第16話 元仲間達


 僕が勇者として活動をしていた頃、三人の仲間と行動を共にしていた。


 教会から派遣されてきた回復魔法の使い手である聖女のアルフィン。

 アルフィンの護衛を兼ねて雇われた戦士アレンシード。

 優秀な魔法使いを束ねる知識の塔という組織に所属する魔法使いルイン。


 三人とは境遇も立場も違った。けれど最初の頃は何だかんだで上手くやれていたと思う。

 笑って、泣いて、喧嘩をして、それからまた仲直りをして。

 冒険者稼業を始めてから、誰かと長く一緒に行動を共にした事のなかった僕にとっては、仲間と共に旅をする楽しさを教えてくれた三人でもあった。


 けれどそれを僕が壊した。

 僕の戦い方が、魔物の命を奪わないという方針が、彼女達とは合わなかったからだ。

 魔物は悪。魔族は敵。アストラル王国に生まれた者は小さいころからずっと、そう教わって生きて来た。

 実際にアストラル王国と魔族領はずっと不仲であったから、危険から子供達の身を守るためには必要な教えでもあっただろうとは思う。

 僕だって両親との交わした最後の約束がなければ、そう思って生きていたはずだ。


『ちょっとレオ! どうして魔物を倒さないの?』


 ずっと昔、アルフィンから言われた言葉が頭の中に蘇る。

 あの時、彼女達からの「どうして」という疑問に、もっと言葉を尽くしていたら、今とは違う状況になっていたかもしれない。

 あったかもしれない『もしも』を考えても仕方がないけどね。


「…………」


 久しぶりに見た彼女達の姿にそんな事を思い出していると、まずはアルフィンが店の中へと入って来た。

 彼女はゆるくウェーブのかかったハニーブロンドを揺らしながら、ブーツの音を響かせて店の真ん中くらいまで来ると、スカートの裾を摘まんで優雅にお辞儀をした。


「御機嫌よう、レオ。息災そうで何よりだわ」


 そう言ってアルフィンは微笑む。

 まるで僕の事を心配してくれていたような言い方だけど、その目は一切笑っていない。ピリピリとした殺気を放ち、敵を見る目をこちらに向けている。

 アルフィンだけではなく、アレンシードも同様だ。ルインだけは静かにこちらを見ている。


「こんにちは、アルフィン。それからアレンシードにルインも。君たちも元気そうで何よりだよ。三人共、今日はどうしたんだい?」


 出来るだけ穏やかに僕は聞きながら、店内の惨状へ目を向ける。

 この様子を見ると、遊びに来ましたという感じではないだろう。

 突然暴れ出すなんて事は……まぁあるかもしれないけれど、ひとまず理由を聞いてみる。

 するとアレンシードが「ハッ」と鼻で笑った。 

 

「どうした? どうしたって聞いたのか?」

「言葉のままだよ、アレンシード。あの別れ方だったからね、疑問に思うのは変じゃないだろ?」

「ハハ、別れか……。そんな丁寧なもんじゃなかっただろうが。俺達が今日、何をしに来たかは、決まってる。これだ!」 


 アレンシードはカウンターに刺さった剣を抜いて、怒りの形相のまま、開いた手で新聞を投げつけてきた。

 よほど強く握られていたのだろう。シワが残るくらいぐしゃぐしゃになっている。

 ただその状態であっても、それが何があるかは分かった。

 この間、マリアンヌさんが見せてくれた、僕とディの事が書かれた記事が載っていた日の新聞だ。


 ――――やっぱり。


 ルインはともかくとして、正義感や魔物と魔族領へ対する嫌悪感が強いアルフィンとアレンシードにとっては、この新聞記事は許せない内容だったのだろう。

 アレンシードはぶるぶる震えながら僕に指を突きつける。


「いくら元とは言え、勇者だった者が魔王と手を組むなど! 一体どういうつもりだ、レオナルド!」


 唾を飛ばす勢いで、アレンシードは怒鳴る。

 そんな彼に僕は努めて冷静に返す。


「語弊があるよ、アレンシード」

「何が語弊だ! 記事を見ろ、写真を見ろ! 魔王と仲良く一緒に映っているじゃないか!」

「これ、カフェの営業中に念写されたものでしょう。たぶん料理を配膳している最中だよ」


 姿以上に何を持っているか分かり辛いけれど、たぶんパンケーキじゃないかな……。三段重ねのふわふわパンケーキ。ディの好きなメニューの一つなんだ。


「そもそも、ぼやけ過ぎているよ。拡大したからより顕著にぶれてる。よくこれを新聞に載せたね?」

「ぼやけているとは失敬な! これはルインが念写した写真だぞ!」


 もしかしたらと思っていたけれど、あのイニシャルはやっぱりルインのものだったんだ。

 ああ……と思いながらルインに目を向けると、神増世は少し申し訳なさそうな顔をしている。


「頼まれて」


 そう言いながらルインはちらりとアルフィンに目を向ける。

 どうやらアルフィンに頼まれてやった事らしい。彼女はアストラル王国では有力な貴族のお嬢様だからか、彼女の実家からの圧力もあって、何かを頼まれると心理的に断り辛いという面があるんだ。

