第2話 碌な仕事
王都を出た僕は、人目を避けつつ、近くの森の中へと移動した。
この辺りは新人の冒険者や兵士たちにとって、ちょうど良い訓練場にもなっており、そのおかげで生息している魔物の数も少ない。
だから意外と安全な場所なのである。
……まぁ、今の僕にとっては、逆に魔物の方が安全なのかもしれないけれど。
そんなことを考えながら森の中を進み、適当な木の下で腰を下ろした。
「はぁ……碌な仕事かぁ……」
木々の葉の隙間から見える空を眺めて、そうつぶやく。
先ほど、屋台の店主から言われた言葉だ。
あれは結構ショックだった。
勇者として働いていたこの二年間、自分の仕事に手を抜いたつもりはなかった。
確かに魔物や悪人を殺したりはしなかった。けれども、捕まえて人のいない遠くの土地へ放ったり、説得をしたり、被害や犯罪の再発がないように頑張っていた――つもりだったのだ。
だけど、それは僕だけがそう思っていただけだ。
周りの人からすれば、手を抜いているように見えるのは、仕方のないことかもしれない。
そう思って肩を落としていると、
『気にするなよ~レオ~。お前が仕事で手を抜いたことなんて、一度もなかっただろ~』
『星振り』が励ましてくれた。
本当に、彼はいつだって優しくて、僕の味方でいてくれる。
それがありがたくて、嬉しくて、そして申し訳なくて、何だか少し泣きたくなってきた。だけど、ここで泣くのは駄目だ。
「……うん。ありがとう『星振り』。本当に、君がいてくれて良かったって、心の底からそう思うよ」
僕は笑って『星振り』にお礼を言う。
深呼吸して、出そうになった涙を引っ込めてから、今後の相談をすることにした。
「これからどうしよっか。さすがに王都には戻れないし……あの様子だと、他の町にも、僕の話が伝わるのは、時間の問題っぽいよね」
『そうだな~。めちゃめちゃ早かったもんな~。たぶんあれ、しっかり計画していたんだと思うぞ~』
「やっぱり、『星振り』もそう思う?」
『クビになったタイミングから考えても、普通なら噂になっても夕方くらいだろ~』
「だよねぇ……」
彼の言う通り、普通ならそのくらいの早さだろうと、僕も思う。
さっきクビになって、すぐに噂が流れているなんて、よほど嫌われていたんだろうな、僕……。
考えていたら、どんどん気持ちが落ち込んできた。
「これは、しばらく町では顔を隠していた方が良いなぁ……」
『いっそ、そういう噂が届かなそうな場所に、行けばいいんじゃないか~?』
「あるかなか、そういうところ……。普通に違う国じゃないと駄目じゃない?」
国内では、勇者としてあちこちへ派遣されていたから、行ったことのない場所の方が少ない。
本当に、この国を出るくらいしか思いつかない。
そんなことを考えながら、僕は焼き鳥の包みを開いて、一本を頬張った。
噛みしめれば、甘辛いタレと焼肉の旨味が出た油が、じゅわりと口の中に広がる。
少し冷めてしまったが、問題なく美味しい。ちょっと焦げているところも、その苦さが味の良いアクセントになっていた。
ああ、これは本当に空腹に効く……。そしてお酒に合いそうだ。
そんなことを想像しながら僕は、もらったラッキーティーを飲んだ。
このお茶も、焼き鳥に合う。
そう言えば、魔王を倒したらお酒を飲んで宴会をしようって、仲間たちと話したこともあったっけ……。
あれは彼らと組んで、旅を始めたばかりの頃だ。あの頃は楽しかったな……。
色々あったけれど、その気持ちだけは本当だ。
そんなことを思い出したら、食べていた焼き鳥も、何だかしょっぱく感じる。
……魔王と言えば。
「そう言えば、魔王城へは、一度も行ったことがなかったっけ」
『そうだな~。かなり遠くから、魔法で見せてもらったことあったんじゃないか~』
「ああ、あったねぇ。一度、近くでしっかりと見てみたかった……ん?」
そう話していて、僕はあることに気が付いた。
行ったことがない場所なら、魔王城だってそうじゃないかって。
魔王城の近くなら、僕を知っている人は近付かないだろう。
それに、僕が勇者をクビになった話だって、すぐには届かないはずだ。
もしかしたら、これはうってつけの場所なのではないだおろうか。
「『星振り』、僕は決めたよ」
『どうした、レオ~? 何か良いアイデアが浮かんだのか~?』
「うん、浮かんだ。思い付いた。ねぇ、星振り――魔王城へ行こう!」
そう言って、僕は立ち上がる。
結構な大声を出してしまったものだから、木の枝に止まっていた数羽の鳥が、バサバサと音を立てて飛び去って行った。
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