第5話 初めてのお客さん

 威勢よく入って来た女の子は、月のような色をしたショートヘアに白い肌をした綺麗な子だった。 

 豪快に「たのもー」なんて言っていたものの、動きの一つ一つに品がある。来ている服も質が良い。

 どこか良いところのお嬢さんなのかな?

 そう思っていると、彼女はそのまま、一番近くの席にちょこんと座った。

 

 ……って、思わず、ぼーっと見てしまっていたけれど。

 これはもしかして、初めてのお客さんではないだろうか?

 僕は火を消して、慌ててメニューを引っ掴むと、彼女の席へと急いだ。


「こんにちは! いらっしゃいませ!」

「こんにちは」


 挨拶をすると彼女は僕を見上げてそう返してくれた。それから入って来たドアを指さす。


「外にカフェと書いてあった。ここはそれで合っている? この間まで、ここになかった」

「はい、大丈夫ですよ。つい先日、開店したばかりなんです。……えっと、こちらメニューになります」

「ありがとう」


 メニューを差し出すと、女の子はこくりと頷いて受け取ってくれた。

 そうして上から順番にゆっくりとメニューを眺め始める。

 しばしの無言。

 …………そ、それにしても緊張するなぁ。

 ここしらばく接客なんてしていなかったから、余計にドキドキする。

 子供の頃は両親の食堂を手伝っていたので、経験自体はあるけれど……かれこれ十数年のブランクがあるから。


 冒険者になりたての頃は腕力を鍛えたくて、力仕事のあるアルバイトをしていたし、勇者時代も荒事関係の依頼がほとんどだった。

 だ、大丈夫かな。何か粗相でもしてしまわないかと、だんだん心配になってきた。


 いや、でも、大丈夫なはずだ。

 一応ね、王様とも何度も謁見した事があるし、その時に不敬罪に問われた事はなかった。依頼主とも揉めた事はなかったし……。

 ……だけど仲間達の不満に気付けなかった僕だ。自分では理解していないだけで、何かやらかしていかもしれない。

 考えれば考えるほど不安になってきた。


 だ、大丈夫。とりあえず僕はまだ、一般的な言葉しか彼女の言っていないし。

 そんな事を考えながら女の子の注文を待っていると、不意に彼女は僕を見上げた。


「あの」

「どうしました?」

「さっき、外まで良い香りがしていた。あれは何の香り?」


 そして彼女は少し首を傾げてそう言った。

 ああ、と僕は軽く頷いてキッチンの方へ顔を向ける。


「あれはフレンチトーストの香りですね。僕の賄いに作っていたんです」

「フレンチトースト……」


 そう呟いた彼女の目は何だかキラキラ輝いているように見えた。

 どうやら彼女は、フレンチトーストの匂いにつられて、うちに来てくれたようだ。

 『星降り』には食虫植物みたいと言われたけど、窓を開けておいて良かった。

 広告や張り紙等も大事だけど、香りも大事な宣伝の要素だよね。僕も城下町の屋台で焼き鳥を買った時も、あの匂いに釣られたっけ。

 ふふ、と思い出して小さく笑っていると、女の子はじっとフレンチトーストの方を見つめている事に気が付いた。

 ……もしかして食べたいのかな?


「……あの。良かったら、食べる?」

「……! いいの?」


 試しに聞いてみると、彼女はパッと表情を明るくして僕を見た。

 表情の変化が薄かったので分かり辛いが、何だか嬉しそうに見える。

 もともと賄いのつもりだったけど、それなら少しお洒落な感じでアレンジして出そう。メニューはあるけれど、食べたいって言ってくれるものをお出ししたいよね。

 何といっても最初のお客さんなんだし!


「かしこまりました。それでは、ちょっと待っていて下さいね」

「うん」


 女の子が頷くのを見てから、僕はカウンターの内側へと戻った。

 そしてもう一度火をつけて、フレンチトースト作りを再開する。

 フレンチトーストの乗ったフライパンは、ジュワ、という小さな音から、だんだんと賑やかな音へと変化していく。一緒に香りも店内に広がり始めた。


 ……こうして料理をしていると、両親の事を思い出すね。

 父さんと母さんは、いつも楽しそうに料理をしていたっけ。

 楽しい事は大事、そして楽しいから来る笑顔はもっと大事なのだといつも話してくれた。 


 そんな事を思い出していると、女の子の方から、ぐう、と可愛らしい音が聞こえた。

 音の方を向くと、女の子がお腹を押さえながら、こちらをジーッと見つめている。

 ……これは期待してくている、と考えて良いのかな?

