第9話 買い出しの旅 3

 シロクマ亭は大勢のお客さんで賑わっていた。

 明るい笑顔と会話につられて楽しい気持ちになっていると、その音の中に音楽も混ざっている事に気が付く。


 どこから聞こえているのだろう?

 そう思って店の中を見回すと、奥の方のロッキングチェアに座った年配の魔法使いが、膝の上で小さな箱を抱えているのが見えた。

 音楽はその小さな箱から流れている。


 あの小さな箱は『魔導ラジオ』という名前の道具だ。

 通信魔法の一種で、遠くにある魔導ラジオの本体・・と、この小さな魔導ラジオを魔力で繋ぐ事で、遠くの音声や音楽を、あの箱を通じて流す事が出来る代物である。


 結構ポピュラーな道具で、値段もそこまで高くないので、こういうお店でよく使われている。

 ちなみに魔法使いのアルバイト候補としても人気らしい。魔導ラジオに魔力を流し続ければいいだけなので楽なのだそうだ。

 唯一の欠点は椅子に長時間座るのが大変な事くらい……と仲間の魔法使いが言っていた。


 だけど、ただ魔力を流すだけと言っても魔力自体はそこそこ使うので、僕みたいに魔力が少ない人間には難しい。

 短時間であれば行けるんだけど、営業時間中ずっと流し続けるとなると、あっという間に魔力が枯渇してダウンしてしまう事だろう。

 アルバイトではなくても、自分の魔力限界を知るためには、一度やってみるのもありだと、魔法使いが言っていたっけ。


「いらっしゃいませー! 3名様ですね、空いてるお席へどーぞ!」


 何となく懐かしい気持ちになりながら眺めていると、シロクマ亭で働く給仕の女性が声をかけてくれた。

 空いている席、空いている席……っと、あ。窓際のテーブルが一つ空いているね。あそこにしよう。


「それにしても、人間の食事処ってこんな感じなんだな~。へぇ~」


 席につくと、ディが興味津々な様子でそう言った。

 こういう人間が大勢いる場所へ魔王の彼が来る事はあまりないのだろう。


「ディのところはどんな感じなの?」

「うちはもう少し静かだな。城から離れると、結構、殺伐としているらしいぜ」

「食事処で殺伐……」

「うちは実力主義だからな! ……しかし、面白いもんだなぁ。へぇ~」

「……子供」


 そうしていると、ロザリーがぼそっと呟いた。ついでに、フッと鼻で笑っている。

 そのとたんにディがムッとした顔でロザリーへ顔を向けた。


「はぁー? 俺はお前より、ずーっと年上なんですけどぉー?」

「中身がお子様。こういうところですぐ騒ぐ。お姉さんな私を見習うといい」

「誰がお姉さんだ。どう考えても俺の方がお兄さんだろうがっ」

「フッ」

「また鼻で笑いやがったなっ」


 きぃ、とディの目がつり上がる。

 ……ま、まぁ、どちらの言っている事も間違ってはいなのだけど。

 このまま喧嘩が始まると目立ってしまいそうだ。せっかく変装をしているのにバレてしまう。

 僕は慌ててメニューを引っ掴むと、2人の言い争いけんかに割って入った。


「そっ、それよりも! 見て、2人共。ここのメニュー、美味しそうだよ。わー! いっぱいあるなー! ねぇ、どれを注文する?」


 そうしてメニューを開いてみせると2人のお腹の虫が鳴いた。

 ロザリーとディは同時にお腹を押さえ、競い合うようにメニュー表を覗き込む。


 ……うん、一瞬で忘れてくれたみたいだね。

 ありがとう、2人の腹の虫。そして2人の食欲。


「私、これがいい。ステーキ定食」


 メニューを読んで、ロザリーはすぐにそう言った。

 どれどれと指差している場所を見ると、そこには『大人気! 分厚いステーキ定食!』と書かれていた。


 おお、これはボリュームがあるメニューを選んだね。

 ロザリーは見た目から小食そうなイメージを持っていたんだけど、実は結構しっかり食べるんだよね。

 美味しそうにたくさん食べてくれるから、作っている側としては嬉しい。


「ん~、じゃあ、俺はこれにする。春野菜のチーズ焼き定食」


