第9話 買い出しの旅 3



 昼時のシロクマ亭は大勢のお客さんで賑わっていた。

 談笑の合間に音楽も混ざっている。どこから聞こえているのかと店の中を探せば、年配の魔法使いが、膝の上に小さな箱を置いて、ロッキングチェアに座っていた。

 音楽はその小さな箱から流れている。

 あれは魔導ラジオと言って、通信魔法の一種だ。

 遠くにある魔導ラジオの本体・・と、この小さな魔導ラジオを魔力で繋ぐ事で、遠くの音声や音楽をそこから流す事が出来る道具である。

 こういうお店でよく使われているかな。魔法使いのアルバイト候補としてよく名前が挙がっているのがこういう仕事だ。

 ちなみにそこそこ魔力を使うので、僕みたいに魔力が少ない人間には難しい。

 僕の元仲間の魔法使いも、寝る前に魔導ラジオを流していたっけ。一番のお気に入りは天気予報だって言ってたなぁ。

 少し懐かしい気持ちになりながら魔導ラジオを眺めていると、 


「いらっしゃいませー! 三名様ですね、空いてるお席へどーぞ!」


 とシロクマ亭の給仕の女性が声を掛けてくれた。

 空いている席、空いている席……と、あ、あそこが良いかな。 

 窓際のテーブルが一つ空いていたので、僕たちはそこに座る事にした。


「へぇー。人間の食事処ってのは、こんな感じなんだなー」


 席につくと、ディがきょろきょろと周りを見回しながら、興味深そうにそう言った。

 魔王の彼は、こういう人間が大勢いる場所へ来る事はあまりないんだろうな。 


「……子供」


 そんなディを見て、ロザリーがぽそっとそう呟いた。フッ、と鼻で笑っている。

 そのとたんにディがムッとした顔でロザリーへ顔を向けた。


「はぁー? 俺はお前より、ずーっと年上なんですけどぉー?」

「こういうところで騒ぐのが子供。お子ちゃま」

「言い直すなっ」


 きぃ、とディの目がつり上がる。

 ……ま、まぁ、どちらの言っている事も間違ってはいなのだけど。

 このまま喧嘩が始まると目立ってしまいそうだ。せっかく変装をしているのに、バレてしまう。

 僕は慌ててメニューを引っ掴むと、二人の言い争いけんかに割って入った。


「そっ、それよりも! 見て、二人共。ここのメニュー、美味しそうだよ。どれを注文する?」


 そうしてメニューを開いてみせると、二人のお腹の虫が鳴いた。

 二人は同時にお腹を押さえ、競い合うようにメニュー表を覗き込む。

 ……うん、一瞬で忘れてくれたみたいだね。

 ありがとう、二人の腹の虫。


「私、これがいい。ステーキ定食」


 メニューを読んで、ロザリーはすぐにそう言った。

 どれどれと指差している場所を見ると、そこには『大人気! 分厚いステーキ定食!』と書かれていた。

 おお、これはガッツリきたのを選んだな。

 ロザリーは見た目から小食そうなイメージを持っていたんだけど、実は結構しっかり食べるんだよね。

 美味しそうにたくさん食べてくれるから、作っている側としては嬉しい。


「俺はこれにする。春野菜のチーズ焼き定食」


 ロザリーが選んで直ぐに、ディもメニューの一つを指差した。

 ロザリーのステーキ定食も美味しそうだけど、これも美味しそうだなぁ。

 ちなみにディには肉とかしっかり食べるイメージを持っていたんだけど、実は肉よりも野菜の方が好きみたいなんだよね。

 ……こうして見ると、食事の好みにしても、この二人って正反対なんだなぁ。


「レオはどうする?」

「うーん、そうだねぇ」


 そうそう、僕も早く選ばないとね。

 どれがいいかな、と呟きながらメニューを見る。

 ロザリーが肉で、ディが野菜なら……僕は魚系がいいかなぁ。

 なんて見ていると《鉱魚こうぎょの煮つけ定食》なんて名前のメニューを見つけた。


 鉱魚って言うのは、別名オーアフィッシュと言って、鉱山に生息する魚のことだ。

 水中ではなく空中を泳ぐ空魚の一種で、鉱石や宝石を食べて生きている。

 昔は食べられないって言われていたんだけど、どこかの料理人が「いいや、魚なら食えるはずだ!」なんて言って色々チャレンジしてみたら、意外と美味しく出来上がったそうで、今では食材として普通に使われている。

 なんでも味は赤身魚に近いらしいよ。


 ……うん、鉱山に近いって事は、名物かもしれないね。これにしてみよう。


「鉱魚の煮つけ定食にしてみるよ」

「鉱魚? 珍味を選んだなぁ」

「普通に食べられているけど、そっちはそうなの?」

「ああ」


 鉱魚って魔族領では珍味の扱いなんだ。

 住んでいる場所や種族の違いって面白いね。


「そう言えばレオは、肉とか、魚とかは大丈夫なの?」

「ん? うん、そうだね」


 特に好き嫌いはないし、大体何でも食べられるけれど、どうしたんだろう。

 不思議に思っていると、


「ロザリーは言葉が足りねぇ……。あ~、ホラ、あれだよ。食べる分は殺すとか、食べる分でも殺さないとか。そういう類のアレだ。お前、そういうのはないのか?」


 と、ディがロザリーの言葉を補足してくれた。

 ああ、なるほど、そういう話か。

 僕は魔物も魔族も、人間も殺さないと決めているし、その事を二人にも話している。だから二人は不思議に思ったのだろう。


 その質問は今までも何度か受けた事があった。

 だからその都度、僕は構わないと答えるようにしている。

 確かに僕は殺さないと決めている。仕事や感情で相手の命を奪うのは僕はしないし、出来ない。

 けれど食べる分の命をいただくのは――生きるために必要な糧を得る事はする。

 元仲間たちからも「矛盾している」「偽善よ」と言われた事もある。

 それは自分でもよく分かっている。だけど生きるためのそれを仕方ないと言うつもりもないし、言い訳もするつもりはない。


「うん。僕が生きる分の命は頂くよ」


 だから正直に僕がそう答えると、ロザリーとディは「そっか」と頷いてくれた。

 二人の問いの答えになったかは分からないけれど、彼女たちはそれ以上は追求しなかった。


 ……な、何だか変な空気にしてしまって申し訳ないな。

 僕がどうしようかと思っていると、ロザリーがくいくい、僕の服を引っ張る。


「レオ、あのね」

「どうしたの、ロザリー?」

「ごはん、美味しいといいね」

「これだけ客が入っていりゃあ、美味いだろー」


 ロザリーとディはそう言って笑ってくれた。 

 ……二人の優しさが嬉しくて、目の奥が熱くなってくる。


「そうだね、きっと美味しいよ。……ありがとね」


 僕がそう言うと、二人は笑顔のまま「気にするな」と言わんかりにびしっとサムズアップしてくれた。

 あまりに動きがシンクロしていたから、思わず笑ってしまう。

 ……有難いな。


「ねぇ、レオ。そろそろ注文、しよ?」

「うん、そうだね。すみません、注文お願いします!」


 ロザリーの言葉に頷くと、僕は手を挙げて給仕の女性に声を掛けた。

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