第11話 買い出しの旅 5


「ど、どうしたの?」


 少し驚いてロザリーに聞くと、彼女はその顔のまま、ぼそぼそと口を動かす。


「…………髪の毛の怒り」

「うん?」


 するとよく分からない言葉が返って来た。

 か、髪の毛の怒りとは何だろう……?

 ロザリーの髪は綺麗だけど、シメオン王子がそれに何かをしたって事なのかな。

 頭の上でたくさんのクエスチョンマークを浮かべていると、


「シメオンは、弟」


 ロザリーはそう教えてくれた。

 なるほど、どうやらシメオン王子は年齢的にロザリーの下になるらしい。

 先日ちらっと話を聞いた時にも、ロザリーの家族関係に少々の闇を感じたけれど、もしかしてシメオン王子とも仲が良くないのだろうか。

 それを直接聞くのはあまり良くない気がしたので、僕は言葉を選んで彼女に問いかける。


「えっと……ロザリーの弟さんはどんな人なの?」

「良くも悪くも、うるさい」


 うるさいのか……。

 良い悪いの両方でうるさいと評されるあたり、元気な子なのだろう。


 僕もシメオン王子の顔くらいは、王城へ行った時に遠目で何度か見た事がある。

 直接話をした事はないけれど、人懐こそうな男の子という感じだった。

 にこにこ笑いながら、こちらに手を振ってくれた事があったっけ。


 それから僕は改めてロザリーの顔を見る。

 弟だと言われてみれば……確かにロザリーとシメオン王子の顔立ちは似ている気がする。

 僕はシメオン王子と言葉を交わした事がないので、見た目の印象だけで彼の人となりは知らないけれど、ロザリーの一言で何となくイメージが出来上がってしまった。

 例えばこう……じゃれついてくる小動物系の……。


「私がディにさらわ……ディに散歩に連れ出された時に、髪の毛を掴まれた」


 そんな事を考えているとロザリーがむうと口を尖らせながらそう言った。

 か、髪の毛……。何となく光景が浮かんで来たぞ。

 それを聞いてディが思い出したようにポンと手を鳴らした。


「あー! 思い出した思い出した。あの時に泣き叫んでいた奴か」

「泣き叫んでって……ディ、その子に何かしたの?」

「いや、別に? 単純にロザリーを連れて行こうとしただけだけど。……っていうか、おいロザリー。散歩って何だよ、散歩って」

「他に言い方、ある?」

「もっとマシな表現があっただろう。 あろうだろう? ほら、こう……あれだよ、とにかくもっと格好良いあれだよ!」


 もっとマシな表現はなかったらしい。

 まぁ、それは横に置いておいて。

 二人の話から考えると、ディはロザリーをさらいに行って、そこにシメオン王子がいた。シメオン王子はさらわれるロザリーを助けようとして、泣き叫びながら彼女の髪を掴んだという事だろうか。