 ロザリーが選んで直ぐに、ディもメニューの一つを指差した。

 あ、ロザリーのステーキ定食も美味しそうだけど、これも美味しそうだなぁ。


 ちなみにディには肉とかしっかり食べるイメージを持っていたんだけど、実は肉よりも野菜の方が好きみたいなんだよね。

 ……こうして見ると食事の好みにしても、この2人って正反対なんだなぁ。


「レオはどうする?」

「うーん、そうだねぇ」


 そうそう、僕も早く選ばないとね。

 どれがいいかな、と呟きながらメニューを見る。


 ロザリーが肉で、ディが野菜なら……僕は魚系がいいかなぁ。

 そう思いながら見ていると《鉱魚こうぎょの煮つけ定食》なんて名前のメニューを見つけた。


 鉱魚って言うのは、別名オーアフィッシュと言って、鉱山に生息する魚のことだ。

 水中ではなく空中を泳ぐ空魚の一種で、鉱石や宝石を食べて生きている。


 昔は食べられないって言われていたんだけど、どこかの料理人が「いいや、魚なら食えるはずだ!」なんて言って色々チャレンジしてみたら、意外と美味しく出来上がったそうで、今では食材として普通に使われている。

 なんでも味は赤身魚に近いらしいよ。

 ……うん、鉱山に近いって事は、名物かもしれないね。これにしてみよう。


「鉱魚の煮つけ定食にしてみるよ」

「鉱魚? 珍味を選んだなぁ」

「普通に食べられているけど、そっちはそうなの?」

「ああ」


 鉱魚って魔族領では珍味の扱いなんだ。

 住んでいる場所や種族の違いって面白いね。


「そう言えばレオは、肉とか魚とかは大丈夫なの?」

「ん? うん、そうだね」


 特に好き嫌いはないし、大体何でも食べられるけれど、どうしたんだろう。

 不思議に思っていると、


「ロザリーは言葉が足りねぇ……。あ~、ホラ、あれだよ。食べる分は殺すとか、食べる分でも殺さないとか。そういう類のアレだ。お前、そういうのはないのか?」


 と、ディがロザリーの言葉を補足してくれた。

 ああ、なるほど、そういう話か。

 僕は魔物も魔族も、人間も殺さないと決めているし、その事を2人にも話している。だから不思議に思ったのだろう。


 その質問は今までも何度か受けた事があった。だからその都度、僕は構わないと答えるようにしている。

 確かに僕は殺さないと決めている。仕事や感情で相手の命を奪うのは僕はしないし、出来ない。


 けれど食べる分の命をいただくのは――生きるために必要な糧を得る事はする。

 元仲間たちからも「矛盾している」「偽善よ」と言われた事もある。


 それは自分でもよく分かっている。

 だけど生きるためのそれを仕方ないと言うつもりもないし、言い訳もするつもりはない。


「うん。僕が生きる分の命は頂くよ」


 だから正直に僕がそう答えると、ロザリーとディは「そっか」と頷いてくれた。

 2人の問いの答えになったかは分からないけれど、彼女たちはそれ以上は追求しなかった。


 ……な、何だか変な空気にしてしまって申し訳ないな。

 僕がどうしようかと思っていると、ロザリーがくいくい、僕の服を引っ張る。


「レオ、あのね」

「どうしたの、ロザリー?」

「ごはん、美味しいといいね」

「これだけ客が入っていりゃあ、美味いだろー」


 ロザリーとディはそう言って笑ってくれた。 

 ……二人の優しさが嬉しくて、目の奥が熱くなってくる。


「そうだね、きっと美味しいよ。……ありがとね」


 僕がそう言うと2人は笑顔のまま「気にするな」と言わんかりにびしっとサムズアップしてくれた。

 あまりに動きがシンクロしていたから、思わず笑ってしまう。

 ……有難いな。


「ねぇ、レオ。そろそろ注文、しよ?」

「うん、そうだね。すみません、注文お願いします!」


 ロザリーの言葉に頷くと、僕は手を挙げて給仕の女性を呼んだのだった。

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