第6話 ヒメと魔王は常連さん
魔王城近くにカフェを開いてから、そろそろ一カ月ほど経つ。
一番最初のお客さんであるヒメは、ほぼ毎日のように来てくれるし、彼女を探しに来た魔王も、同じくらいの頻度でやって来る。
そうして二人でのんびりカフェのメニューを楽しんでくれているんだけど、そうしていると、今度は魔王を探しに魔王城の関係者もやって来て。今では周りに聞かれても問題ないくらいの仕事の打ち合わせにも利用してくれるようになった。
閑古鳥が鳴いていた頃が嘘のように、カフェ『星降り』はお客さんで賑わうようになった。ありがたい事である。
そう言えば魔王の事なんだけどね。
ヒメから彼が魔王だって聞いた時は驚いたなぁ。
確かにこのカフェは、魔王城まで徒歩五分という場所に開いたんだけど、まさか魔王本人が来るとは思わないじゃない?
……最初は怒っていたなぁ。
まぁ勝手にこの場所に店を開いたのは僕だから、怒られるのも当然の事なんだけどね。あの時は勇者をクビになったノリと勢いとテンションでやっちゃったからな……。
でも今では僕の料理を食べて喜んでくれているので、申し訳ない気持ちもあるけれど、良かったなぁと思っている。しかも常連さんだ。有難い事である。
「あ、そう言えばお前さ、人間の国では勇者をやっていたんだってな」
なんて事を思い出していたら、ミルクレープを食べていた魔王が、ふっと思い出したようにそんな事を言いだした。
ギクリ、と反射的に肩が跳ねる。
「うちの秘書が調べて来たんだけどよ。つーか、今の勇者って、この辺りまで来た事がなかったから、顔は知らなかったんだよな~」
「レオ、そうなの?」
「あ……うん……」
……ば、バレた。どうしよう。一応は元勇者ではあるんだけど。
人間と魔族の仲が悪いのと同じく、勇者と魔王の関係も昔から悪い。
勇者になった頃に、今までの勇者がしてきた仕事を綴った資料を読んだ事があるんだけど、その中には『魔王城への討ち入り』や『魔王の討伐』とかあったかな。
僕にもその依頼は――まぁ無理がない範囲でやれ、という感じで来ていたよ。一緒に旅をしていた聖女や騎士はすごくやる気だったなぁ。魔法使いは興味が無さそうだったけれど。
だけど僕は「殺さない」って決めていたから。魔王の討伐って事は、命を奪うって事でもあるでしょう?
だから何か違うやり方で解決が出来ないか模索している内に、勇者をクビになってしまった。
そういうわけで僕は魔王城に来た事が無い。魔族領近くには、魔物関係の依頼で来た事があったけどね。
だから正体は直ぐにはバレないかなと楽観視していたんだけど……さすがに甘かったね。戦いになるのは嫌だなぁ……。
「確かに僕は勇者をやっていたよ。……まぁでも、今はもうクビになっちゃいましたから、元勇者なんですけどね」
「あー。まーそうじゃなきゃ、こんな所でカフェなんて開いてねーよなー。油断させてバッサリってのはあるかもしれねーけどなー」
「お客さんにそういう事はしません」
「ハハ、だよな~」
……あれ? 思ったほど、悪い感情を持たれていない気がする……?
少し緊張している僕とは反対に、魔王は何とも思っていない様子で、ミルクレープを綺麗に切って、ひょいと口に放り込んでいる。
うーん、これはどう判断すれば良いのだろう。
そう考えていると、ヒメがコテリ、と首を傾げた。
「ねぇレオ。レオはどうして、勇者をクビになったの?」
「あー……えっと」
ストレートにそう聞かれてしまった。
これは話してしまって良いものかのか少し迷うな……。
アストラル王国の内情とか、機密事項とか、そういうものではなくて、単純に内容が結構情けなさ満載だからである。自分から人に聞かせるような話でもないし……。
僕が迷っていると、ヒメと一緒に魔王まで、
「もったいぶらない」
「そうだそうだ」
なんて言い出した。いや、もったいぶっているわけじゃないんだけど……。
……まぁ、いいか。勇者だってバレているのなら、勇者をクビになった理由だって、その内分かる事だろうから。
そう思って僕は話す事にした。
「聞いていても、あまり面白い話じゃないけど、いいの?」
「いい、構わん」
「構わん構わん」
……ヒメと魔王って、よく喧嘩をしている印象だけど、こういう時は仲が良いよね。
「……いやぁ、その……ね。王様に、魔物を殺さない勇者はいらないって言われちゃって」
「え?」
「元々僕は魔物を殺す事が嫌で。だから対峙しても、可能なら説得したり、無理なら昏倒させて遠い場所へ運んだり、そういう事をしていたんですよ」
両親との最後の約束で、僕は誰も恨まないと決めた。
でも恨まないっていう事が、どうすれば良いか分からなかったから――だから何も殺さない事にした。
殺そうとすれば、殺される。そういう時には、自分も相手も、良くない感情が生まれると僕は思った。だから殺さないと決めたんだ。