 

「もうちょっと?」

「もうちょっとです」


 そう言って本当に少しして、フレンチトーストは焼き上がった。

 うん、良い焼け色。我ながら綺麗なサニーフォックス色のフレンチトーストだ。


 焼き上がったフレンチトーストをお皿に乗せて、そこへバターをころんとひと欠片。その上に、サラサラと粉砂糖を振りかける。

 すると直ぐにバターと砂糖が熱で溶け始める。ああ、この瞬間がたまらなく良い。

 あとは紅茶も用意して……っと、よし、完成だ。

 出来上がった料理を持って、彼女の所へと慎重に運ぶ。


「お待たせしました」

「待ってた」


 女の子の目の前に置くと、彼女は直ぐにナイフとフォークを手に取った。

 そのままサク、ナイフを入れる。

 ……よし、よし。良い音だ。あとは味だけだ。

 女の子はフレンチトーストを一口大に切って、口に運んだ。


 ……どうだろう?

 初めてのお客さんという事もあって、すごくソワソワする。

 固唾を飲んで見守っていると、女の子はもう一口、フレンチトーストを切り分けて口に運ぶ。

 最初と比べると、少し大き目に切ってくれているみたいだ。気に入ってくれたのかな?


「……美味しい」


 そんな言葉が言葉が聞こえた。


 ……ああ、良かった。美味しいって。

 僕は思わず天井を見上げる。お客さんがいるから『星降り』は黙ったままだけど、『星降り』も喜んでくれている雰囲気が伝わって来た。


「ねぇ」


 感動を噛みしめていると女の子に呼びかけられた。


「はい、どうしました?」

「ここのカフェ、名前は?」

「名前?」


 ……そう言えば名前は考えてなかったなぁ。

 カフェとは書いたけれど、具体的な名前はまだ決めてなかったんだよね。

 僕は少し考えて、


「……『星降り』。『星降り』です。ここはカフェ『星降り』」


 と答えた。

 ここは『星降り』が建ててくれた店だし、彼がいるから僕は踏みとどまっていられた。だから『星降り』の名前が一番ふさわしいと思う。

 僕が店の名前を告げると、女の子は小さく微笑んだ。


「良い名前。……カフェの名前は、分かった。あなたの名前は?」

「僕はレオナルドと言います。長いからレオで構いませんよ」

「そう」


 女の子は何度か頷くと、自分の胸に手を当てた。


「私はロザリー。でも皆がヒメとも呼ぶから、ヒメでも良い」

「は、はあ……」


 ヒメかぁ……愛称的なものなのかな?

 でも確かに食べ方は綺麗だし、テーブルマナーもしっかりして見えるし、育ちの良さが感じられる。

 名前の通りヒメっぽさも感じるね。


「それじゃあ、ヒメ、さん」

「ヒメでいい」


 どうやら『さん』はいらないという事らしい。それならばお言葉に甘えてヒメと呼ばせて貰おう。


「……美味しかった」


 ヒメはフレンチトーストをぺろりと平らげると、立ち上がる。

 そしてテーブルの上に金貨を一枚、コトリと置いた。

 ……金貨?

 いや、待って、もしかしてこれ、お代なのかな?


「また来る」


 金貨を置いたヒメは、そのまま店を出て行こうとする。

 いや、いやいやいやいや! これはまずい!


「ま、待って! 多い! さすがにこれ多いから! 今お釣り渡すから待ってて!」

「いい」


 良くないよ!

 僕が慌ててレジの方へ走ると、ヒメは少し首を傾げて、


「じゃあ、また来るから。その時の代金を、そこから引いて」


 と言った。

 また来てくれるのは嬉しいけれど……でも、それでも金貨は流石に……。


「じゃあ」


 僕がぐるぐると考えていると、ヒメはそのまま出て行ってしまった。

 あ、あああ……どうしよう、追いかけた方が良いのかな。


『また来るって言ってんだから、それでいいんじゃないかーレオー』


 僕が頭を抱えていると『星降り』がそんな風に言ってくれた。店内が僕だけになったので、話しかけてきてくれたらしい。

 ……うん、そうだね。せっかくそう言ってくれているんだし、ヒメが来てくれた時はここから代金を引こう。

 そう思って僕は大事に金貨を仕舞うと、ノートにヒメの事を書きとめる。


『初めてのお客さんだったなー。良かったなーレオー』

「うん、良かった。嬉しかったなぁ」


 『星降り』の言葉に僕は微笑む。

 ヒメかぁ、また来てくれるといいなぁ。

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