第7話 買い出しの旅 1

 お客さんが来てくれれば、食材もあっという間に減るものだ。

 痛まないようにと、氷結魔法で凍らせてあったものもだんだんと少なくなってきたし、そろそろ調達に出かけようと思う。

 それに砂糖とかの調味料も結構減ってきたしね。


 砂糖は一応、シュガーフラワーっていう魔物の蜜から作る事も出来るんだ。

 カフェを開いてから、周囲を探索した時に、近くの森でも見つけたから採れる事は採れる。


 ……だけどあいつら食虫植物の類だからなぁ。蜜を分けて貰おうと近づくと、こちらがペロリと頂かれてしまう。

 対処方法としては死ない程度に温度を下げて、動きが鈍くなったところを採取するというのが一般的なんだけど、僕の魔法はそういう事には向いてない。


 食材を保存するとか、焚火に火を灯すとか、そういう生活に利用できる程度の威力であって、魔物を攻撃するような事は出来ない。

 仲間だった魔法使いみたいに、自在に使う事が出来れば便利なんだろうけどね。


 まぁ出来ない事を考えてもしょうがない。

 他にも買い足したい食材はあるので、一番近くの町へ行こうと思う。


 ……とは言え、魔王城から一番近いとなると、アストラル王国内になるんだよなぁ。

 ちなみに魔族領の村や町は、魔王城の反対側にあるのだと魔王は教えてくれた。


 人間たちの攻撃から、魔王城が矢面にたって守るためにそうしたらしい。

 魔族や魔族領の事って、今まであまり知らなかったけれど、自分たちの仲間のことをすごく大事にしているよね。

 ちょっと羨ましいや。


 ……あ、いや、別にアストラル王国の王族が国民の事を考えていないって事は無いのだろうけどね。

 そうでなければ勇者であった頃に、国からの依頼で各地の騒動を解決には行く事はなかったと思うから。


 ただヒメの件もあるし、絶対にそうだとも言い切れない面もあるんだよな……。

 攫われたヒメをそのまま放置するなんて、普通に考えればあり得ないと思う。

 まぁ、ヒメは楽しそうだけど。

 そもそもそんなヒメを攫った魔王にも問題が……って、考えてもこんがらがるだけだから、それはいったん横に置いておこう。


 さて話は戻るけれど、そういうわけで僕は買い出しに行く事にしたんだ。

 出かける時はいつも『星降り』が一緒なんだけど、今回は留守番を頼む事にした。

 昨日まであったカフェが突然姿を消せば、ヒメや魔王たちに心配させてしまうかもしれないから。

 ちなみに『星降り』には、


『分かったぞーレオ―。お土産よろしくなー』


 なんて言われたので、良い感じの掃除道具や手入れ道具があったら買って帰ろうと思う。

 そうして僕は馬車に乗り、アストラル王国へと出発した。


 ……のだけど。


「お散歩、お散歩。ちょっとだけ遠出、楽しい」

「散歩じゃねー、買い物だ買い物ー。買い物の小旅行だ」


 ……何故か、ヒメと魔王までついて来ちゃたんだよね。

 しかも結構ノリノリである。


 2人は僕が買い出しに出発する時に、ちょうどカフェに来てくれたんだ。

 それで今日は材料を買いに出かけるからお休みですよ、と伝えると、自分たちも行くと言い出した。


 断る理由はなかったので承諾したんだけど……この2人って囚われの姫と、ヒメを攫った張本人の魔王だよね?

 こんな事をしていて良いのかな……。

 魔王城の重役さんたちが、目を吊り上げて怒る様が容易に想像できるんだけど。


 実際にカフェでだらっとしていたヒメと魔王が、彼女たちに見つかって大目玉を食らっている所を何度も目撃している。

 でも2人は反省する気も、控える気もないようで、ほぼ毎日カフェに来てくれた。

 僕としては2人が来てくれるのは嬉しいんだけど……怒られている姿を見ると心配になる。


 そんなヒメと魔王は、ガタゴトと揺れる馬車の荷台で、楽しげに外の景色を見物している。

 出発前に、魔王領を出てアストラル王国へ行くのだと言ったら、2人はそれぞれフードつきのマントなり何なりを用意して来てくれた。

 ヒメはともかく、魔王の場合は、褐色の肌は良いとして、耳が鳥の翼のような形状をしているので、人間でない事は一発でバレてしまうからだ。


 あ、そうだ。それなら呼び方も変えた方が良いよね?

 ヒメはまだ良いけれど、さすがに人前で魔王と呼ぶのはまずいと思う。

 ……って、そう言えば僕、姫の名前は知っているけれど、魔王の名前を知らないな。


「そう言えば魔王の名前って、教えてもらってもいいですか?」

「む? 俺の名前か?」

「ええ。ほら、さすがに人間の町で、魔王って呼べないでしょう?」


 魔族領近くの町でもあるし、魔王呼びをすると余計なトラブルを招きかねない。

 なのでそう言うと、彼は納得した様子で頷いた。


「そりゃそうだな。って言うか、そうか、名乗ってなかったな。俺の名前はクラウディオだ。長いからディでいいぞ」

「私はロザリー……って、もう名乗っていたね」

「うん。ヒメの名前は最初に教えてもらったから、ちゃんと覚えていますよ。ずっとヒメって呼んでいたから、名前で呼ぶのは少し緊張しますけどね。えっと、それじゃあ……町ではロザリーと、ディって呼ばせてもらいますね」


 今まで愛称のようなもので呼んでいたせいか、改めて名前を呼ぶのはちょっと緊張する。

 少しドキドキしていると、ヒメと魔王……じゃなくてロザリーとディが不満そうな顔になった。

 どうしてそういう表情になっているのか分からず首を傾げる。


「えっと……2人共、どうしたんですか? 呼び方に何かまずい事が……」

「言葉遣い」

「え?」

「言葉使い、それ、いや。普通でいい」


 口を尖らせて言うロザリー。

 普通と言うと、丁寧な口調ではなくて『星降り』と話す時みたいな友達口調が良い、という事だろうか。


「でも、2人はお客さんですし……」

「ずるい。私も、普通がいい。『星降り』みたいに話して。あれがいい。あれがいい」

「そうだそうだ、ずるいぞー。名前を教えてやったんだから、こちらの要望くらい聞けー! 他人行儀で何か面白くない!」

「えぇ……」


 名前を教えてもらう事と、僕の言葉遣いにどういう関係があるのだろうか。

 しかも2人はお客さん以前に姫君と魔王である。普通に生活をしていたら、友達口調で話せるような相手じゃない。

 ……のだけど。


「…………」

「…………」


 2人はじーっと僕の方を見つめてくる。馬車を運転する僕の背中に2人の視線がチクチク刺さる。

 これは口調を変えるまで、このままなんじゃないだろうか。


「わ、分かった。分かったよ、これでいいかい?」

「よし」

「よし!」


 2人の圧に負けてそう言えば、満足げな声が返ってきた。

 い、いいのかなぁ……?

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