九 御用改め

 文月二十二日、昼九ツ(十二時)過ぎ。

 奉行所の采配で、内密裏に与力の藤堂八郎が、同心たち町方を連れて日本橋呉服町の加賀屋に駆けつけた。藤堂八郎はただちに土蔵を町方に包囲させて、誰も土蔵に入れぬようにし、先に、店を家宅改めして奉公人を詮議した。もし、店に夜盗を手引した者がいれば、そやつを逃さぬためだ。


「では、最後に土蔵に入ったのが締日の二十日夕刻、七ツ半(午後五時)で、次に土蔵に入ったのが今日二十二日の昼四ツ(午前十時)と言うのだな。

 土蔵に入ったのは誰と誰だ」

 藤堂八郎は、店にいる主の菊之助から、誰が土蔵に入ったかを訊いた。

「はい、土蔵に入ったのは私と大番頭の直吉と番頭の平助だけです。

 土蔵の鍵と金蔵の鍵は私が持っておりました。

 この通り、誰も使っていません」

 菊之助は二つの鍵に革紐を通して首に下げている。


「鍵を首から外すのはいつだ」

「外した事はありません」

「一度も外した事がないのか」

「はい・・・」

 菊之助は、ほんとうに鍵の革紐を首から外した事がなかったか思い返した。すると、いつだったか定かではないが、多惠との陸事で、鍵がじゃまだと言われて外した事があったのを思いだした。だが、事がすんだ後、鍵は私の首にあった・・・。

 藤堂八郎が菊之助に訊いた。

「鍵が盗まれていないなら、夜盗の中に錠前に詳しい者がいた事になる。

 土蔵の錠前は、どこの錠前屋から買ったのか・・・」


 藤堂八郎が菊之助に錠前屋の名を聞いている間に、同心の岡野智永と松原源太郎、岡っ引きの鶴次郎と下っ引きの留造は、奉公人たちに二十日と二十一日の夜の様子を訊いた。

「奉公人の中で、夜中、厠に行った者がいますか」

 同心の松原源太郎が奉公人たちに訊くと、いつも夜中、小用のために厠へ行く年寄りの奉公人たちが何人かいた。おおよそ半時おきに誰かしら厠へ行っている。

「みなさん、厠へ行く時、土蔵の方で物音を聞きませんでしたか」

「何も聞いていません・・・」

 厠は店の裏手にあり、厠から土蔵の塗り壁戸がよく見える。

「・・・ですが、昨夜は、みな、ぐっすり眠っていて、誰も真夜中に厠へ行っていません」

 奉公人たちが口をそろえてそう言った。

「どういうことだ」

 同心の岡野智永は奉公人たちを不審な顔で見つめた。 


 岡野の問いに番頭の平助が答えた。

「昨夜は締日の翌日でして、ひと月の慰労を兼ねて、奉公人たちに、午後から酒の席を設けました。一席設けるのは毎月の事なんです。

 夕刻にはお開きになり、みなが早めに臥所に着きました。酒も入っていましたから、みながぐっすり寝込みました」

「酒を飲めば、厠に起きる者が増えるのではないのか」と岡野。

「酒の席は、夕刻にはお開きになりましたから、みな、早めに厠へ行きました」

 番頭平助の答えに岡野が奉公人たちに訊く。


「これから言う刻限に厠へ行った者は手を上げてください」

みなが頷いている。


「六ツ半(午後七時)頃は」

 十人の奉公人が手を上げた。


「宵五ツ(午後八時)頃は」

 番頭の平助と奉公人が七人が手を上げた。


「五ツ半(午後九時)頃は」

 大番頭の直吉と六人の奉公人が手を上げた。


「夜四ツ(午後十時)頃は」

 加賀屋の主菊之助と多惠が手を上げた。


「四ツ半(午後十一時)頃は」

 誰も手を上げない。


「夜九ツ(午前〇時)頃は」

 誰も手を上げない。


「夜九ツ(午前〇時)以後に、厠へ行った者はいますか」


「暁七ツ(午前四時)過ぎに厠へ行きました」

 番頭の平助と年寄りの奉公人三人がそう言った。みな、夕刻から二度目だ。


「なるほど、四ツ半(午後十一時)から暁七ツ(午前四時)過ぎまで、厠へ行った者はいなかった・・・。

 夜盗が土蔵に入ったのは、四ツ半(午後十一時)から暁七ツ(午前四時)過ぎまでの間だな・・・」

 同心の岡野智永が同心の松原源太郎にそう言った。



 店で一通りの家宅改めと奉公人の詮議が終り、藤堂八郎は土蔵に入って検分した。

 土蔵にいるのは藤堂八郎と同心だけだ。藤堂八郎は土蔵と金蔵の錠前を見て事件の経緯を口にした。

「御店の裏に土蔵があり、その中に金蔵がある。

 日頃は夜分、厠に起きる年寄りの奉公人がいるが、締日翌日の昨夜は奉公人に慰労の酒の席が設けられて、みな、早く臥所に入り、真夜中に、厠へ行く者はいなかった。

 そして、夜盗はこれだけの錠前を二つとも傷つけずに開けて、金を盗んだ。

 これらから考えられるのは、夜盗は加賀屋の錠前を知っている者で、加賀屋の内情を知っていたか、あるいは奉公人から内情を聞いていた者だ・・・」

「では、奉公人を一人ずつ呼んで、さらに詮議しますか」

 そう言って同心の岡野智永が与力の藤堂八郎の返事を待っている。


 同心の松原源太郎が案を思いついた。

「奉公人に夜盗の仲間がするなら、盗んだ金の分け前を巡って夜盗と連絡するはずです。

 主に、奉公人を信用するなと話して、奉公人たちの動きを探らせましょうか」

「盗まれて金がない菊之助です。これからは金策で多忙になるはずですから、菊之助に探らせるのは無理でしょう。誰かを潜入させて探る手もありますが、今は金がなくて奉公人に暇を取らせたいはずでしょうから、誰かを雇い入れる口実がありません」

 岡野は松原の案に乗気ではない。


「ではこうしよう。菊之助は両替屋から金を借りねば、商売が上がったりになる。

 加賀屋に出入りしている両替屋が、金を貸すために加賀屋の内情を調べる、との名目で、両替屋の手の者を加賀屋に入れるのだ」と藤堂八郎。

「しかし、両替屋に、そんな者はいませんよ」と岡野。

「私らには探索方がおるではないか」

 藤堂八郎はにたりと笑った。

 与力の藤堂八郎と特使探索方の日野徳三郎には、探索方として小間物の辻売りをしている与五郎、飴売りの達造、毒消し売りの仁介の三人がいる。

 藤堂八郎は、小間物の辻売りをしている与五郎を、両替屋の手の者として加賀屋に潜入させようと考えていた。

 同心たちは藤堂八郎の考えを理解した。

「では、私たちは錠前屋を探ります」

 岡野と松原は、菊之助が話した錠前屋、獅子堂屋の場所を確認した。

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