第10話 買い出しの旅 4
シロクマ亭の中は、人々の楽しそうな声と食事の音、そして魔導ラジオの音楽で満ちている。
活気があって、ここにいるだけで何だか元気が湧いてくるような気がする。
これだけ賑やかならば、ロザリーとディが口喧嘩をしても大丈夫そうだ。
もっとも2人はちゃんと場所を考えて、そこまで大きな声で言い合いをするつもりもないようだし。
「そう言えばお前、うちはよく抜け出すけど、実家の時はどうなんだよ?」
「抜け出すの簡単。ディのところよりは難しい」
「遠まわしに警備がザルって言うな」
「ディのところは警備がザル」
「ストレートに言えばいいってもんじゃねぇ」
ロザリーの言葉にディが不服そうに眉間にしわを寄せる。
実際に魔王城の警備はどうなんだろう。今なら、ロザリーは抜け出してもちゃんと戻るって分かっているから、多少緩くはしているかもしれないけれど、最初の頃はそうでもないだろうし。
ロザリーってそういう方面の技術がすごいんだなぁ。
「……? どうしたの、レオ?」
「うん。ロザリーはすごいなって思ってた」
「……! そっか」
思った事をそのまま伝えると、彼女は嬉しそうにふわっと微笑んだ。
それを見てディが半眼になる。
「俺の時と態度が違うじゃねーか」
「人は鏡」
「お前が……俺とそっくり……?」
ディが軽くショックを受けた顔になっていた。
ロザリーの言っている意味とはちょっと違うと思うんだけど……ま、まぁ、いいか。
そんな事を考えていると、魔導ラジオから流れている音楽ががらりと変化した。
先ほどまではゆったりした曲調の音楽だったけれど、今度は跳ねるように明るい曲だ。
この曲は僕も聞き覚えがある。僕の子供の頃――魔導ラジオが出来たくらいに、両親の店で演奏をしてくれた楽団が奏でていた曲だ。
魔導ラジオが広がる前は、音楽家や小さな楽団が各地を回って演奏をしていたんだ。
そう言えば単身で活動をしている音楽家はともかく、楽団が各地を歩き回るというのは今はあまり見かけなくなったな。
魔導ラジオがあれば移動しなくても各地に音楽を届ける事が出来るから、音楽家や楽団は、魔導ラジオの本体がある魔導都市スコアピースを拠点にしていると聞いた事がある。
確かに魔物に襲われる危険性を考えながら移動するよりも、そちらの方が安心して活動が出来るよね。
ただ、その分、魔導ラジオに流す時間や回数などの争いが熾烈になっているらしい。
どこの世界も生存競争って激しいんだね。
「はーい! お待たせしましたー!」
そうしていると、給仕の女性が注文した料理を届けてくれた。
驚く事に3人分を軽々持っているのに、不安定さが欠片も感じられない。そんじょそこらの冒険者よりも体幹がしっかりしているようだ。
やはり本職の人はすごいな……僕も見習わなくてちゃ。
「ありがとうございます」
「わー!」
「おー!」
スッと並べられた料理を見て、ロザリーとディが目を輝かせている。
僕も2人と同じように料理を覗き込むと、ふわり、と顔に湯気があたる。
美味しそうな香りが湯気と一緒に鼻腔をくすぐり、思わずごくりと唾を飲み込んだ。
ロザリーのステーキ定食は、メニュー表に載っていた絵の通り、肉がとても分厚い。
食べやすいサイズに切られた肉から垂れる肉汁が、ソースと絡んでキラキラ輝いて見えた。木の皿の色合いとも良く合っていて、とても美味しそうだ。
付け合せは串揚げされたポテトが二本と、ソテーされたニンジン、それとアストラルガラシだ。アストラルガラシはステーキと一緒によく見る、ピリッとした辛さが美味しい野菜の事。
それからライスとベーコン入りのオニオンスープもついている。
ディの春野菜のチーズ焼き定食は、一口大に切られた数種類の春野菜の上に、チーズがたっぷり掛かっている。ほど良く焦げめのついたチーズは、まだぶくぶくと波打っていて、ココット皿の縁から少し垂れて焦げ付いていた。
