第18話 砕けた『星降り』
気が付いた時には、僕たちがいた建物はなくなって、周囲には物が散乱していた。
当然だ。『星降り』が、僕を庇うために建物化を解いたのだから。
目の前で剣の欠片がカラカラと、まるでガラスのように光を放ちながら地面に落ちて行く。
反射的に僕はその欠片を掬うように手を伸ばした。
「『星降り』……!」
『無事か、レオー……』
すると欠片から弱弱しい声が聞こえていた。
「ああ……ああ、無事だよ! 君が庇ってくれたから……ッ」
『そうかー、無事なら良かったー……』
「だけど君が無事じゃない!」
『そうだなー……でも、レオが無事なら……良かったぞー……』
焦る僕とは反対に『星降り』はいつも通りの明るい調子でそう言う。
僕に心配をかけまいとそうしているのだろう。
けれどもその声は、今にも消えそうなくらいに掠れていた。
「馬鹿な……『星降り』が砕ける……?」
アレンシードが「信じられない」という顔でそう言った。
『星降り』が砕けた事が衝撃だったのか、少し冷静さを取り戻したようだ。
『星降り』は魔剣だ。
普通であれば、どんなに強い攻撃を受けても、一度や二度程度のそれでは『星降り』は砕けたりはしない。
けれどその耐久性が下がる状態がある。
『星降り』の場合は、その形を変化させた瞬間だ。
建物化を解いた『星降り』が剣へと姿を変えようとした時。元の
「ごめん『星降り』……! 僕のせいだ!」
『いいよー……咄嗟でも人を助ける奴だからさー……そういうレオだから、相棒に選んだんだからよー……』
そう言って、砕けて小さくなった『星降り』が僕の手の上に横たわるように落ちた。
『星降り』が纏う光が少しずつ消えていく。
彼の魔力が――――命の灯が。
「――――」
その姿が頭の中で、両親の死んだ姿と重なった。
魔物によって殺された両親。
――――殺された。
殺された。
殺された。殺された。殺された。
目の前が真っ赤に染まる。抑えていた感情のフタが弾け飛びそうになる。
誰も恨まない。両親としたその約束を繋いでいる理性の紐が、千切れそうになっている。
「れ、レオ……?」
目を見開いたまま、動けなくなっている僕の耳にアルフィンの声が聞こえた。
恐る恐るといった様子だ。
抑えろ、駄目だ。
感情を押し殺しながらゆっくり顔を上げると、彼女は「ひっ」と短い悲鳴を上げた。
アレンシードとルインも、化け物を見たかのように青褪めている。
三人の様子から、自分がどれけ酷い顔になっているか理解した。
けれど。
「レオさん、レオさん! 大丈夫……!?」
「怪我ない!? 大丈夫!? ごめんね、僕たちを庇ってくれたせいで……!」
背中に庇っている魔族領の子供達が、僕に向かってそう声をかけてくれていた。
「大丈夫だよ。僕は怪我をしていない。君たちは怪我はないかい?」
「うん! 大丈夫!」
「あたし達、何も痛くないよ!」
「そっか。……良かった」
僕の顔が見えていないからだろう。怯えず、ただ心配してくれるその声が、千切れかけた理性を留めてくれる。
息を吸う。呼吸を整える。
落ち着け、と自分に言い聞かせながら僕は一度強く目を閉じた。
大丈夫、いつも通りの自分に戻れ。そう念じていると、遠くから足音が近づいてくる事に気が付いた。
「レオ! どうしたの、何があったの? カフェも無くなってる」
「おい、大丈夫か!? 何があったんだよ、こりゃあ」
声につられてそちらを向けば、心配そうな表情を浮かべるロザリーとディの姿があった。
マリアンヌさんと一緒に魔王城に帰ったはずだけど、騒ぎを聞いて戻って来てくれたのだろうか。
「ロザリー、ディ……」
「なっ、姫……!?」
「それにあの姿……魔王……!?」
二人の登場に、アルフィンたちがぎょっと目を剥いた。アストラル王国の攫われた姫君と魔王が、こうしてやって来るのは予想外なのだろう。
アルフィンたちは僕とロザリー、ディを交互に見た後、
「姫様、よくぞご無事で! 直ぐに私たちがお助けしま……」
「いらない」
と声をかけたが、ロザリーはにべもなく断った。
そして三人の横を通り過ぎ、ディと一緒に僕たちの方へと駆け寄って来る。
「怪我はない? 大丈夫?」
「皆、無事か?」
「う、うん。僕たちはレオさんと、あの、剣が庇ってくれて……でも剣が……」
子供たちの声に、二人は僕の手の上の『星降り』を見た。
「レオ。その子が『星降り』?」
「……うん。僕を庇ってくれたんだ」
頷くと、ロザリーが悲しそうな顔で砕けた『星降り』に手を当てた。
ディも眉間にしわを寄せている。それから彼はアルフィンたちをギロリと睨んだ。普段の明るい彼とは違い、圧を感じる眼差しだ。
「ロザリーもディも、お説教は終わったの?」
「まだ。でもレオの様子がおかしかったから、やっぱり気になって。マリアンヌに少しだけって頼んで戻って来た」
「そうしたらこんな状況だろ。驚いたわ」
「そっか。……ありがとう」
「ううん」
ロザリーは首を横に振る。それから怒った様子でアルフィンたちを見上げた。
三人は困惑した様子でこちらを見ている。ロザリーの素っ気ない態度に、どうしたら良いか分からないのだろう。
「……何をしに来たの」
「私は! 私は、その、レオ……レオナルドが、魔王と手を組んでいると聞いて、真相を確かめに来たのですわ」
「そう。暴れる事が真相を確かめる事なの?」
「……レオナルドはアストラル王国にとって悪です。悪となってしまったのです。悪を倒す、魔王を倒す。それが勇者一行に求められた仕事。だから自分達は!」
アルフィンとアレンシードは口々にそう言う。二人の言葉を聞くたびにロザリーの眼差しがどんどん冷えて行くのが伝わって来た。
それは二人も感じているようだけど、どうしてロザリーの機嫌が悪くなっているのかは分からない様子だった。
「勇者一行ってのは、ずいぶん乱暴者の集団なんだなぁ。……まぁ昔っから、そういうところだけは変わってねぇか」
「なっ! 姫様をさらった魔王が、何を言うか!」
「まー、魔王ってのはそういうモンらしいからな? だからさらったんだよ。こっちは手を出してねぇのに、そっちが何度も何度もうちに攻めてくるもんだから、良い意趣返しだろ? まぁ……」
ディはそこで一度言葉を区切って、
「レオの代はそういうのがなかったから、魔族領の連中は穏やかに過ごせす事が出来たから、良かったけどな」
と言った。
「……それが勇者らしくないと言ったのよ」
「ま、そうだろうなぁ」
「っ、あなた、何なの! 魔王のくせに、どうして姫様やレオと一緒に呑気に話をしているのよ! レオ、あなたもあなたよ! どうして倒さないの、どうして笑っていられるの!」
「……その答えは先ほど言ったでしょう、アルフィン」
静かにそう返すと、アルフィンはぐっと歯を噛みしめた。
「どうして……」
「…………」
そんなやり取りをsいていると。
ふと、今まで黙っていたルインが顔を上げ、
「魔王と、友達……だから……?」
と、呟いた。
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