第17話 勇者らしくない
「あ、その匂いはクッキーだよ。今ね、焼いている最中なんだ」
僕がそう答えると、ルインはきょとんとした顔になった。
「クッキー? レオさん、作っているの?」
「うん、そうだよ」
そう頷くと、ルインは匂いを辿るように、きょろきょろと辺りを見回し始める。
そしてオーブンを見つけると、小さく「クッキー」と呟いた。
……もしかしてルイン、お腹が空いているんじゃないかな。
彼女は甘いお菓子も好きだったし。
今の状況で「食べる?」なんて呑気な提案をするほど、僕も腑抜けていないので聞くのはやめておくけれど。
そんな事を考えているとルインとは反対に、アルフィンとアレンシードが怪訝そうな顔になった。
「クッキーって……あなた、何でこんな場所で呑気にクッキーなんて焼いているのよ。それにカフェって何なの? この建物は『星降り』でしょう?」
「うん、そうだよ『星降り』だよ、アルフィン。さっきも話したけれど、僕はこの場所でカフェを開いているんだ」
「ここでって……魔王城の直ぐ近くじゃない。ありえないわ! そんな事を魔王が許すとでも思うの!?」
「許可は貰ってるから大丈夫」
まぁ、最初は勢いで、勝手に開いてしまったのだけれど。
今考えると本当に、ずいぶん思い切った事をしたなぁと自分でも思っている。さすがに事後承諾はまずかったよな……。
その点は僕だって反省している。
とは言え、事前に話に行ったら許可は下りなかっただろうし、捕縛されていただろうなとも思うけれど。
「きょ、許可……? 許可って……え? カフェ経営の……許可を魔王が……?」
アルフィンがぎょっと目を剥いてそう言った。理解が追い付かないのだろう。
「うん。魔王から直接、営業許可をもらっているよ」
「な、な……何なのよ、それ……」
そして彼女は呆然とした顔になった。
「あなた……本当に魔王と……?」
そしてそう呟く。
それから彼女はわなわなと震えたあと、キッと目を吊り上げて、
「勇者らしくない、勇者らしくないとずっと思っていたけれど……それでもあなたの心には勇者らしい優しさや真面目さがあったわ。だからずっと、あなたが魔物を殺さないのだって我慢していた。だけど……今回ばかりは許せないわ! 魔王と通じているなんて、そんな事はないって信じていたのに!」
と叫んだ。その言葉に同じく目を吊り上げたアレンシードが続く。
「ああ、そうだ。元でも何でも、勇者であった者が、わが国の姫を攫った魔王と手を組むなんて……恥を知れ!」
直後、アルフィンとアレンシードが殺気立った。
ルインだけは少し困った表情を浮かべているだけだけど、これはもう対話だけで済ます事は出来なさそうだ。
こうなった2人が止まらないのは、仲間として一緒にいたから分かる。
……このまま騒ぎが大きくなるのは、まずいな。
たぶん彼女達が来た事は魔王城には伝わっているだろう。下手に時間を引き延ばせば魔王城の皆にも被害が及ぶ。
乱暴な手段になってしまうけれど、お帰り頂いた方がよさそうだ。
「さっきも言ったけど、手を組んだんじゃない。僕は彼らと、友人として付き合っているだけだよ」
「あり得ないわ! 魔王と友人になれるはずがない! 魔王は私たちの敵なのよ!」
「どうして?」
「どうしてって……初めから、ずっとそうじゃない! あなたは忘れてしまったの!? そもそも、あなたのご両親は……」
アルフィンがそう言いかけた、その時。
「こんにちはー! レオさーん! 今日やってるー?」
「美味しいもの食べに来ましたー! お腹空いたー!」
と、魔族領の子供たちが中に入って来た。
その子供たちをアレンシードの目が捕らえる。
ギロリと向けられた目には、怒りや嫌悪、憎しみの感情が宿っていた。
「魔族領の連中が……ッ」
怨嗟が籠った声で、アレンシードは吐き捨てるように言う。
そして悪鬼のような形相で、アレンシードは手に持った剣を振り上げた。
――――まずい!
あの子たちを守らなければ。僕の頭に浮かんだのはそれだけだ。
咄嗟に床を蹴って、魔族の子供たちの前に飛び出し、背に庇う。
武器を掴む時間はなかった。一瞬、アルフィンが驚愕の表情を浮かべたのが目の端に映る。
「アレンシード、待っ……!」
彼女の焦った声が聞こえる。けれどアレンシードには届かない。
眼前に、アレンシードの剣が迫る。
放たれる殺気と、振り下ろされた剣の速度。
ああ、これは――――無理そうだ。
『レオ! 危ない!』
死を覚悟した時、『星降り』の悲鳴が響いた。
同時に強い光が放たれる。
「!?」
その眩さに僕は思わず目を瞑る。
次の瞬間、
ガシャアン!
と、至近距離でガラスが割れるような音が聞こえた。
「――――え?」
今の、音は。
ハッとして目を開けると、僕の目の前には、
「あ、あ……!」
嘘だ。
嘘だ、そんな。
心臓が急に早鐘を打ち出す。嫌な汗がぶわっと噴き出してくる。
これは。
この剣は――――。
「『星降り』ッ!!」
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