チーズの僅かな隙間からカラフルな春野菜が見えて、それもすごく食欲がそそられる。あれはローランドウドかな。緑色や白色が主流なんだけど、ローランド地方で育てられているローランドウドは、赤とか、緑とか、オレンジ色もあったかな。色によって甘さや苦みの具合が違っている面白い食材なんだ。
あとはオニオンスープと、こちらはパンがついているね。
さて、最後は僕の注文した鉱魚の煮つけ定食だけど、これも美味しそうだ。
匂いから考えると甘辛い味付けかな。濃い色のタレで煮付けられた鉱魚が、皿いっぱいに乗っている。バツ印の入った皮の下からは赤身が見えて、とても美味しそうだ。
そう言えば鉱魚の皮って、すごく固いんだって。鉱山に生息しているからか、落石や外敵から体を守るためにそうなったらしいよ。その皮って、カリカリに揚げると食べられるらしい。魚の骨を揚げるよりも時間は掛かるらしいんだけどね。
さて、そんな鉱魚の煮つけ定食には、ライスとオニオンスープ、それとサラダが一緒についていた。
「美味しそうだね」
「美味しそうだねぇ。それじゃあ、さっそく」
僕たちは顔を見合わせると、手を合わせ「いただきます」と声を揃えると、食事を開始した。
うーん、まずはどこから……って、やっぱり鉱魚からかな。
実は今まで一度も鉱魚を食べた事がなかったんだよね。機会がなかったっていうのもあるんだけど、元仲間の戦士が大の魚嫌いだったから。
捌いたあとの魚でも見るのが嫌だというから、今まで魚料理は避けていたんだ。何でもジャイアントカルプという魔物に、小さい頃に丸のみされかけた事がトラウマになっているらしい。
でもロザリーとディは特にそんな反応がなかったので良かった。
頼んでおいて今さらだけど、その事に少しホッとしている。
……さて! それでは久しぶりに魚、食べようかな!
鉱魚に箸を入れると、思っていたよりもずっと軽く、先がスッと沈んだ。
……あ、すごい。身は柔らかくなっているけれど、箸でつまんでも崩れないくらいには、しっかりしている。
口に運ぶと甘辛いタレがじんわりと舌の上に広がった。甘さの方が少し強いかな。
そのまま噛むと、シャク、という食感がした。
シャク、シャク。
不思議な食感だ。ほど良い噛みごたえもあって面白い。
あー、これ、好きだ。冷やしたお酒と一緒に飲みたくなるなぁ。
「美味しいね。お肉、柔らかい」
「うん、美味しいね。鉱魚もいい味だよ」
「俺のも美味しいぞ。特にこのチーズが良い。
美味しい料理に笑い合っていると、ディがそんな事を言い出した。
目が獲物を狙っている魔物のように光っているんだけど、欲しいって、買って帰りたいって意味だよね?
……姫を攫うのが魔王って言っていたくらいだし、少し心配になってきたので、念のためにチーズも買って帰ろう。
『それでは、ここで臨時ニュースをお伝えします』
食べていると、魔導ラジオから流れてくる音楽が止まって、別のものに変わった。
流れ始めたのは人の声だ。
魔導ラジオって、大体は音楽とか朗読劇とか娯楽系のものを流しているんだけど、最近ではニュースを放送する事も増えて来たんだ。
新聞よりも早く情報を伝える事が出来るから、という理由らしい。
と言っても、魔導ラジオ自体は魔法使いがいないと使えないので、国中に普及しているわけじゃないから試験的にだけどね。
将来的にはもっと改良して、少ない魔力で動かせるようにするらしい。
そうなったら僕も一台欲しいかな。魔導ラジオが魔族領まで届くか分からないけど。
『昨日、アストラル王国第三王子のシメオン様が、新たな勇者として就任されました』
何気なく聞いていると、魔導ラジオからそんな話が聞こえてきた。
あ、次の勇者はシメオン王子なのか。僕がクビになってひと月以上は経つけど、発表まで結構時間が掛かったんだなぁ。
確か年齢的にはロザリーの弟くらいじゃないだろうか。
「ねぇロザリー、シメオン王子ってどんな……」
そんな事を考えながらロザリーの方を見たら凄く嫌そうな顔をしていた。
ディと喧嘩する時だって見せないような顔だ。
ど、どうしたんだろう?
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