第12話 買い出しの旅 6
ロザリーとディの喧嘩を仲裁して食事を終えると、僕たちはシロクマ亭を出た。
そう言えば、こんな風に誰かとわいわい賑やかに食事をしたのは、ずいぶん久しぶりのような気がする。
『星降り』は食事を必要としないし、元仲間たちとも食事をする時は静かだった。
……あれはたぶんギスギスとしていたんだろうな。
でもね、一緒に旅をし始めた頃は、そうじゃなかった。
くだらない話をして笑い合ったり、将来の事……例えばこの仕事を終えた後の話しをしたり。そういう普通の事を、普通に出来ていたんだ。
それを壊したのが僕のエゴで、そして僕は勇者をクビになるあの時まで、その事にまったく気が付いていなかった。
ロザリーやディが言ったように、僕は自分を曲げるつもりはないから、こうなったのは必然的なものだろう。
だけどもう少し上手くやれたり、彼女たちの事を気遣っていたらと、少し後悔もしている。
そうすればあんな形で別れる事はなかっただろう。
……なんて、今になって考えても仕方のない事だけどね。
でも後悔と同時に、こうなって良かったと思う自分もいた。
敵だと思っていた魔族領でカフェを開いて、ロザリーやディたちと出会う事が出来た今の暮らしを気に入っているからだ。
こんなに穏やかな日々を過ごせる時が来るなんて、勇者をやっていた頃は思ってもいなかったから。
ずっとあちこちを走り回って勇者の仕事をしている事が当たり前で、のんびりと日々を楽しむ余裕なんてなかったからな……。
「レオ、どうしたの?」
ぼうっとしていたら、いつの間にかロザリーが近くにいて、僕の顔を見上げている。
おわ、びっくりした。たまにロザリーって気配を消す時があるよね。
「いや、その……幸せだなーってしみじみ思ってさ」
「分かる。美味しかったもんね」
どうやらロザリーはシロクマ亭の食事の話だと思ったようだ。こくこくと頷いてくれた。
「ご飯が美味しいと、幸せ。美味しいのがたくさんだと、もっと幸せ」
「あ、それ分かるなぁ」
「ね」
美味しいご飯を食べた時に「あ、美味しいな」って意識をせずに自然に思えると、すごく幸せな気持ちが湧いて来る。
一人の時もそうだけど、誰かと食べる美味しいご飯も良いよね。格別だと僕は思う。
「レオのご飯も美味しいから、好き」
そんな事を考えていたら、ロザリーがそう褒めてくれた。
ロザリーの瞳に真っ直ぐに見つめられると、何だか照れくさくなってくる。
「あ、ありがとう」
ちょっとドキドキしながらそう答えると、ロザリーはにこっと笑って、また前を向いた。
……良い意味で、ちょっと心臓に悪い。
心臓の鼓動を落ち着かせるために胸に手を当てて深呼吸をする。
それから僕を歩いている方向へ戻した。
昼過ぎのランプストーンの町は、到着した時よりも賑やかさが落ち着いている。
たぶん皆、お昼の休憩中だからだろう。
あちこちにある食事処の方は賑わっている様子がうかがえる。
よし、空いている内に本来の目的である食材や調味料の調達を始めよう。
ありがたい事に、今歩いている通りがちょうど、ランプストーンのマルシェのようだ。
「レオ、何から買うんだ?」
「えーっと、あ、そこの野菜や果物かな」
メモ帳を取り出して、リストアップしたものを確認しながら購入して行く。
この町は海辺からは遠いので、やはり海産物系は少ないし、値段が高いね。
魚関係の料理は、今のところうちのカフェのメニューにはないので必要はないんだけど、その内チャレンジしてみたい気持ちもある。
さっきシロクマ亭で食べた鉱魚の煮つけも作ってみたいからね。
「おいレオ、あれは何だ?」
そうして食材や調味料を揃えていると、ふとディが、マルシェの一角に並んでいる商品を指さした。
虹色の液体の入った小瓶だ。
あれは……虹ハチミツだ、珍しいな。
虹ハチミツというのは『精霊の庵』という場所で養蜂されている蜂から採取できる蜂蜜の事だ。
精霊の庵の周辺には
その見た目から『虹ハチミツ』と名前がついたんだ。
