎がどう動くか気になった。
「今から皆を三つに組分けする。交代で土蔵を見張る」
藤堂八郎と唐十郎の指示で、町方と特使探索方は三組に分れて、交代で土蔵を見張った。
文月(七月)二十六日の夜が明けた。
土蔵内に動きはない。
昼四ツ半(午前十一時)。
藤兵衛の大工仲間と植木職人が、剪定の後に出た松の枝を大量に裏庭に持って来た。
「何か聞えるか」
藤堂八郎は、土蔵を見張っている同心と捕り方たちに訊いた。
「はい。中から塗壁戸を崩しているようです」
土蔵の塗壁戸の傍で聞き耳を立てていた同心岡野智永がそう言った。
阿久津真之介と浪人が、唐十郎と日野穣之介が放った捕縛縄の分銅で気を失った際に、二人の刀は取りあげてある。中にいる与三郎たち夜盗が使えるのは脇差ししかない。塗壁戸の厚みは一尺以上ある。かんたんに崩せる代物ではない。たとえ崩せたとしても、土蔵の周りは同心と捕り方が待機している。
土蔵内の窓は、入口と反対側の天井近くに鉄格子の入った観音開きの塗壁扉があるだけだ。土蔵の屋根は廂が長いため、開いたままになっている。空気が入れ換らない土蔵内で脇差しを使って塗壁戸を崩す作業は、土埃にまみれてさぞや息が切れるだろう・・・。
「藤堂様。唐十郎様。これを・・・」
与五郎が達造と仁介とともに、大団扇と、長提灯をいくつも連ねたような大きな蛇腹の筒を持ってきて唐十郎と藤堂八郎に渡した。
「岡野、松原、野村。これを・・・」
藤堂八郎はそれらを同心たちに渡した。
同心たちは土蔵の前で、剪定した松の枝を燃やして、その上に鉄の三脚をしつらえて大きな鍋を吊るし、湯を沸かした。
「あかねさん。綾さん。頼むぞっ」
「はいっ」
藤堂八郎の指示とともに、あかねと綾は用意してあった鶏肉を鍋に入れ、味噌と醤油、味醂を入れて、ネギや菜など野菜を入れた。
まもなく、綾の自慢の鳥鍋から良い匂いが土蔵の前に漂いはじめた。
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