二 口入れ屋
三日後。
菊之助は大番頭の直吉とともに早めの昼餉をすませて、呼び寄せた二挺の駕籠に乗った。
加賀屋があるここ日本橋呉服町から、千住中村町の口入れ屋山王屋まで、駕籠で半時ほどだ。妻を娶る前、菊之助はなんどか浅草寺裏の日本堤にある吉原へ足を延ばしていた。菊之助には慣れた道中だ。
九ツ半(午後一時)頃。菊之助は直吉とともに山王屋に着いた。
「これはこれは、ようこそおいでくださいました。私はこの店の主、与三郎でございます。
呉服問屋の加賀屋菊之助様、大番頭様。ささ、奥へどうぞ」
山王屋の主の与三郎は奉公人に、茶菓を用意するよう言いつけて、菊之助と直吉を奥座敷に案内した。
「先日、大番頭様がお見えになり、旦那様の要望を伺いました。
その後、何か変化がおありでしょうか」
与三郎は菊之助と直吉を上座に座らせて、ふたりを交互に見ている。
慌てて大番頭の直吉が与三郎の言葉を引き継いだ。
「実は、私から山王屋様に、奥様の事をお話しいたしました。
女中を斡旋してもらうにも、要望を伝えませんと・・・」
「旦那様も良き大番頭様をお持ちで、なによりです。
大番頭様の説明から、私どもは奥様のお顔を描きました・・・・」
山王屋与三郎は手元に置いてある手文庫を開き、中から似顔絵を取りだして菊之助の前へ拡げた。
菊之助は似顔絵を見て言葉を失った。
八重だ・・・。似顔絵ではあるが、八重だ・・・。目鼻立ち、唇の形・・・。顔の輪郭・・・、みな八重そのものだ・・・。あまりにも八重とよく似ている・・・。
と思って与三郎の目もはばからずに、似顔絵に見入った。
「大番頭様のご説明を元にして描きました。奥様に似ていますでしょうか」
与三郎は笑みを浮かべて菊之助を見ている。
「旦那様。いかがでしょう・・・・」
直吉は、手早に女中を斡旋してもらう手筈を整えたいと思った。そのため、菊之助を案内する前にここ山王屋に足を延ばして、事前に菊之助の女房の八重を説明していた。
菊之助は直吉の声も耳に入らぬまま似顔絵を見つめた。そして何度も深い溜息をついている。
「旦那様。どんなに眺めても、絵は絵にございます・・・」
そう言って与三郎は柏手を二度打った。
「うむ・・・」
与三郎に言われて、ようやく菊之助は顔を上げた。
「誠に、良く描けている・・・。八重そのものじゃ・・・」
「私どもでは、似顔絵に似た上女中を探して、世話をしようと考えておりまして・・・」
与三郎がそう言った時、開け放たれた襖の向こうの控の間に、衣擦れの音が聞えて、茶菓の盆を持った女が伏し目がちに奥座敷へ歩いてきた。
女は菊之助と直吉の前まで来ると正座して深々とお辞儀し、ふたりの前に茶菓を置いてふたたびお辞儀した。
女が顔を上げると、
「あっ・・・」
女の顔を見た菊之助と直吉は、驚きのあまりに言葉を失った。
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