その決まりを一度でも破ってしまえば、最初から――僕の両親の命を奪った魔物の事も、その魔物を討伐しきなかった人の事も、きっと恨んでしまうと思ったから。
「勇者として依頼された仕事にも、魔物の討伐というのがありました。でも殺さない方法を取ったから――手間も、時間もずっと掛かった。それに仲間たちを付き合わせてしまっていて。その事に彼らが不満を持っていたことを、僕はこの間まで気が付かなかったんです」
「そっか。……その前に、何か話はしなかったの?」
「……うん」
ヒメの言葉が胸に刺さる。
今思えば、普段の会話の中にそれらしき話が出ていた事はあったと思う。
だけど僕はそれに気が付かなかった。気付こうともしなかった。
曲げるつもりはないけれど、気付こうともしなかった次点で、僕は勇者としても、彼女たちのリーダーとしても失格だったのだと思う。
「そりゃお前、鈍感だなー。けど、別にいいんじゃね? なぁ?」
「うん、別にいいと思う」
「いいって?」
魔王の言葉にヒメも頷く。
僕が鈍感なのは痛いほど分かったけど、でも何が良いのか分からない。
「だってレオは、魔物を殺さないって決めていたんでしょう? ずっとそうやって来たんでしょう? だったら仲間が何を言ったって、レオは曲げない。なら結果はどっち道、一緒」
「仲間が折れるかどうかっつー話だけどさ。話を聞く限りじゃ、それもねーじゃん? じゃー仕方ねーわ。なるようになったってだけだろ。だからそう落ち込むなよ」
「それに、そうなったから、レオと会えた。レオの美味しいご飯嬉しい。だから、私はレオが勇者じゃなくなって、嬉しい。こう言うのはレオに悪いけど、でも……私は嬉しいよ」
ヒメは嬉しいと何度も言ってくれた。魔王も頷いてくれている。
気を遣っての言葉じゃないのは、何となくだけど分かる。二人の言葉が胸にじんわりと広がって、心に沁みて来る。
出会って間もないのに、彼女たちは僕の事を理解してくれていた。
それが純粋に嬉しかった。
「それに、ごめんなさいは、私の方」
「ヒメ?」
「アストラル王国の王様は。私のお父さんだから」
「え?」
…………え、ちょっ、ちょっと待って。
ヒメのお父さんが王様……ヒメ……。
……もしかして、ヒメって本当に姫って事!?
「ひ、ヒメって、お姫様だったの!?」
「ええ? お前、今気が付いたのか? ずっと姫って呼んでただろ。鈍感過ぎない?」
「い、いや、だって……愛称か何かだと思っていたんだけど……」
魔王城の周辺だから、そちらの城の人かと思っていたし。人間がここまで来るとは思わなかったし。
そう言えば、確かに僕、アストラル王国の姫君の顔、全員は知らなかったな……。
「どうしてヒメはここにいるんですか?」
「魔王に攫われてここに来た」
「えええ……何で攫ったんですか、魔王様?」
「いや~、何かさぁ、魔王ってそういうモンらしいし? でも攫ったら中身コレじゃん。人間の国の連中も助けにこねーし、本当に姫か疑問だったよ」
「まぁうちのお父さん、他の兄弟の方が大事だから。私は割と放置気味」
ヒメはサラッと言っているけど、王家の闇をを知った気がする……。
確かに勇者としての仕事の中に魔王の討伐はあったけど、姫の救出とは特に言われてなかったっけな……。
これは言わないでおいた方が良いかもしれない。
「だから、私は今、とても自由」
「お前さぁ、自分が今、囚われの身だってのは、本当に分かっているよな?」
魔王は呆れ顔だけど……うん。ヒメは囚われの身には見えないなぁ。
でもヒメが自由と言うのだから、攫われた事に関しては良かったのだろう。
いや、良くはないのだろうけれど、ヒメが満足そうだから良かったんだよね……?
何だか良く分からなくなってきた。
「……ん?」
なんて色んな話をしていると、不意に建物にピリッとした揺れが走った。
……何だ?
「『星降り?』」
『――――気配、遮断、遮断、遮断――――撃退』
『星降り』に声を掛けると、そんな言葉が返ってきた。これは敵襲の時の『星降り』の反応だ。
撃退、と言っている当たり、何かを追い返したんだろうけれど……。
「どうしたんだい?」
『何か、見られていたから、追い返したぞー』
「見られて?」
偵察か?
魔王城のこんな場所で、魔王もいるのだから……そちらの人間ではなさそうだけど。
『星降り』が追い返したと言うのだから、襲撃の心配はないだろうけれど……一体誰が……。
「……カフェがしゃべった?」
そんな事を思案していると、ヒメと魔王がポカンとした顔になっている。
あ、そう言えば、二人に『星降り』の説明してなかった。
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