虹ハチミツはスッキリとした柔らかい甘さが特徴で癖が無く、焼き菓子などに掛けると美味しい。
あと紅茶やコーヒーにも合うんだ。僕は紅茶に入れて飲むのが好きだな。
ちなみに虹晶花には癒しの魔力を持っており、体力や魔力も僅かに回復が出来る。その蜜から出来た虹ハチミツにも同様の効果があり、旅の最中でも便利だった。
日持ちもするし、美味しいからね。
ただ採れる場所が限られているので、あまり出回らず値段も普通のハチミツより高めである。
「あれは虹ハチミツだね。甘さがスッキリとしているから、マリアンヌさんみたいに甘いのが苦手な人も食べられると思うよ」
「ほうほう。それはいいな」
僕がそう言うとディは興味深そうに虹ハチミツを見つめた。
マリアンヌさんというのはディの秘書さんである。おっとりした淑やかなお姉さん、という雰囲気の女性である。物腰が柔らかくて声もとても甘いので、微笑んでくれると眩しすぎて直視出来ない気持ちになるくらいの美人さんだ。
ちなみに彼女もうちのカフェの常連さんなんだ。まぁ半分くらいは、ロザリーとディを探しに来たついでに寄って行ってくれているという感じだけどね。
ちなみにディから教えてもらったんだけど、マリアンヌさんは夢魔らしい。
夢魔というのは夢に入り込んで……ええと、まぁ、ちょっと大人な夢を見せて魔力を奪う種族の事だ。
そんなマリアンヌさんはディよりも年上だそうで、彼女にだけは頭が上がらないらしいという事を、ロザリーもこっそり教えてくれた。
「悪い、ちょっとあれ買ってくるわ」
ディはそう言うと、虹ハチミツのところへ歩いて行った。今の会話の流れだと、マリアンヌさんへのお土産にするのだろう。
「マリアンヌが怒っているだろうから、機嫌を取りたいのだと思う」
「あ、そっちかぁ。……やっぱり許可は貰ってないの?」
「うん」
ロザリーはこくりと頷いた。
ああ、それは怒っているだろうな……。
二人を連れて行った僕も一緒に起こられそうな予感がする。
まずい、それはまずいぞ。
カフェで何かこう、怒りを緩和できるようなフェア的なものを開催して、ダメージを軽減した方が良い気がする。
いや、本当は謝った方が良いのだろうけれど。
その、マリアンヌさんたちに怒られているディとロザリーを間近で見ているから、自分もそこに加わると想像すると恐ろしくてさ……。
どうしようかと悩んでいると、ふと、町に到着したばかりの頃に見つけたランプの露店が目に留まった。
あれから少し時間は経っているが、ロザリーとディがおすすめしてくれたランプもまだ残っている。
……そうだ、星降りフェア、とかどうだろう。
うちのカフェはいつも昼間が営業時間なんだけど、星降りフェアの日だけは夜に営業して、ランプの光が灯った店内で食事をして貰うっていう感じの。
メニューもその時だけの特別なものを用意して……うん、いいぞ。
考え出したら楽しくなってきた。帰ったら『星降り』に相談してみよう。
「レオ、嬉しそうだね?」
「ん? うん、カフェの事で思いついたことがあって」
「そう。ナイショ?」
「うん、まだナイショ」
「分かった。楽しみ」
僕が頷くと、ロザリーはそう言ってくれた。
思いついたらすぐ話したくなってしまうんだけど、まだ我慢だ。
うずうずしながら、ディが買い物をしている間に、二人がおすすめしてくれたランプを幾つか購入する。
予算的には結構オーバーしてしまったけれど、これは必要な出費である。
そうしてひと通り買い物を済ませると、僕たちは馬車に乗ってランプストーンを出た。
馬車を走らせていると、空がだんだんと橙色に染まって来る。
魔族領に入る頃には夜になっていることだろうなと思いながら荷台を見ると、ロザリーとディは横になって、すうすうと寝息を立てていた。
大分はしゃいでいたし、どうやら疲れたらしい。
何だか微笑ましい気持ちになりながら、僕は再び前を向く。
目の前の橙色の空には一番星が浮かんでいた。
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