第8話 買い出しの旅 2


 魔族領を出発して数時間後。

 ちょうど昼前くらいに、僕たちを乗せた馬車はランプストーンという名前の町に到着した。

 町の名前の由来は、近くの鉱山から光石ひかりいりと言う、自ら光を放つ鉱石が採れる事からだそうだ。


 この光石は、この街の特産品でもある。

 光石はそのままでも綺麗だけれど、照明器具に使われたり、アクセサリーに使われたり、ちょっとした目眩まし用の道具に使われたりと、その用途は幅広い。

 そうそう、カンテラの油が切れた時の代用品として持ち運ぶ旅人もいるね。

 外を歩くなら幾つか携帯していて損はないものである。


「ねぇ、レオ。キラキラだね、きれいだね」


 歩きながら眺めていると、ロザリーが僕の袖を、くいくい、と引いてそう言った。

 表情の変化は薄いけれど目がいつもより輝いているから、どうやら楽しいらしい。


「うん。綺麗だよね」

「あれ、カフェに飾ったら、素敵だと思う」


 そう言ってロザリーは洒落た光石ランプを指さした。星と花をモチーフにした小さめのランプだ。

 ああ、確かにいいなぁ。このランプを幾つか『星降り』の中に飾ったら、夜になったら星が輝いているように見えそうだ。

 今、カフェは夜間営業はしていないけれど、こういうランプをつけて、たまに開いてみるのも悪くない。

 この光石ランプはお洒落な分値段がちょっと高めだけど、予算内で買えそうだ。一考の価値ありである。

 そんな事を考えながらランプを見ていると、


「なら、俺はこれが良いと思うぞ」


 ディもその二つ隣の光石ランプをひょいと指さした。

 ドラゴンの細工が施された格好良いランプだ。こちらはアンティークだろうか。少し古い感じの色合いがまた良い味を出している。

 こ、これはちょっと、僕の趣味的に飾ってみたいな……。

 ドラゴンって知性が高い事で有名だし、むやみやたらに暴れたりしないから、魔物であってもそんなに嫌いじゃない。

 ……こうなると予算がちょっと厳しくなってきたけれど、二人のおすすめだし、どちらも欲しくなってきた。


 ……そう言えば、勇者として生活している間、こういう調度品を買おうと思た事ってなかったっけ。

 買ったとしても旅をしているから、持って歩くわけにもいかないし。

 かと言って置いておく場所もなかったからなぁ。


 もちろん僕にも家はあるけれど、ずっと勇者の仕事をしていて、たまの休みも兵士たちの訓練に付き合っていたから、数えるほどしか帰っていなかった。

 それに帰っても、誰もいないからね。


 ああ、でもこう考えると本当に、しばらく帰っていないや。

 家の中に埃とか大分溜まっているんだろうなぁ……。

 今の状況だと帰り辛いけれど、何かの機会に一度は帰らなくちゃなぁと思う。


「ねぇ、レオ。どっちがいい?」

「こっちだよな!」


 そんな事を考えていた僕に、ロザリーとディはこぞって、それぞれが良いと言うランプを推してくる。

 どちらがいいかと言われると、やっぱりどちらも良いと思う。

 予算と物欲が自分の中でせめぎ合っているのが分かる。


「ロザリーのもディのも、どっちも好きだなぁ」

 

 可能ならどちらも購入したい、というのが僕の正直な気持ちだ。

 だけど!

 今最優先事項なのは食材と調味料である。

 もともと食材を買いに来たのだから、光石ランプを買ってそちらが買えない、なんて事になったら営業も出来ない。

 さすがにそれは困るので、先に食材を買って、その後で余裕があったらランプも買おう。


 ……それまで売れ残っているといいなぁなんて事を思っていると、ぐう、と違う方向から腹の虫が鳴る音が聞こえた。

 音の方を順番に見ると、ロザリーとディがほぼ同じタイミングでお腹を押さえていた。どうやらお腹が空いたらしい。

 ランプストーンの町の中央にある時計塔を見れば、針がそろそろ十二時を指す頃だ。時間的にはそろそろお昼である。お腹が空くのも無理はない。


「ま……じゃない、ディのお腹の音、大きい」

「ひ……じゃない、ロザリーの方が大きかっただろ」

「どっちも同じくらいだったと思うよ?」


 僕がそう言うと、恥ずかしかったのか、そんな風に言い合う二人を見て、思わず噴き出してしまった。

 二人は僕を見ると、むう、と口を尖らせる。


「レオ、笑った」

「あはは、ごめんごめん。でも、そっか。そろそろお昼だし、お腹空くよね。何か食べよっか」


 そう言うと、二人は「やったー!」と声を揃えて喜んでくれた。

 そうと決まれば食事処探しだ。僕たちランプ屋の前を離れると、食事処を探して歩き出した。


 実はね、ランプストーンは鉱山で働く人たちが多いから、美味しくて量がある食事が食べられるんじゃないかなって、ちょっと期待していたんだ。

 買い出しに行こうと決めた時には、お弁当を作って来ようかなとも思ったんだけどね。

 どうせ町に行くなら、そこならではの料理が食べたいなって思ったんだ。

 店で出す料理の参考にもなるからね。


「ごっはんー、ごっはんー!」

「めーし! めーし!」


 歩いていると、ロザリーとディの楽しそうな鼻歌が聞こえてくる。

 不思議と良い感じのハーモニーになっているのが面白い。

 自然と顔が緩むのを感じながら歩いていると、少し先に『シロクマ亭』と書かれた食堂の看板を見つけた。

 シロクマっていうと……スノーベアの別名だったっけ。寒い地方に住む魔物だったはずだ。温暖なアストラル王国ではほとんど見かけないね。

 なんて事を考えていると、鉱山で働いているような格好をした人たちが、ぞくぞくとシロクマ亭の中に入って行く。

 ……これは期待できそうだ。

 僕たちは顔を見合わせ頷くと、シロクマ亭の中へと入った。

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