第19話 焼き立てのクッキー


「……そうだよ」


 友達、とルインが呟いたその言葉に僕は頷く。


「さっきも言ったけれど、魔王は僕の友達だ。魔族領の皆だって、僕の大事なお客さんだ」

「だから、そんな事はあえりえないと……」

「僕にとっての事実を、君の勝手な想像で上書きしないでくれ」


 否定するアレンシードの言葉をバッサリと切りながら、僕は手の中の『星降り』を見つめる。

 その光は弱弱しいけれど、それでも、まだ消えていない。まだ彼の命は繋がっている。


「ロザリー。少しの間だけ『星降り』の事をお願いしても良いかな」

「うん」

「ありがとう」


 快く承諾してくれたロザリーに、僕は立ち上がって『星降り』をそっと預ける。ロザリーは『星降り』を優しく胸に抱いてくれた。


「…………」


 それから僕はぐるりと周囲を見回した。

 ほんの少し前までカフェであった場所。

 そこには『星降り』の建物化が解除された事で、外から持ち込んだ素材や食器、テーブルや椅子の類が倒れ、あちこちに散乱している。


 その中に、僕は目的のものを見つけた。

 鉄板に乗せた、焼いている最中だったクッキーだ。 

 オーブンは『星降り』が形を変えたものだったけれど、その中で焼いていたクッキーと鉄板は違う。だからそのまま残っているのだ。

 落下した時に多少割れはしたものの、地面に零れてはいなかった。

 

 そこへ向かって僕は歩き出した。

 魔族領の子供を庇った時に、アルフィンたちと位置が入れ替わったため、ちょうど、彼女達を通り越した先にある。

 そこへ向かって真っ直ぐに進んでいると、アルフィンとアレンシードが顔を強張らせ、身構えたのが分かった。ルインだけは困惑しながらもこちらの様子をじっと見守っている。


「れ、レオ……」


 アルフィンの声が聞こえた。けれども、僕はそれを無視して彼女たちの横を通り過ぎる。


「え?」

「な、何……?」


 二人の驚く声をよそに、僕は落ちたクッキーの前まで行くと、地面に膝をついて様子を見た。

 クッキーを一枚、手に取って見る。

 ……うん、良い焼き色だ。ちゃんと焼き上げっている。

 それを確認して僕はクッキーが載った鉄板の取っ手を掴んで持ち上げた。少々熱いけれど、持てないほどじゃない。

 それからくるりとアルフィンたちの方へ向きを変えた。


「食べてみて」


 一歩、彼女たちに近付いて、僕は鉄板を差し出す。

 アルフィンたちは目に見えて動揺した。そりゃあ、そうだろう。こんな時に何を言い出すのかと思うだろう。


「レオ、あなた何を」

「このクッキー、食べてみて」

「え?」


 訝しむ目を向けてくる彼女たちに僕はさらに一歩近づいて、もう一度言う。


「たっ、食べてみてって……あなたこの状況で何を言っているの?」

「うん、そうだね。分かってる。でも、だから言っているんだよ」

「馬鹿な。いよいよ頭がおかしくなったのか?」


 アレンシードが僕を睨みながらそう言った。

 どうだろう、そうかもしれない。

 二人の言葉はもっともだ。こんな状況では「クッキーを食べてみて」なんて言葉は、普通ならば出てきたりはしないだろう。

 でも僕は彼女たちに食べて貰いたかった。だってこれは、ロザリーとディの三人で作ったものだから。


「おかしくて良い。だから、食べてみて」

「おいコラ、いいわけあるか。レオの考えはちょいと甘いし、まぁ甘いし、いや本当甘いけど、それなりに普通だぞ!」

「ディ、うるさい。黙ってて。あとフォローするなら、もっとちゃんとすると良いと思う」

「ロザリーにそれを言われるの、微妙に屈辱なんだがっ?」

「ディの頭をトサカカットにする事が決定した」

「やめろ!」


 三人の後ろ側から、ロザリーとディのそんなやり取りが聞こえて来て、思わず笑ってしまった。やっぱり甘いって思われていたようだ。

 でもそんな、いつもと変わらない普段通りの二人のやりとりが、今の僕には有難かった。


「食べてみて、アルフィン、アレンシード、ルイン」

「…………」


 もう一度そう言うと、ルインがおずおず、といった様子で一歩前に出た。


「ルイン!?」

「…………」


 アルフィンとアレンシードが目を剥く。

 でも彼女は足を止める事なく、こちらへ近づいて来た。


「……食べて、良いの?」

「うん」


 確認するように問われ、僕は頷く。

 ルインは僕とクッキーを交互に見たあと、一枚指で摘まんで口に入れた。

 サク、と軽い音が耳に届く。


「――――美味しい」


 そして彼女はぽつりと、そう言った。


「美味しいでしょう? これを作ったのは僕と友人たちだよ」

「そうなの?」


 ルインは目を瞬くと、ロザリーとディを振り返った。

 視線を受けたと二人は、


「そう、私たちが作った。頑張った」

「どうだ。立派に型抜き出来ているだろうっ」


 何て言って胸を張った。


「型抜きは味とあまり関係ない気がする」

「うっ」


 するとルインから鋭いツッコミが入って、ロザリーとディは軽く仰け反った。


「か、型抜きだけだとしても、あなた、魔王が作った物を食べさせようとしたの……!?」

「型抜きだけだし。つーか、ロザリーも型抜きしたんだが?」

「姫様は別です! その御手で作られたなんて、尊い以外の感想がありましょうか!」

「型抜きに尊いも何もないと思う」


 先ほどルインにツッコミを入れられたせいか、若干荒んだ様子で二人は返す。


「そうだね。でも、僕の大事な友人たちが一緒に作ってくれた、僕にとっては尊いものだ」


 そう言いながら、僕はアルフィンとアレンシードに一歩近づく。


「魔物を倒さない勇者は必要ない。そう言われて僕はここに来た。いらないと放り出されて、半ば自棄になっての思い付きだったというのは、確かにあるよ」


 でもね、と僕は続ける。


「だから彼女たちと出会えた。そして魔族領の人達だって僕たちと何も変わらないんだって、知る事も出来た」


 それぞれに確執はあるし、直ぐにどうこう出来る話じゃないのは僕だって理解している。

 でも、その関係が決して変われない・・・・・事はないんだ。


 時間はかかるし、感情だってそう簡単に割り切れるものじゃない。その方法自体もまだまだ模索しなければならない。


 でも、それは、決して不可能な事じゃない。


 だって元勇者が攫われた姫君や魔王と友達になれるくらいなんだから。


「勇者じゃなくなって、僕は、ここでやりたい事がたくさん出来たんだ」

「このカフェ?」

「そうだね、ルイン。始まりはこのカフェだったよ。でも、それだけじゃない。もっとたくさん、やりたい事が出来た」


 元勇者として。

 アストラル王国の国民として。

 そして何よりレオナルドという一人の人間として。

 僕たち三人が出来た事を、多くの人に繋げたい。

 もともと誰に何を言われようと、自分の信条を変えなかった僕だ。

 やりたい事を定めたら、加減なんてしない。

 だから。


「クッキーを食べて大人しく帰るか、食べずに大人しく帰るか。――――選んでくれる?」


 僕はアルフィンたちに向かってそう告げる。

 帰らないなら今度こそ、力尽くで追い返すまでだ、と。

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