 一緒にパーティを組んでいた時は僕がやんわり止めていたんだけどね。

 まぁ次の勇者はシメオン王子がなったらしいから、僕よりももっと上手く止められるだろう。ルインとアレンシードは分からないけれどアルフィンは一緒にパーティを組むだろうし。

 ……そう言えば魔族領に来たにしてはシメオン王子がいないな。まさか置いて来たんだろうか。


「なるほどね。だけど、何で僕を念写なんてしていたんだい? もう関係ない……とはさすがに言わないけれど、必要はないでしょう?」

「いやっ、そ、それは……その……アルフィンが……」


 今度は僕がそう聞くと、とたんにアレンシードの歯切れが悪くなった。そして彼もアルフィンへ目を向ける。

 ……またアルフィンの頼み事か。一体何だって言うのだろう。

 二人から視線を向けられたアルフィンは少し目を彷徨わせた後、


「べ、別に、深い意味はなくってよ! 勇者を辞めさせられたあなたが、腹いせにあちこちで暴れないか、監視していたのよっ」


 なんて言ってそっぽを向いた。

 ええ……僕ってそんな風に思われていたんだ……。

 確かに僕だって怒る事はあるけれど、人や物に当たった事はないから、これはちょっとショックである。

 ある意味、勇者をクビになった時よりもダメージが大きいかもしれない。


「そ、そう……。それで監視して、あの念写を取って、怒って新聞に載せたって事か……」

「あう……そ、そうよ」


 この分だと新聞社も、アルフィンの言葉をそのまま受け取って、精査もせずに記事を書いたんだろうな……。

 下世話な話だけど、ゴシップは売れると聞くから嬉々として書いたんだろう。

 あの新聞、前は僕も読んでいたから、ちょっとガッカリした。今度取るなら別の新聞社の新聞にしよう。

 ハァ、とため息を吐きながら、僕は三人を見る。


「それで、君達だけで乗り込んで来たの? シメオン王子は一緒じゃないのかい?」

「どうしてシメオン様の名前が出て来るのよ」

「僕の後任の勇者になったんでしょう。新聞記事の事で怒ってやって来たのなら、そういう・・・・目的でここへ来たんじゃないの? パーティを組んでいるんじゃないの?」

「え? ええ、組んでは……いるけど……今回の事は特にシメオン様には……」


 そう聞くとアルフィンは目を瞬いた。ルインとアレンシードはサッと目を逸らす。

 ……まさか本当に、ただ怒りをぶつけにここへ来ただけ?

 シメオン王子を置き去りにして?


「君たち、それはさすがに……」

「と、とにかく! そんな事より問題は魔王との事よ! レオ、あなたいつの間に、そこまで落ちぶれたの!?」


 アルフィンが強引に話を戻しながらそう怒鳴った。


「落ちぶれたかどうかはともかく。魔王も魔族領の皆もうちのカフェのお客さんで、僕の大事な友人だよ」

「カフェ? 友人? 何を馬鹿げた事を!」


 僕がそう言うと、先ほどまで少し動揺していたアレンシードがまた元気を取り戻し、吐き捨てるように言った。


「馬鹿でも良い。けれど事実だよ。彼らだって、僕たちと何も変わらない。話せば分かるし、仲良くだってなれる」


 もちろん、仲良くなれない相手だっているのは知っている。全員と仲良くなんて夢物語のような事は僕は言わない。

 これは種族がどうのという話ではなく、単純に、そりが合うか会わないかという誰にだってある事だ。

 僕がそう答えていると天井から、


『ごめんレオー、弾けなかったー、ちょっとビリビリしていて手間取ったー』


 と『星降り』の声が聞こえて来た。

 声が聞こえないから心配だったけれど、どうやら魔法か何かで動きを止められていたらしい。

 こういう芸当が出来るのは恐らくルインだろうか。


『ごめんー油断してたー』

「いや、そもそもアルフィン達を弾くように頼んでいなかった僕のせいだ。ごめんね『星降り』」


 謝ってくれる『星降り』に僕はそう返す。

 そう『星降り』のせいじゃない。これは完全に僕のミスだ。


 アルフィン達は元でも僕の仲間だった。

 一緒に行動していた時に『星降り』の結界に弾かれないようにしていて、それが今も続いていただけだ。

 彼女たちがこのカフェを訪れるだなんて微塵も思わなかったから。


 それにどんな形で別れたとしたって、対象から外すつもりもなかった。

 こんな関係になってしまったけれど、彼女たちは僕にとっては大事な仲間だったから。

 そんな話をしていると、


「……何か良い匂いがする」


 ルインがふと、小さな声でそう呟いた。

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