 なかなかすごい光景だな……。


「ちなみに、どういう状況の時に行ったの?」

「ああ。さら……散歩に連れに行こうとして王城の辺りをうろついていたら、たまたま部屋にちょうど良いのがいてだな」

「ちょうど良い……」


 ロザリーが不満そうに呟いている。


「……あの時は、シメオンが押しかけてきたから、仕方なくお茶会をしていた」

「仕方なく、なんだ?」

「あの子、最初から最後まで話しっぱなしで黙らないから、あまりお茶会をしたくない。……かわいいけど」

「あー……」


 思わず僕は苦笑した。

 その気持ちは何となく分かる。ずっと話をしていると、疲れてしまうよね。でも「かわいい」って言っているから、姉弟仲が悪いわけではなさそうだ。

 それは良かったなと思う。


「それで、そこにディがさら……散歩に誘いに行ったんだね」

「そうそう。それで脇に抱えて行こうとしたら、姉さんを連れて行くなーって、こいつの髪を鷲掴みしていた」


 引き留めるにしても、もう少し違う部位がなかっただろうか。例えば手とか足とか……。

 恐らく護衛やメイドさん達もいたであろうその場で、堂々とロザリーをさらったディもディだけど。

 僕がそう思っていると、隣でロザリーが小さくため息を吐いた。


「すごく痛かったから放せって言った。でも放してくれなかった」

「ああ、それは……痛かっただろうね」

「うん」


 こくり、とロザリーは頷く。

 だいぶ強い力で引っ張ったみたいだ。よく抜けなかったな、ロザリーの髪……。

 それにしても話を聞いていると、だんだんとどちらが悪役なのか分からなくなってきた。


 もちろんロザリーをさらった時点で、ディが悪役になるのは分かるよ。

 だけどロザリーのシメオン王子に対する説明が、何というかこう、逆のように聞こえてしまう。


「えっと、その後はどうしたの?」

「切った」

「はい?」

「髪を切った」


 そう言ってロザリーはフードを被った自分の頭を指さした。

 つまりシメオン王子に掴まれて痛かったから、自分の髪をバッサリ切ってそれから逃れたって事かな。

 なるほど、だからロザリーの髪は短いのか。

 思い切りが良いと言うか、漢らしいと言うか。ロザリーって格好良いところがあるよね。僕も見習うべきなんだろうなぁ。


「ロザリーの髪をあまりに離さないから、先に俺が離そうかと思っていたんだが……。あの時は一体、何が起きたかと思ったぞ」


 ディはこめかみを押えてそう言った。

 確かに、その状況を目の当たりにしたのなら、僕も混乱すると思う。


「まぁそのまま何事もなくさら……散歩に出たんだが」

「空の旅は快適」


 本当に散歩でもしてきたかのような口ぶりである。

 それでもさらったディもディだけど、ちゃっかり楽しんでいるロザリーもロザリーである。

 というか、空を飛んだんだ。


「空を飛べるの?」

「ああ。種族的にな」


 そう言うとディは、フードの中に隠している自分の耳を指差した。


 ディの耳は鳥の翼のようになっている。名称的には羽耳と言う。

 見た目は人の耳とは全然違うんだけど、同じ様にしっかり音が聞こえるらしい。

 どういう仕組みになっているのか興味深いよね。


 ちなみにカフェでやり取りをしている間に、ディから彼の種族が『フェザーロード』という名前なのだと聞いた。

 フェザーロードとは、鳥のような形の耳に褐色肌が特徴の、魔法に長けた種族だ。

 本では読んだ事があったけれど、実際に姿を見たのはディが初めてである。


「耳、にょーんって大きくなって、空を飛んだ」

「何だその気の抜けた効果音は。シャキーンとかシュパーンとかもっと格好良いのにしろ」


 どっちもどっちだと思うよ。

 まぁ、それはともかく。なるほど、羽耳を大きくして空を飛ぶのか。

 何かの機会があれば見せてもらいたいものである。


 そんな事を思っていると、ロザリーがふと、指で髪をいじりだした。

 そして何か言いたげに僕の方を見る。


「どうしたの?」

「レオは、髪、長い方が良かった?」


 ……もしかしてロザリー、髪を切った事を気にしているのかな?

 漢らしいって思っちゃったけど、やっぱり女の子なんだなぁ。


「今のショートも爽やかでかわいいから、ロザリーにとても似合っているよ」


 もちろんロングヘアのロザリーもかわいいと思う。だけど僕としては今のショートヘアも好きだな。

 最初に見たロザリーの髪型がこれだったって事もあるけれど、短い髪がサラサラと風になびくところとか、とても綺麗だなと思う。


 なので僕がそう言えば、ロザリーの顔が何だか赤くなった。

 それを見てディがニヤニヤとした笑顔を向けて来る。


「こーのタラシめ」

「え!? え、いや、だって、かわいいよ? ディだって似合うと思うでしょ?」

「いや、俺はロングの方が良いと思う」


 ディ……この流れでそれを言うのか……。

 まぁ正直なのが彼の良いところだけど。


「ディの頭を、丸刈りにする事に決定した」


 ほら、ロザリーが怒ってるじゃない……。

 ディも「やれるもんならやってみろ」とか煽っているし。

 この二人、本当に仲が良いのか悪いのか分からないなぁ。

 喧嘩するほど仲が良いとも言うけどね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る